第九話「命狩る責務、行く先の旅鴉」


 さて、前回おゆうを捕虜とし断罪は一旦保留とした三人。危うく聖王都トワと戦になる所でございましたが、かつての自分達を思い出した二人は勇者アズマに免じておゆうを託すことに致しました。


 翌朝のことでございます。街の一部は焼けましたが、犠牲者はおらず火傷で済んだ者が殆ど。カナデは民の治療のため聖王都の治癒魔術師達を引き連れ街を駆けておりました。全員を診るために城へ連れて行くと言い張るほど。随分と頼りがいのある少女になってきたものでございましょう。


 さてところ変わって重兵衛や奏太郎はというと、斬った竜の前におりました。魔王と不知火の居場所を聞く前に、やることがございました。


 その眼差しは真剣そのもの。


「重兵衛、どう思う…」


「俺は塩と胡椒。この国にあったにしっかり合うだろう。」


「拙者もそう思う。だが、味噌があればと思うところ。」


 二人の手には聖王都の街の金物屋で見繕った出刃包丁が握られております。


「「南無阿弥陀仏」」


 二人は手を合わせ殺した竜を切り落としておりました。傷だらけになった鱗の隙間から刃を入れ、皮を下から切れば刃は通りました。


 そこへレイがやってきたのでございます。


「奏太郎様、重兵衛様、一体何をしているのです?」


「れっ、レイ様!?このような所を見てはなりましぇぬ!姉君のこともあるでしょう!ささ、すぐに城へ戻られよ!」


「お姉様はまだ眠ってますわ」


「落ち着け奏太郎。深く息をせい。レイ様、今我らは竜を食えるように切り落としているところでございます」


「はぁ、竜を……食べる!?」


「すーーはあ〜〜。はい。拙者達は最初の町、サディネアで竜を倒した時は町の火で焦げてしまいすぐに埋葬されてしまったのです。」


「俺達がこの世界の生き物を殺めた以上、食べるのは責務。命に感謝せねば。」


「でも、この量は…」


「残りは燻り肉にして旅の備蓄とします。他は町のものに配るとよいでしょう。食べ方はカナデ殿と重兵衛が美味く料理するでしょうから、それに習って。それでなくては此奴が哀れでなりませぬ。」


 レイは不思議でなりません。この武士という男達はあれだけの殺し合いをしておきながら、竜を哀れみ食べるというのでございますから。竜の亡骸を見るその眼は寂しげでございました。


「ブシ…。やはり共に旅に出て貴方達を知りたいですわ。」


「ではレイ様、もしよろしければ食べられそうな部分を見繕ってはくれませぬか?竜は日の本にはおらず、食べたこともないのでどこが食べられそうなのか検討もつかないのです。奏太郎、包丁余っておったな?」


「う、うむ。ではレイ様これを」


 奏太郎は余分に持ってきた出刃包丁を渡したのでございます。しっかり刃は自分へ向けて手渡しておりました。しかしやはり美しい姫には慣れておらず手が震えております。


 どうやら先程平然と話していたようにも見える奏太郎は内心穏やかではなかったようで。


「わ、私刃物を持ったことがなくてっ」


「では奏太郎、手取り足取り教えて差し上げろ。旅に出て生きていく上で切り方も知らぬのでは心許ない」


「ゔぃっ!?拙者がか!?」


「女慣れせい。俺は尻尾の辺りを切ってくる。付け根はきっと歯応えがあるだろう。そちらは腹を頼むぞ〜」


 そう言うと重兵衛はそそくさと尾の方へ行ってしまったのでございました。


「奏太郎様、始めましょうか」


「は、はっ!」


 奏太郎はレイに手厚く包丁さばきを教えたのでございます。しかし奏太郎は冷や汗と動悸で気が気ではない様子。


「れ、レイ様…姉君はいかがががなやご様子でしょう?」


「皆、命は取り留めました。しかしアズマも魔術師もお姉様も回復には数ヵ月かかると。なのでエレナお姉様達の旅はもう難しいようです。」


「命賭ける者の宿命でございます。生き延びたのならそれが天命。次は生きることが戦いとなるでしょう」


「生きることが戦いとなる…」


「はい。生きとし生けるもの全て、生まれ落ちたその時より何かと戦っておるのです。師匠の受け売りではございますが。」


「よいお師匠様ですわね。異なる世界に生きる私に新たな考えをもたらしてくれましたもの。」


 奏太郎は静かに頭を一度下げ、黙々と竜を捌いていきました。レイもまた、それに倣って肉を初めて切っていったのでございます。


 さて、カナデの方はというと聖王都の回復術師と協力して何とか怪我人を全て治療し終えたところでございました。


 城の大広間に怪我人全てを連れて行き、即座に怪我や病に対応できるようにしておりました。


「ふぃ〜。終わりましたね。回復術師の皆さんも一息ついてくださいね!重兵衛さんと作った汁物とニギリメシというものがあります。全員に配りますからたくさん食べてください!」


 聖王都には米に似た穀物があり、重兵衛と奏太郎は大いに喜んだのでございました。竜の肉を捌きに行った理由の一つもこれでございましょう。米と肉は合う。


 これを食べた町の者達や治癒術師達も、塩気がよく効いた汁物と握り飯に満足しておりました。


 町の者の話によると米に似た穀物の名はマイズ。普段は多めの水で茹でて食べたり、粉にして水で固めて焼いて食べたりしておりますが、歯ごたえとモチモチ感のある日の本にある米を炊くような調理はされてこなかったようでございました。


 皆が食べているところへ国王とガルシアがやってきたのでございます。皆平伏しようとしますが、王は手を軽く上げ、止めました。


「私も一つもらえるかな?興味があってね」


「どうぞ。でも塩辛いかもしれませんよ?」


「構わないよ。塩辛い物は好物なんだ。ガルシアも貰うといい。」


 さて、先程エレナ姫の首を焼き切ろうとしたカナデでございますから、ガルシアとも少々気不味いものがありました。


 国王が一口握り飯を頬張り、汁物を啜ると感嘆の溜息をついたのでございます。


「はぁ…美味い。昨晩は気を張り詰めていたから染み入るようだ。汁物は熱くて塩辛くてマイズの甘さが際立つ……。でもこのニギリメシというのは昔食べた事がある気がする。何故だろう。王都では見たことはないはずだが。」


「私はこのような塩気と旨味がちょうど良い物を食べた事がありせん。先代の調理記録を読んでみますか?」


「無いと思いますよ?この調理方法はエド、重兵衛さんと奏太郎さんの世界で行っていた"タク"という方法です。町の人達もお湯で溶かすか粉で固めて焼くような食べ方にすると言ってましたし。」


「エドの…。まぁいずれ思い出すだろう。あぁカナデ君、先程エレナ姫が目覚めてね。君達と話がしたいそうだ。」


「わかりました。重兵衛さん達が戻り次第向かいます。」


 重兵衛達は竜を捌き終え、エレナ姫の病室へと足を運んで行ったのでございます。

 途中、カナデとレイが二人きりにしてほしいとのことで少々話す時間を設けました。


「カナデ様、エレナお姉様を本気で殺すおつもりでしたか?」


「はい。殺すつもりでした。そうしなければ、止まらないと。」


 カナデはなってしまえばもはや関係は直せないと思い素直に話したのでございました。


「……。よかった。」


「え?」


「そこまで考えての覚悟があったと。やはりあなたもブシなのですね?」


 カナデは自分がまだまだ未熟でブシとは程遠いと思っておりましたので、顔が熱くなったのでございました。


「わ、私はまだ…ミジュクモノのツケヤキバなんですっ」


 さて、二人の蟠りも解けたところで四人はエレナの病室へと入りました。


「お姉様、具合はいかがですか?」


 レイに瓜二つなエレナ姫は、唯一違うところといえば灰色の瞳というところでしょうか。レイの赤い瞳とは違うものでございまさ。


「レイ…久しぶりねこの寝坊助ちゃん。こちらの方達は?」


「ゾォアお兄様に選ばれた方達ですわ。お二人は異世界より来て、魔王達を討つというブシなのです。もう一人の方はハーフエルフのカナデ様。回復魔法が得意でお料理がとっても上手なんですよ。」


「異世界?ブシ?ハーフエルフ?ふふ、面白い仲間を持ったのね。ブシさんとハーフエルフさん、助けてくれてありがとう。」


「一宿一飯の恩義でございます。その、ぞおあという騎士は…」


 奏太郎がエレナに説明している間は皆静かに聞いておりました。しかし、女慣れしていない奏太郎が、真剣な話とはいえエレナと平然と話していることにレイは少々苛立ったのでございました。


(私の時は目を合わせてくれないのに)


「長い月日の中で己に呪いをかけて生きながらえていたのでしょう。骨となるまで…。骨となってまで…。ゾォアお兄様…」


 カナデが預かっていたペンダントを受け取ると、エレナはさめざめと涙したのでございます。四人は静かに病室を離れたのでございました。


 しばらくして落ち着いた頃合いに、よろよろとエレナが歩いて病室から出てきました。すぐにカナデが肩を貸して近くにあった椅子へかけさせたのでございます。こういう時気が利かなくてはと重兵衛と奏太郎は反省いたしました。


「ゾォアお兄様のことを助けてくださりありがとうございました。さて、貴方達はこれからどうするのです?」


「我らの目的は変わらず。不知火、獄蔵を討ち、魔王を倒すこと。」


「でしたらここから西の方向、森林地帯へ向かうと良いかもしれません。」


「サレナお姉様が向かった場所ですね?」


「昨夜おゆうを監視していた謎の者、それが消えていった方向が西の方向なのです。」


「なるほど。不知火は失敗した者を許さない。その報告は間違いなく獄蔵か魔王へ伝えるはず。俺も良い策と思う。」


「ならば肉は明日まで干すから明日の朝旅立ちだな。それまで準備を整えるか。」


「レイ、あなたは残るのよね?」


「残りませんわ。私、ブシが気になるんです。そして、ゾォアお兄様に選ばれたこの方々を見ていたいんです」


「末っ子だから甘やかしすぎたかしら。絶対生きて帰ってくるのよ。」


 さて、こうして次の目的地は二番目の姫サレナ達が向かった森林地帯へ向かうことにしたのでございます。

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