第十話「待ち焦がれるは花、恋焦がれるは風」 壱


 さて、前回旅支度を終えた三人は新たな旅仲間として魔王を封印する月の魔力を持った姫君レイを共にすることとなりました。


 また、おゆうの断罪については一旦保留とし、おゆうを監視していた者を追ってサレナ姫達の向かった西へと進むことにしたのでございます。


 門の外では見送りに国王だけでなく動ける者は皆来ておりました。


「では、レイ様を頼むよ。旅の途中で勇者や他の姫がいたらぜひ力を貸してほしい。」


朝餉あさげの数は四人分だったからな。」


「え?」


「一食一人分。拙者はおかわりもいただいた。」


「つまり、四人のお姫様と会えたらその朝食の分として恩を返すということです!よね?」


 カナデが意図を読み伝えたことに「ふふん」とこれみよがしにしていることが、口下手な男二人にはバツが悪いものでございました。しかし、不思議と心持ちは穏やかでございます。それはカナデという存在が武士と異世界に住まう者との関わりを繋ぐ大事な役割を担っているのでしょう。


 そして準備を終えたレイが現れたのでございます。衣服は薄着の物から変わり、見た目軽めではありますがしっかりと剣や白を基調とした防具も着けておりました。


「ほう…凛々しいな。馬子にも衣装とは言ったものだ。」


「お、おお、お美しい。」


「えー、いいなぁ」


 驚く三人を他所に、ガルシアが眉間に皺を寄せて悩んでおりました。


「これでも急拵えで足りないくらいです。防具はもはや形だけ。対魔法防壁や聖水による浄化も最低限。やはり、物資が届くまで待てませんか。」


「待てぬ」、と重兵衛


「待てぬ」、と奏太郎


「待てません」、とカナデ


「待ちません」、とレイが。もはや止められる者はおりません。


「れ、レイ様まで…。お三方、何卒よろしくお願いします」


 頭を下げるガルシアの肩を軽く叩き、四人は西へ向けて歩き出しました。


「みんな、頼むよ。」


 国王も力強く四人を見つめて旅の成就を祈っておりました。


 さて、旅立ちは晴天。夏風のように暑く、しかし爽やかで渇いた心地の良い風が草原を走っておりました。


「夢みたい…」


 歩いていると、レイがきらきらと瞳を輝かせて空を眺めております。


「私、こうやって旅に出るのが夢でしたの。昔はずっと城に閉じこもっていて。外が羨ましかった。」


「では、これより夢が叶うであろう。」


 朝早くに出発し、昼頃まで歩いておりますと花畑が見えてきたのでございます。小高い丘から見えるそれはなんとも美しく、筆舌に尽くし難い光景でありました。


 これには流石の重兵衛も奏太郎も思わず腕を組んで唸る程。カナデとレイも口が開いて呆けておりました。


「これは見事な…。日の本では春になると菜種の畑が美しくあるが…」


「なんとももはや…。浮世離れとは言ったものだな。日の元の坊や僧が見れば泡を吹く絶景だ。」


「あ、ちょうどいいです!皆さんここでお昼ごはんにしませんか?」


「いいですわね!外でご飯は鍋以来なのでわくわくしますわね!」


 小高い丘にあった手頃な岩に腰掛け、重兵衛はトワで見繕った小刀で干し肉を薄く切り小鍋で炙っておりました。油をひかずとも干し肉からはじわりと旨味脂が染み出しております。


「うむ、良い脂と香りだ。」


 その間にカナデがパンを棒に挿して火のそばで炙り、花畑から少し拝借した香り高い葉を細かく切って重兵衛から渡された小鍋に振りかけたのでございます。


 小腹には随分と沁みる良い香りが漂っておりました。その手際の良さにレイもまじまじと見つめ、時折ふむふむと頷き覚えようとしている様子。


「よし、あとはこのぱんとやらに合わせて食うか」


「重兵衛さん、奏太郎さん、レイさん。このまま食べても美味しいんですけれど…これ、パンと干し肉に合うんですよ?」


 にやりと悪い顔をしてカナデが取り出したるは薄黄色の塊。それは重兵衛と奏太郎の世にもあった物でございました。


「「牛酪ぎゅうらく!?」」

(現代でいうバターのようなもの。チーズにも近い物であったとされる。)


「ふふ、こちらではチーゼという名前です。これを、こうです」


 カナデが焚き火にそれを近づけ炙ると、じゅわりと音を当て濃厚な香りが立ったのでございます。


((((これはをしている))))


 これには四人も口の中に溢れるものが多いでしょう。それをカナデが炙り肉と香草を挟んだパンにとろりとかけ、昼飯は出来上がったのでございます。


「「「「いただきます」」」」


 四人は両手を合わせ、パンを頬張りました。


「こっ、これは美味い!牛酪は一度食ったことがあるが、こんなに濃厚な味わいではなかったな!」


「拙者は京で一口食べたのだが匂いがきつくてなぁ。それ以来だ。だがこちらの世界の牛酪は良い!竜の肉も臭みがなく歯ごたえがある!そういえば重兵衛、お主はだな」


「ふふ、つまらん冗談を」


 奏太郎は重兵衛の名にある"竜"と掛けたのでございます。少しくだらなく意味のわかる二人は思わず笑い吹き出しておりました。


「すごいですわ!外で食べる料理がこんなにも楽しくて、美味しいなんて。」


「竜のお肉って干すと味が締まって香ばしくなるんですね!美味しい!竜のお肉は食べきれないくらいあるので、旅は安心です!」


 四人が昼食を食べ終わり、お茶を一服していると花畑の向こう側から何やら黒い雲のようなものが迫ってくるのが見えたのでございます。


「なんでしょうあれ?」


「雲…?」


「にしては蠢いているような…。」


「あれバッタですわ。」


 3人が目を凝らしても見えない状態をレイは見えている様子でございました。改めて魔法で視力を上げたカナデも「あ、ほんとだ。うわー、しかもあれ死肉バッタの群れですよ。動物の死体を骨まで食べるので、別名掃除バッタです。」と気づいたのでございます。


「こちらに向かってくるぞ!?」


 四人は荷物を纏めて大急ぎで駆けたのでございますが、何故かバッタの大群は四人を目掛けて飛んでくるのでございます。しかしただのバッタではございません。大きさは猫か小さい犬程あり、牙は鋭いのでありました。


「ええい斬るしかないか!」


 二人が抜刀しようとすると、がちりと刀が抜けぬのでございます。鬼造平帳と疾風迅雷が心の中に囁きました。


【はん。あんな小虫程度、わっちは斬りたくないでありんす。ああ汚らしい。】


【わたくしもです。刀の錆にするならもっと良いモノを所望します。】


「「こっ、こやつらめっ!?」」


「か、カナデさん!何か大群をやっつける魔法はございませんか!?」


「な、ないですないです!?」


 そのカナデの泳ぐ目に、重兵衛だけは気づいておりました。

 さて、如何ともし難い状況ではありますが目の前に小さな小屋が見えました。


「「御免!!」」

「失礼します!!」」


 四人は仕方なく小屋へ飛び込み、一息つくと音からするにバッタは去っていった様子。


「っ……。なんだい突然?どちらさんだい。」


 小屋の中にはカナデと同じように金を割いたかのような金髪、そして緑の目をした若い女性が一人おりました。


「む、これは失礼仕った。我ら花畑で一息ついていたところ飛蝗ばったに追われ、思わずここへ。俺は齋藤重兵衛影竜」


「突然の無礼、お詫び申し上げる。拙者は小川奏太郎光仲。」


「私はカナデです。」


「私は…レイですわ」


 レイは身分を明かすと厄介ごとに繋がるやもしれぬと思い、名を一部伏せたのでございます。


「私はエルフのハナノ。さっきの音は死肉バッタかい。そりゃあ難儀だったね。一息ついていきな。女一人住まいだから、あまり豪勢なもてなしはできないがね。」


「いやいや、拙者らはすぐにここを…。ん!?これは!?」


 奏太郎が気づいたのは、部屋の片隅に並べられている木造りの人形でございました。


「こ、これはまさか!?いや間違いない!我ら日の本にあるものだ!」


 それはまさしく、薬師如来様でございました。カナデとレイは見たことがなく、まじまじと見つめております。


「こ、この像はどこで?」


「あぁこれかい?ヤクシニョライサマってやつ。昔私は冒険者だったんだが、その時の仲間の一人がよくこれを彫っていてね。真似して作ってるのさ。神様みたいなものだってさ。」


「その者、日の本から来たとは言っておらなかったか!?」


「さぁねぇ。生い立ちについてはみんな聞いたことがなかったよ。日の本ってのは聞かない土地だね?海を渡ったところにでもあるのかい?」


「いや、こことは異なる。異世界だ。」


「異世界…不思議なもんだね。そういえばゾォアって仲間がいたんだが、そいつはえらく気に入っていたよ。そこ、戸棚の右下。あのヤクシニョライはあいつが作ったもんさ。」


「「「「ゾォア!?」」」」


「お待ちくださいハナノ様。ゾォアは私の兄。そして今より100年程も前に死んでいるはずです」


「兄?100年?なんのことだい。確かに私が魔王を討つため旅していたのは100年近く前。あんたら、一体何者なんだい?」


 さて、次回。ハナノから衝撃の事実が語られることとなったのです。

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