第十一話「待ち焦がれるは花、恋焦がれるは風」 弐

 さて、前回飛蝗に追われ逃げ込んだ小屋にて出会ったエルフの女性、ハナノ。彼女は若く見えるも100年ほど前に勇者とゾォアと、日の本から来たやも知れぬ者と魔王討伐のため冒険をしていたとのことでございます。


「私は100年前の勇者ネクサスと騎士ゾォア、そしてこのヤクシニョライサマをよく彫っていた僧侶のアシュラと当時の魔王を討つ旅をしていたのさ。」


「して、その旅は如何様に」


「犠牲は多かったが、当時の魔王はなんとか封印した。まぁ結果の先延ばしみたいなもんさ。今暴れてるノブナガってやつはその時の魔王なのかわからんけどね。」


「なるほど。苦しい旅であったな。」


「そして旅の終わりにネクサスとアシュラは結ばれた。ああ、言葉が足らなかったけどネクサスは女さ。ゾォアは魔王を討った後、しばらく私と魔王軍の残党狩りの旅をしている途中、ある程度落ち着いたら突然消えちまった。アシュラからもらったこのヤクシニョライサマに文字を残してね。」


 薬師如来様の台座の裏。その文字は漢字で「色即是空」と彫られております。この世の万物は形を持っておりますが、その形は仮のもの。本質はくうであり、不変のものではないということでございます。


「その、ネクサスやアシュラはどうなったのでしょうか?」


「とっくの昔に死んじまったよ。人は私らエルフと比べて寿命が短いからね。仕方ないさ。ところであんたさっき、ゾォアお兄様って…」


 同じ日の本から来たやもしれぬアシュラは死んでしまった。その言葉に、二人の武士は見知らぬ相手ではありますが少々悲しみを覚えました。一度、酒を傾けながら語り合ってみたかった。


「お三方…」


 レイが三人を静かに見つめ(話してもいいですかと)言葉にせずとも目が訴えておりました。そのため三人は静かに頷くだけでございます。


「私はレイ・アースウェル・トワ。100年間封印され、眠っていた聖王都トワの末妹。そしてゾォアお兄様は私の護衛の任に就いていたはずですわ。私は末妹で魔王軍との戦いから離されていたので、貴女のことをよく覚えておらず申し訳ないですわ。」


「ああー!?レイ様!?そんな装備してるから気づかなかった…。てっきりあの戦争で死んだかと…。いや失礼。100年間封印されてたとはねぇ。確か最後にレイ様を見たのは城の廊下から見えた別室で書き物をしてる姿だったね。私の記憶にあるレイ様そのままで、頭が混乱してるよ。それで、ゾォアは私の前から消えた後レイ様の護衛についていたのかい」


「何か…何かゾォアお兄様は言伝を残しませんでしたか?最期は骨になっても力のある者を待ち続け、こちらの三人の実力を試すため戦い消えました。」


「……そうかい。言伝は無かった。本当にある日突然私の前から消えちまったのさ。レイ様を守るためだったんだね。口下手なやつだったから、言い出せなかったんだろうね。それにしてもあの剣技の化身みたいなゾォアを倒すなんて、あんたら三人は何者なんだい?」


 ハナノは静かに茶のおかわりを四人に注ぎ落ち着いて見つめてきた。少しの静寂の中、先に口を開いたのは重兵衛からでございます。


「俺と奏太郎はアシュラ殿と同じ日の本、違う世からこちらへ来たのだ。」


「拙者らは幕府…あ〜、王のような方々に命ぜられ悪党である不知火を追っている。突然この異世界へ飛ばされたが、不知火もこちらの世に来ていた。魔王ノブナガと共に悪党働きをしており、急ぎ討伐の旅をしておるところ。」


「へー…アシュラのやつやっぱり異世界から来たヒトだったのか。じゃああいつらの子孫は異世界のヒトとの子ってことか。不思議なもんだねぇ。」


「ハナノさんが戦った魔王はどのような者だったのでしょう」


「魔王かい。レイ様は離されていたから知らないだろうけれどとんでもない化け物だったさ。人の姿をした闇の塊…としか言いようがなかった。意思と言葉のある闇…かもしれないね。」


「私も昔話として聞いたことがあります。身体からは闇が溢れて、光を喰むと。」


「昔話はよく誇張されるもんだけど、概ね正しいよ。あいつは命を喰うのさ。喰って、闇とする。最後に対峙した時、少しだけあいつと会話することがあった。」


「して、なんと」


「会話って言っても一言だけさ。何が狙いだとネクサスが問いたら、ただ一言"カエロウ"と。」


「かえろう…。何処ぞに帰るつもりだったのか」


「さぁねぇ。そのあとは命の奪い合いさ。最後はネクサスが剣と一緒に時空の中に吹っ飛ばした。帰れたのか、永遠に彷徨っているのかだろうさ。」


 静寂の中静かに皆は茶を飲んでいた。長く辛い戦いの果てに掴んだ平和を噛み締める一人のエルフに、想いを馳せ。


「長くお話かたじけない。我らの旅の為になった。そろそろバッタもいなくなっただろう。」


「一服感謝致す。拙者ら今は礼の物は持ち合わせておらぬゆえ、いずれ旅の終わりにでも。」


「私も半分はエルフの血が流れている者として、頑張ります。」


「魔王ノブナガ、あなたの旅の努力が無駄にならないよう必ず封じてみせますわ」


「はは、そんな気負うことないさ。あんたらの旅にヤクシニョライサマの加護があるよう祈っておくよ。ああそうだ。この花畑を進んでいくと、100年前の戦いで死んだ奴らの墓がある。私がたまに掃除してるんだが顔出してやっておくれ。あいつらも喜ぶよ」


 四人は一つ頭を下げ、ハナノの小屋を後にしたのでございます。時は過ぎて午後の緩やかな風が花びらを飛ばしておりました。花をいくらか拝借して束ね、森林地帯へと向かいました。


 そして森に入るとすぐに墓地が目に入りました。木漏れ日の中、石作りの古い墓が数えることをやめるほどございます。どれほどの犠牲者が出たのか、想像に難くございません。

 重兵衛と奏太郎が目を閉じて両手を合わせている様子を真似し、カナデとレイも安らかな眠りを祈ったのでございました。


 花束を全部に捧げるわけにはいかないため、誰ぞの墓に置こうかと見回していると奥地に一つ剣の刺さった不思議な墓がございまして、先客がおりました。


 先客はせかせかと墓掃除に勤しみこちらに気づいていない様子。重兵衛と奏太郎とカナデはその者の正体を知っておりました。そのため、カナデは袋から縄を取り出して重兵衛と奏太郎に手渡したのでございます。


「「おい」」


「にゃっ?」


 重兵衛と奏太郎は手早くその者を縛り、木にくくりつけたのでございます。


「ぎにゃ!?なぜここに!?」


 それはドワーフの山で魔王と極蔵の使いで現れたチェシャでございました。しかし山で見た時より憔悴しているのか目元には酷いくまと衣服はボロ雑巾のようでございます。


 次回、チェシャを捕らえた四人は魔王ノブナガと不知火達の卑劣極まりない行いを聞くこととなるのでございます。

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