第三話「武士駆けるは凪の水面の如く」


 さて、前回姫君を送り届けた三人。武士の使命と意地のせいで危うく聖王都と戦争になるやも知れぬところで、カナデの機転により一先ず協力関係となったのでございました。


 そしてカナデは風呂に投げた二人のために、酒とつまみを用意しておりました。城のの調理場を借りたのでございましたが、それはもう立派な食材ばかりであります。まずはカナデの胴ほどある大きな魚をどんとまな板に乗せたのでございます。


「ふふっ、腕がなります!」


 ナイフは大きい物でございますがもはや手慣れたもの。淡々と、しかし嬉々としてつまみを作っていると側近のガルシアがやってきたのでございました。


「カナデ様、先程は良き判断でございましたな。私は肝を冷やしましたよ。」


「ガルシアさん…。失礼をお許しください。お二人は…ブシは存在なのです。私もまだ全てを知っているわけではないのですけれど。」


「ブシ…。なんでもドワーフの山で魔王シラヌイ軍に襲われて生き延びたと…。敵でないことがこれ程心強いと思ったのは久しいです。」


「私も聖王都トワを敵にしなくてよかったですよ」


「そしてカナデ様、貴女は死地を潜り抜け、あのお二人と同じように眼にほむらが灯っていらっしゃる。」


「眼に…ほむら?」


「はい。死と幾度も邂逅し、退け、生きるための本能が目覚めている。それは同じ者にしか分かり得ないものです。それは目を見れば、分かるのです。」


「そういうもの…ですか。でも私はまだ貴方達を信用しきったわけではないんですよ?遥か昔から倒しては現れる新たな魔王と戦い続けてきた聖王都、封印した姫様、綺麗事だけじゃなさそうですし。」


 ガルシアはこのカナデという少女が、二人の付き人程度ではなくとてつもない切れ者だと考えを改めたのでございました。エルフ譲りの明晰な頭脳。あの危なっかしい二人を支えるには不可欠だと。


「それはお互いに。国王様とレイ様が信じるからこそ我らも力を貸すのです。」


 スッと空気が冷えたのでございました。


「もし…もし私達の約束を破ったら、


 そういうとカナデは魚から取り出した肝をナイフでストンと切り落としたのでございました。


「っ…。に銘じます」


 ガルシアは感じたのでございます。このカナデという一見人畜無害、聡明などこにでもいるハーフエルフの少女の奥底に眠る、獣のような闇のような悍ましいなにかを。


 そしてある程度簡単なつまみを作り、酒を持って風呂場へ戻ると何やら揉めている様子。カナデも服を脱ぎ、薄布を身体に巻いて入ると姫君と重兵衛と奏太郎が揉めているのでございました。


「もう、いい加減にお背中お流ししますわよ?恩をお返しするのです!」


「あぁだからそれはいかんいかん!嫁入り前の娘がっ!それに奏太郎が死んでしまう!」


「っはぁぁあっー!っはぁあっー!」


 奏太郎は眼に手ぬぐいを巻き付け過呼吸を引き起こしておりました。なんと情けないことでしょう。


 そして姫君が何も付けずに裸体を晒し、それを重兵衛が何とも思わなそうではございますが、しかと見ていることに、カナデの心の奥でちくりと違和感が生まれたのでございました。


「っ…。ふぅ。三人とも落ち着いてください!レイ様は布を巻いて!重兵衛様は奏太郎様と一緒にもう少し奥の湯へ!岩影にどうぞ!もう!」


 落ち着いて酒とつまみを興じているうち、暫くして姫君が口を開きました。


「私は…魔王を倒すために封印されていたのはお話しましたわね。」


 三人は静かに聞いておりました。


「魔王を倒す力。それは私達姉妹に神が与えてくださった特別な力なのですわ。この身体に、闇を封じるのです。」


「身体に、闇を?」


「ええ。生まれ持って私達は強力な月の魔力…封印魔法が使えて、物心ついた頃にはすでに魔王を討つのだと自然と使命を感じていたのですわ。」


「ほう…月の力とな。それは不思議な。」


「魔王はいつの世に現れるか分からないものですわ。現れては封印され、また別な魔王が現れる。終わりのない戦い。」


「ならば、拙者達で終わらせましょう。その憎き因果を。」


「奏太郎様…」


 奏太郎は目隠しをしたまま、どこぞを向いて話しておりました。良いことを言ったはずですが妙に締まらないものでございます。


 さて、トワに到着したのは昼頃。謁見や風呂での一息をついている間にすでに夕刻となっておりました。四人は良い一部屋を与えられ涼んでおりました。すると城下の町の林からは茅蜩ひぐらしの声が聞こえてまいりました。


「ほう、茅蜩…。この世にも茅蜩がおるのか。」


「もうすぐ暑い時期が来る知らせですわ。そちらの世界にもいるのですね。」


「あぁ。焼くと美味い。」


「ふふ、重兵衛さんは食べることばっかりですもんね?」


「食べる事で人は生きる。美味いと感じることで幸せを噛み締められる。ところで、明日からはどうする。魔王、不知火の行方に当てはあるのか?」


「当て…はないのです。しかし四人のお姉様達は東西南北、別れて旅立ったそうですわ。ここから東には貴方達が戦ったというドワーフの山より少し進んだ方角。そちらには私の一つ上のルウナお姉様達が調べに。」


「そっちは戦った後しか残っておらんだろうな。奴らがいつまでもいるとは思えん。」


「私もそう思いますわ。何か残っていないか調べ、そこから進むのでしょう。そしてここから南に進むと海のある方角。海に住む種族達がいる場所ですわ。そちらには三番目のエレナお姉様達が。」


「海…。拙者は久しく見ていないな。」


「ここより西は獣人が住まう森が広大に広がっていて、壮大な自然がありますわ。険しい自然には、きっと隠れる場所には最適。そちらには二番目のサレナお姉様達が。」


「して、北には?」


「北は…恐ろしい魔の雪山が。そこは雪に対処して進化してきたごく僅かな生き物しかいませんわ。何の準備も無しに行けるところではないですし、長時間の滞在なんて以ての外。いくら魔王やシラヌイでも得することのない場所ですわよ。」


「ん?1番上の姉君はどうした?」


「それが謎でして、勇者達と一緒に行先も告げずに旅立ってしまったそうなのですわ。しっかり者のマリアお姉様にしては、妙なんですけれど。最後に見た情報が来たのはここから東と西の間にある大きな湖と。」


「東と西…。私達のいたサディネアがある方角ですよ。」


「もしやサディネアへ向かったのだろうか?カナデ殿、サディネアの反対方角には何がある?」


「ただの平原ですね。農村がいくつか。」


「で、あればそこへ向かったとは思い難い。うーむ。誰を追うか。ん?そういえばレイ殿は会った時第六王女と申していた気がするが、あと一人は誰だ?」


「あと一人、一番最初のアリアお姉様はマリアお姉様が生まれる前に幼い歳なのに病で亡くなったと聞いておりますわ。」


「そうか。事が終われば墓参りせねばならんな。」


 と、そうこう考えているうちに三人(カナデ以外)は酒が周り、旅の疲れもあったのかいつの間にやらうたた寝をしたのでございました。重兵衛、奏太郎、カナデは久しぶりのまともな休息でございますから、どっぷりと泥のように眠りについておりました。


 ー起きなんし!はよう起きなんし!ー


 ー起きてください!早く!ー


 鬼造平帳と疾風迅雷の声が頭に響き、重兵衛と奏太郎が飛び起きると同時。町にカンカンカンと金属を響かせる音が響き渡ったのでございます。すでに日は暮れ夜の中、町の角に轟々と赤い火の手が上がったのでございました。


「火事…?いや、あれは!?」


 二つの月に照らされて、町の夜空に竜が一匹飛んでいたのでございました。まさしく、ドワーフの山で一戦交えた竜の一匹。つまりそれは。


「不知火だ!」


 カナデと姫君は遅れて飛び起きると、重兵衛と奏太郎と共に駆け出したのでございます。

 城の出口でガルシアが剣を抜いて町を見ておりました。


「皆様!シラヌイが強襲してきました!な、なぜこの王都に!」


「決まっておる!他の姫君や勇者がいなくなった手薄を狙ったのだ!」


「まさか、姫君達に追われるはずなのにそんなことを!?」


「こちらが大きく攻めるということは、あちらは更に裏から攻める好機に繋がることだと覚えておくが良い。魔王はいない様子。姫君を安全なところへ!ここは拙者達に!」


 さて、次回は。急襲された聖王都トワ。不知火の意外な目的と、その所業に武士の怒りが刃となって立ち向かうのでございます。

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