第十二話「猫に木天蓼」

 ※諸事情により遅くなってしまいした。大変申し訳ございません。



 さて、前回ハナノの小屋で一息ついた四人は森の中にある墓場で魔王軍の手下であるチェシャを捕獲したのでございました。


「た、たすけてニャ!まだチェシャにはやることがあるニャ!」


 大木に縛り付けられたチェシャは、何やら目的があったようでございます。


「まあ待て待て。ここでお主は何をしていた」


「こ…この墓には昔チェシャ達を助けてくれた人が眠っているニャ。だからチェシャは毎日この墓だけは綺麗にしてるのニャ」


「殊勝なものだが、拙者はお主が魔王に組したこと許さんぞ。」


 抜刀しようと柄を握りましたが、奏太郎の心の中で疾風迅雷が首を横に降っておりました。


 ーわたくしが斬るには今これにあらず。それに、猫に似たこの少女を斬れるのでございますか?ー


 先に申しました通り、奏太郎は犬猫畜生類を好んでおりますゆえ、先程の思ってもいない台詞の真意は筒抜けだったのでございます。


「……。して、猫よ。先程申していたやることとは」


「そ、それは。チェシャは村を救うためにこの剣を魔王様にもっていかなければならないのニャ…」


 目線の先、それは綺麗にしていた墓に刺してある錆ひとつない美しい白い剣でございます。


「村を救うことと、あの白い剣。何の関係がある。」


「なんで剣が必要なのかは知らないニャ…。ただ持ってこいと魔王様が…。」


「いつまでもとぼけてるとその首焼き切りますよ」


 カナデが痺れを切らしてしまい、手に炎を纏って脅したのでございました。しかし、すぐさまレイが抑えております。


「待ってくださいませカナデさんっ!待て!待てですわ!って力強い!?」


「おおおお落ち着けカナデ殿!義も過ぎればあくとなる!猫、お主が魔王に付き従うのはそれが理由かもしくは」


「おおかたお主の村が人質か、魔王の力を借りねばならぬ状況であろう?」


 カナデは三人に拳骨を貰い蹲って黙ったのでございました。


「お、おお。流石は異世界のヒト様。物分かりが良いニャ。チェシャの村は今、何年か前からヒトと戦争になっているニャ…。でもチェシャ達猫獣人は森を守る存在。元からそんなに争う力はないのニャ…。」


「何故人が襲ってきておる。事と次第によっては拙者らが力を貸す。」


 重兵衛が「おいおい…」とちらりと奏太郎を見ると元来動物好きの男でございますから、目線がチェシャの頭上にある柔らかそうな毛に包まれた耳しか見ていないことに気づきました。


 それにはカナデもレイも気づいており、呆れた目で見ておりますことは想像できましょう。


「なんと嬉しいことニャ!詳しく話したいから、せめて縄を解いてほしいニャ」


 さて、縄を解かれたチェシャは草むらに座して話し始めました。


「チェシャ達は、さっきも言った通り森の守護者ニャ。争いより自由気ままに生きて自然を守り、自然に生かされて共存していくだけなのニャ。でも、チェシャ達の森に数年前から変な緑の玉みたいな花が生え始めたのニャ。」


「緑の玉…」


 ここで重兵衛に嫌な予感が走ったのでございます。まさかこの異世界にも…。


「旅で立ち寄ったヒトがたまたま薬師でそれを調べると、気持ちよくなって幻が見える効果があるとわかったんだニャ。何度も何度も繰り返して使いたくなるイゾンセー?というのもあって危ないと言われているのニャ。それなのに何故かそれを狙って森の向こうにある"カナタ"が攻めてきたのニャ。」


「第二聖王都カナタ…。サレナお姉様が向かった方向にある王国ですが、星と太陽と月の研究をしていた穏やかな国だったはず」


 そんな話は耳にも入らず重兵衛と奏太郎の顔が青ざめておりました。幻の見える緑の球の草。それは聞き覚えのある話でございます。


「おい重兵衛…この話まさか」


「おそらく…"ツガル"だ。巷では薬だともてはやされておるが、アレは薬なんぞではないと俺も幕府も懸念をしていたところだ。」


 ※【ツガル】今でいうアヘン。麻薬。当時は妙薬として扱われていた。


「猫、今すぐその花が咲いている場所へ。お主の森へ。あの剣はカナデ殿が預かってくれ」


「は、はい!」


 重兵衛が念のため白い剣を抜き、カナデが預かってチェシャの森へ向かったのでございます。しかし剣を抜いた重兵衛が違和感を覚えておりました。なぜつかがないのか、なぜ刀身が妙に厚手なのか。異世界の剣はそんなものなのだろうとこじつけて納得して駆けたのでございます。


 しかし、皆は見落としていたのでございました。この剣が刺さった墓に刻まれた文字、墓標が漢字で刻まれていることに。


 さて、しばらく森を深く進んでいくと道中に甲冑の騎士が数十人ほど首だけが落ちた無惨な姿で尽きておりました。


「猫、こやつらか?」


「こいつらニャ。でも、なんでこんなところで?チェシャの森、アートラまではこの小山を抜けた少し先のはずニャ。」


「刀傷…。それもかなりの手練だ。首の甲冑の隙間を刀が擦ることなく一閃している。」


 甲冑の隙間には武器を擦ったあとは一切見られない、つまりはほんの爪一つ分もをずれないまま中の首を斬ったという証拠でございます。しかもよく見ると中の骨もまた大根を包丁で綺麗に切り落としたごとく鮮やかな切り口でございました。


「奏太郎並みの手練が猫の一族におるのか?」


「そんなわけないニャ。戦うことなんてさっぱりな一族だって言ったはずニャ。」


「それに妙だ。倒れている方向、全員来た足跡が我らが来たこちらに向かってきている。つまりはカナタの方角からきていたと見える。」


「つまり、何かから逃げてきた…と?」


 カナデの言葉に合わせて午後の空の雲行きも怪しくなり、五人の心にもやりとした嫌な予感が漂い始めました。


「胸騒ぎがする。奏太郎、走るか。猫!共に駆けろ!」


「え〜…怖いニャ」


「カナデ殿はレイ様を魔法で守りつつ拙者達の後方から距離を保ちつつ来られよ。」


「わ、私も前で戦います!」


「後方より敵が来た時、挟み撃ちだけは絶対に避けなければならぬ。それにレイ殿はまだ修羅場慣れはしておらんからな。カナデ殿にしかできん役割だ。。」


「はい!頼まれました!最近練習してる、後ろから風が背中を押して速く走れる魔法かけますね!」


 奏太郎もレイも事情をあまり知らぬチェシャでさえも、この時ばかりは重兵衛が男だと思いました。そしてレイはまだ頼りない自分の力量を理解しつつも、悔しいと感じておりました。


 さて次回、アートラへ来た五人は思わぬ状況に陥ることになるのでございます。

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