第一章「物語始まりたる」

第一話「武士、聖王都トワに向かう」

 さて、前回魔王を討つために封印されていたという聖王都トワの姫君"レイ・アースウェル・トワ"に出会った三人。不知火の手がかりに繋がるやもしれぬと竹林のあった聖地ヤミギより王都へ向かっていたのでございました。


 丸一日程歩いた夕暮れ、山道を降っております頃、奏太郎におぶられたままの姫君から腹の減る音が聞こえたのでございます。


「うぅ…」


 恥ずかしがるのも無理はございません。齢はカナデと変わらぬうら若き乙女でございますから。顔を奏太郎の背に埋め、申し訳が立たないようであります。


「うむ。腹が減るのは生きてる証だ。カナデ殿、魚は残っておるか?」


「十分ありますよ。でも、お野菜が少ないかもしれません。」


「山菜など分かればよいが、拙者らはこの世界の草花は分からんからなぁ。」


「あの、私わかりますわ。野山の食べられる草花には知識がありますの。それに足が鈍っているので、思い出す練習にもなるので是非歩かせてくださいな。さ、そーたろー様。」


 そういうと姫君は奏太郎の背から降りてその絹のような綺麗な右手を差し出したのでございました。


「はっ…ぱゃっ!?」


 実はこの奏太郎、優男ではございますが女慣れをしておらずおぶるのも少々気合を入れていたのでございます。平然を装っておりましたが、いよいよその手に触れるとなると。


「茹で蛸太郎、任せたぞ。俺とカナデ殿は近くの川を探して水を汲んでくる。四半刻(約30分)後ここに集まろう。」


「ちゃ、茶化すでない!姫君、ああ足元にお気をつけてござ行きましょうなり。」


 もはやこの様でございます。


「ふふ、久しぶりの土の感覚。楽しいですわ。幼い頃はこうやって裸足でよく野山を走ったものですのよ。」


「…。姫君。」


「レイ、でいいですわよ。なんでしょう?」


「レイ様…。王国に辿り着いた時、眠る前とは遥か時の過ぎた世のはず。お覚悟はございますか。良い国ならばそれは良し。しかし…」


「覚悟していますわ。きっと父上ももう亡くなっていることでしょう。それでも、私のこの感じている使命を成し遂げたいのです。あ、そーたろー様!この大きな葉は煮るととても美味しいですわ!あっ、それにあの木の根元にあるのは」


「………」


 奏太郎は己の左手を支えに、眼を輝かせて山を歩く、宿命に人生を止められていた儚い姫君を見てなんとも言葉に言い表せぬ物悲しさを感じたのでございました。


「レイ様には姉君がいらっしゃると…」


「えぇ、四人。どこに封印されているのかも、生きているのかさえわかりませんわ。ただ、私より月の魔力が強かったので生きていればきっと王国へ戻るはず。」


「ご無事だと良いですね。」


「……はい。さ、これほど採れれば十分ですわよね?」


 話しているといつの間にやら姫君は山菜を手に溢れんばかり採っておりました。


「戻りましょう。焚火の匂いがするので、もうあちらは準備しているようです。」


 さて、姫君が採った山菜と残っていたハーブフィッシュを鍋に入れたカナデは水汲みの途中で見つけたという岩塩を使い味付けをしておりました。


「岩の塩か…桃色の宝石のようだ。日の本では見たことがない。」


「この辺りは遥か昔海だったようですね。どうりで川のそばに植物が少ないと思いました。これは塩が色々な栄養素と固まっているものです。味付けに物足りなさがあったので見つけることができて幸運でした。」


「とても良い香りですわ…。」


「うーむ。胃が鳴る。実は俺も料理が好きで、手伝うかと言ったんだが…。」


「私の役目です!」


「ふは。なるほどな。さて、拙者も腹が減った。」


 そして少し待つと、カナデが一口味見し完成したのでございます。


「さぁできました!分けますので器を」


 重兵衛が合間に木を彫って作ったお椀を使い、鍋をよそったでございました。


「「「いただきます。」」」


 三人が両の手を合わせて目を瞑り一礼する。


「いた、だきます?」


「あぁ、これは…」


 重兵衛が不思議そうにする姫君に言葉の意味を話そうとすると、カナデが遮って我先にと話したのでございます。


「いただきますは食べる食材に感謝を込める言葉ですよ!ブシのレイギというものなんです!」


 ふふんと得意げな顔のカナデを見て重兵衛も奏太郎も顔を見合わせて微笑んだのでございました。このひと月あまりか少しの日々の中で、人生を左右する死地を共に乗り越えた彼女は出会った時より随分と頼もしくなったと思う二人でございました。魔法も、サディネアで治癒術師をしていたとは思えぬ成長ぶりだと感じております。


「ふふ、いただきます。はふっ。あぁ、美味しい…。」


「うむ、美味い!魚の肉団子も塩味が染みて良い。」


「王都とやらには豆腐に似たものはあるのだろうか。ん、塩気が加わり美味い!」


 岩塩の塩気が加わり、魚の出汁と肉団子に更に旨みが染みているのでございます。そして姫君が選んだ山菜も香り味わい深く、その程よい苦味が噛むたびに魚肉と旨味を引き立てるのでありました。


「カナデさんはお料理が上手ですのね。こんなに熱くて味があって幸せな気持ち…初めて」


 姫君も額にじんわりと汗をかいて、匙が止まらぬ様子。しかしその表情は美味しさだけでなく、嬉しさもあるようでございました。その美味しさたるや、皆時折に舌鼓を打つばかりで暫くはまともな会話はございませんでした。鍋が空となり、全員が満足に一息ついた頃、姫君が口を開いたのでございます。


「あの…ふと思ったのですがお二方は、元の世界へ帰りたくなりませんの?」


 重兵衛も奏太郎もその言葉に呆気に取られておりました。カナデはその言葉に"あぁ、確かにそう思わないのだろうか"と心の中で不思議に思ったのでございます。


「なぜだ?俺達の使命は終わっておらん。武士が、火付盗賊改方が敵を討つまでは帰るわけにはいかん。」


「そうとも。幕府に雇われている以上、そして武士としてそれは鉄則だ。揺るがない。それに魔王、不知火らをこの美しい世界に放っておけばいずれは滅びだ。」


「滅び…。しかしそれは命をかけることですわ。見ず知らずのこの世界に、貴方達は命をかけて死んでくださるというのでしょうか」


「姫君、拙者らは魔王の軍勢と合間見えました。力の差は歴然。間違いなく死ぬと感じ、せめて魔王か獄蔵の首一つと斬り込んだのでございます。しかし正体を知らぬ甲冑の男に逃げる隙を作ってもらい、命辛辛いのちからがらなんとかこの刀をドワーフのゴルザ殿より受け取り逃げ延びて今がこざいます。次こそ必ず討つべしと誓ったものの、敵を前に逃げたこともまた事実。」


「俺達は武士だ。武士とは死ぬことと見つけたりとも言う。しかしそれは死ぬ覚悟で何かを成す、恥をかかぬよう生きていくという意気込みだ。」


「何かを成すために死ぬ気は大事だが本当に死ぬ馬鹿にならぬようにということでございます。つまり、拙者らは死ぬ気で魔王と不知火を討つつもりで、死ぬことはございません。」


「それが…ブシ……」


「「はっ」」


 その揺るぎない力強い眼に、姫君は背筋を伸ばし気持ちを受け止めたのでございました。さて、そこから四日ほど歩き四人はいよいよ聖王都トワへとたどり着いたのでございました。時はすでに昼頃が来ようとしておりました。


 巨大な赤い門をくぐると、どことなく日ノ本、江戸に似た街でございました。街中には青竹や椿のような赤い花が咲く木が植えられ、整備された水路をさらさらと彩っておりました。人々も異種族も江戸に住む町民より少しばかり華やかな着物でございます。


「おお、なにやら日ノ本に似ておるな」


「うーむ。しかし江戸より自然の美しさが映えておる。澄んだ空気だ。」


「聖王都トワ…初めて来ましたけど綺麗です」


「私がいた時より随分と綺麗になっていますわ。眠りにつく前は、内乱で荒れ果てておりましたから。あぁ、でもあの大きな屋敷は国王のものです。変わらずあってよかったですわ。」


 四人が街を歩くと…やはり目立つものでございます。全く気にも止めずに堂々と一直線に屋敷へ向かうその姿に街の人々も異種族も呆気にとられたのでございます。たまに口々に「最後の姫君だ」「生きていらっしゃった」とぼそりと聞こえる程度でございました。


 屋敷の前に門番が二人おり、槍で行手を阻みました。


「これより先はクロム・アースウェル・トワ様のお屋敷。」


「…最後の姫君ですか?」


「私はレイ・アースウェル・トワ。この者達はお兄様に選ばれし実力者ですわ。そこを退きなさい。」


「選ばれし実力者…?そんな見たこともない身なりの者が?」


「我らユウグ兄弟がそこの三人の力を試してくれる!」


 二人が槍を構え、即座にカナデが「あっ!二人に刃物を向けてはいけませ」と話し終える前。ユウグ兄弟は重兵衛と奏太郎に瞬時に槍を切り落とされ、胴体へ峰打ちされ、体術で壁に打ちのめされたのでございました。


「んよ…って、遅かったですね。はぁ〜、お二人共。」


 重兵衛と奏太郎はバツが悪そうに頬を掻きながら空を見上げました。


「「い、いい壁画になった。」」


 さて、トワへ到着した二人は現国王の屋敷へと到着したのでありました。そして次回、驚愕の事実を知ることとなるのでございます。



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