第十三話「流れ星は瞬きと共にさりゆく」

 さて、前回チェシャを捕らえた四人は猫獣人の住む森が第二聖王都カナタに襲われ対抗するため魔王軍に組みしようとしており、さらには森にツガル(アヘン)が生えてきていると聞き向かっていたのでございます。


 どこからツガルがきたかは知りませんが、不知火と共に異世界へ渡ってきたのであればそれは逃した二人の責任。と考えて気持ち穏やかではございませんでした。あれが蔓延し「ツガルを使った者の最期を知らぬ者」と「知っていてなお金儲けに走る者」の手に渡ってはならぬ、と。


 カナデの魔法で足速になった重兵衛と奏太郎はチェシャの森アートラへと到着した。森が開けており、木製の小さな家屋が並んでいる様子はどこか江戸の街並みを思い出させるものでした。しかし何やら住民はおらぬ様子。一瞬脳裏をよぎったのは石化したアリアスの村の者達、そして不知火が日の本で行った残虐非道な外道働き。


 まさか、、


 冷や汗を流して二人は目の前の小屋の扉を敵襲に備えてそっと開けると、そこでは数人の猫獣人がいびきをかいて寝ておりました。


「ふぅ…」


「寝ているだけ…か。他の家々は」


 確かめると皆健やかに眠っておりました。遅れて到着したレイ達も安堵しておりましたが、チェシャは不可思議な顔をしておりました。


「あの…ヒト様よ。チェシャ達は夜行性だから昼間は寝てるニャ。ヒト様でいう今は夜明け前ニャ」


 申の刻、つまり16〜17時頃でございますがどうやらこの時間は猫獣人にとっては早朝どころか夜明け前とのことでございますからそれは寝ていて当然でしょう。


「なるほど。お主は平気なのか?」


「ぶっちゃけ眠いニャ」


「無事で何より。しかし人が襲ってくるやもしれん日中に寝ているのはいささか不用心だ。」


「本当なら起きている当番がいるはずなのニャ。なんでみんな寝てるのニャ?」


 すると近くの木影から、一人の少女が現れ出たのでございます。


「それは私、タマヨが護衛を務めているからですよ」


 重兵衛と奏太郎は咄嗟に刀に手をかけ構えたのでございます。少女はおそらく10〜13歳ほどの幼子。ボロを着ており両の手も空いておりますが凄まじい殺気を放っておりました。眼は赤く血走り、腰に差す剣は血を滴らせております。


女子おなご、そこで止まれ。俺達は魔王軍と、ここにツガルがあり人との争いになっていると聞き及んで参った。」


「あと一歩動けば拙者がその首、斬る。」


「ちょちょ、お二人共相手は子どもですよ!?」


 その刹那でございます。カナデの首元にタマヨの剣が当たる直前で重兵衛と奏太郎が食い止めておりました。その速さたるや奏太郎が反応しなければ重兵衛も気づかなかったやもしれぬ程でございます。


「おや、意外と速い。試して申し訳なかったです。私は魔王軍に雇われている剣客です。先程お相手の国から刺客が来てそれを仕留めましたので少々気が昂っているのです。お許しを。」


 三人は武器を収めました。そしてレイ、カナデ、チェシャ、タマヨが一呼吸落ち着いた途端に重兵衛と奏太郎がタマヨに拳骨をかましたのでございます。


「いっっだぁああああい!?なんですか!?」


 涙目で二人を睨むタマヨをよそに、重兵衛と奏太郎は雷のような怒号でのでございます。


「ばかもの!!雇われとはいえその若さで賊に組みするとは何事か!!」


「先程お前の首をねなかったのは拙者が手加減したと気づかんか愚か者が!!」


「関係ありません!私は生きるためにしているんです!」


「ま、まぁまぁ奏太郎さん。まだ小さい子ですわよ?」


 レイの言葉に、重兵衛と奏太郎は嫌な過去を思い出したのでございました。


「魔王軍について聞きたいことがあるが、カナデ殿…まずはちと村の外れで鍋をこしらえてもらえんか」


 その重兵衛と奏太郎の顔には影が落ちており、タマヨも何やらとその意気に飲まれ言われるまま座り待ったのでありました。


「重兵衛…似ているな」


「あぁ…瓜二つと言っても過言ではないな。」


 たんこぶを摩りながら不貞腐れるタマヨを優しくも哀しく見ておりました。


 しばらくすると鍋を囲み、村外れで輪を囲んだのでございます。タマヨが竜の肉と香草の温まる汁物を一口飲むと、喉を通り抜ける熱さと舌と鼻を潤す美味しさに「ふう…」と満足の溜息をついた。こんなに美味しく熱い料理は生まれて初めてだった。

 陽も沈み焚き火が煌々と揺れ、薪の割れる音でそっと奏太郎が口を開いた。


「数年前、奥州という場所からの仕事が終わった拙者と重兵衛は江戸という場所に戻り、しばらく夜廻り番をしていた。冬入りで、やけに冷えるが月の綺麗な夜が続いていたことをはっきり覚えている。」


「あぁ…。俺と奏太郎は夜開いている飲み屋の"やおや"という店に入り浸っていた。昼は八百屋で野菜を売り、夜は野菜を鍋にして酒を出す上手くできた店だった。そこに一人娘の"おしち"という、お前とそっくりで、同じくらいの若い子がおったんだ。」


「気立が良くハキハキと仕事をしてな、江戸中の若い男がその娘目当てに酒飲みに来たものだ。となれば恋喧嘩もあるものだから、拙者達が夜な夜な店に立ち寄って治めていたというのもある。」


 チェシャもレイもカナデも、鍋を摘みつつその話を聞いておりました。敵であるはずのタマヨも、不思議と惹きつけられ敵意も殺意もございません。


「しばらくするとな、お七に好いた男ができたのだと噂が流れた。どうやら相手は反物屋の長男坊で、歳も近いせいかすぐ恋仲になったのだ。俺も奏太郎も何度か簪屋や団子屋で見かけたが、仲良くしており羽振りも良い悪い男ではないため江戸中の男が苦虫を噛み潰したような気持ちであっただろう。」


 気がつくと周囲には起きて盗み聞きしている猫獣人達がおりました。念のためか武器を持ち、警戒しております。カナデとレイが身構えますが、重兵衛が首を振りました。


「しかしだ、年が明け冬も終わるであろう梅の蕾が見られる頃だった。春には両家正式な見合いをするだろうという噂の中、その長男坊が"はやり風"を患ってな。たった三日で死んでしまった。」


 ※はやり風:今でいうインフルエンザや風邪。


「はやり風で死んだ者は人に合わせずすぐに葬らなければならぬためすぐに埋められた。それがお七を狂わせたのだ。お七は気を病んでしまい、反物屋が長男坊を殺したのだと思い込んで反物屋の家屋に火をつけたのだ。」


 その重兵衛の言葉に、話を聞いていた全員が息を呑んだ。


「冬は乾くから火事は広まり、大勢の人の家が失われた。が、江戸はもとより火事が多くてな。備えておる者が多く死者は出なかった。拙者達がお七を見つけた頃には燃える江戸の街を見て、涙を流しながら道端にへたり込んでおった。虚に長男坊の名を呼びながらな。」


「江戸では15歳にならん子は無罪にし、のちに親子共々遠方へと流す。だが、お七は年を明けて15になっていたのだ。つまり、死刑だ。俺達は幕府より、お七の問い役を任された。あまりにも儚い恋に、江戸中がその話に持ちきりでな。家屋さえ立て直せば許すという者まで出たほどだ。それで幕府も事情を知らぬでは済まないということだった。」


「たがお七は15だと頑なに譲らなかった。死んで長男坊の元へ逝くのだと。拙者達はお七を説得したが、結局最期まで死を望んだのだ。」


「二日後、代官様の命により河原で火刑となった。お七は最期に一言だけ唄ったのだ。」


【明け月の向こうに行く当てもなし、ただ流れる星のまぶたのうちに。】


「明け月とは長男坊、まぶたのうちの思い出ももはや意味はないということであろう。燃える娘を見て、やおやの父もその晩に自ら首をくくった。救われぬ話だ。」


「分かるか?先程お前は拙者達に生きるため魔王軍に組したのだと言った。しかし、若い子でも罪を犯せば死は免れぬこともあり、思い出も意味をさなくなる。生きるどころか死がお前に向かってくるだろう。」


「死が…向かってくる……。」


「そうだ。生きるためにと選んだ道が逆に自分の命を短くすることがある。それは目に見えるものではない。心しておけ。と、昔話と説教など話して幼い子らには退屈であったかな。つまりは、幼い身でよくここまで生き残ってきたな。辛かったであろう。」


 重兵衛はこの奏太郎という男がかくも優しい男であると改めて思うのであった。その目はかつて奏太郎の師匠が向けていた眼差しのそれに確かに似ていたからである。


 周囲の者達は涙する者や己が身に例えて考えふける者、唇を噛み締め感慨深くしている者とそれぞれであった。そしてそれは誰一人として、突然やってきた重兵衛達に敵意なぞ向けようなどと思う者はいなくなっていた。


 そしてタマヨは、初めて温かく受け止められたことにさめざめと涙しておりました。


 さて、次回は魔王軍についてタマヨや猫獣人達と対話を行うのであります。

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