第14幕「煌めく炎と咆哮する雷」参
さて、前回ドワーフ達や謎の騎士に助けられ何とか魔王軍から逃げ延びることが出来た三人は、サディネアへ向かう道より少し外れの森で一息ついておりました。滝の裏に祠があり、そこへ身を潜めているのでございます。気配から察するとまだ傀儡の追手が多少は来ている様子。
「ふぅ、生き延びたな。拙者達もまだ命運尽きぬと見える」
「あぁ。俺は五匹の竜に向かった時には頭の中に念仏が響いた気がした。」
「い…生きてる……」
あれ程眼に生きる力を輝かせていたカナデも、生き延びた現実に引き戻された途端脱力感に襲われておりました。しかし、はっきりと生きているという実感。死地からの脱出。それが快楽のようにも感じておりました。
「ドワーフ達、無事ならばよいが。俺達のためにあそこまでしてくれたのだ。」
「うむ。この恩、必ず生きて返さねばならぬ。」
「あの黒い南蛮甲冑の武者。あやつにも礼を言いたい…ところではあるが。」
「あの邪気、悍ましいものを見た気がする。あれはもはや人ではない。」
二人は黒い騎士に感謝と警戒、半々の不思議な気持ちでございました。そしてこの後どこへ逃げるか神妙に考えていると、三人の腹が嘶いたのでございます。
「あ、あはは。お腹減りましたよね。」
「あぁ…なんだか生き延びたと思うと腹が空いてきた。」
「拙者もだ…。豆腐が食べたい…」
「てこともあろうかと、実は…」
カナデが腰の小さな鞄から出したのは、なんと鍋と鍋料理の具材でございました。小物は魔法で小さくして詰め込んでいるとは聞いておりましたが、もう無いものだと思っていたのでございます。
「お、おおっ!?」
「えへへ、実はお鍋の材料少し残して置いたんです。」
なんともこのカナデ。美しい見た目に隠れてなかなかどうして曲者でございました。ドワーフ達への土産を何かのためにとくすねておりました。
「ふはは、やりおる」
「傀儡も気配が遠のいていったようですし、少し休息しましょう。そこの滝壺に良い質の魚もいるみたいですし。」
滝壺には大きな魚が泳いでおり、カナデは魔法で手早く獲って調理を始めたのでございました。二人も何か手伝おうとするのでしたが、「これは私の役目なので」とぴしゃりと止められ座らされたのでございます。
カナデが手早く料理を作っていますと、小虫のような小さく光る玉が三人の元へと飛んでまいりました。サディネアでカナデが使った伝令の魔法と似たもの。
「これは、ドワーフさん達からです。なるほど、魔王軍は撤退しているそうです。各方向へ転移魔法で霧散し、追撃は不可。用心してこちらへ戻るな。とのことですね。」
「追撃、か。ドワーフ達も随分と戦ってくれた。」
「暫しは離れるが、いずれ感謝する機会も来るだろう。ゴルザ殿も、あちらに任せきりになってしまうな。」
「さ、できましたよ!急拵えでしたが、滝壺にいるハーブフィッシュが良い味付けになってるはずです」
蓋を開けた途端。食欲沸き立つ香りに、一気に涎が口の中に溢れました。滝壺にいた魚、ハーブフィッシュと呼ばれる魚はどうやら鮎にも似ており、更に肉厚。肉団子にもなっており、堪らないものでございます。
「「「いただきます」」」
三人は手を合わせ、鍋をつついたのでございました。
この、手を合わせて"いただきます"をしてから食べる意味合い。
『食材に命をもらった感謝と作ってくれた者への感謝』
それを二人からカナデは教えられてから、日本の礼儀作法に強く感銘を受けたようで「ヒノモト、ニホンの礼儀と意味を教えてほしい」と合間に聞いていたのでございました。
「ふふ。どれ、まずは汁を…。こっ、これは旨い!」
汁を飲んだ重兵衛は感嘆の声をあげた。これまでの鍋はどちらかというとあっさりした味付けでありましたが、この鍋は魚の出汁とその団子も入っており香ばしさが胃を刺激するのでございます。
「あぁ…胃の腑に染みる…。拙者達は生き残っておるのだなと深々と感じるほど旨い。この肉団子、絶品だ。」
「なんと濃厚な…。だというのにしつこくない…。」
「はぁ〜、良いお魚。美味しい。」
三人はその後は時折頷く程度で、会話もろくにせず黙々と食べ続けたのでございました。そして鍋が綺麗に無くなった頃、三人は同時に大きく満足なため息をついたのでございます。
「「「ごちそうさまでした!」」」
さて、三人は食べ終えたところで気になる事がございました。洞窟の奥地。そこより妙な気配がするのでございます。
「殺気でもない。どうだ?」
「どうだ、と言われても困るぞ。カナデ殿?」
「んー、魔力…のような…なんでしょう」
三人は松明を作り警戒しつつ進んでいくと、道は狭くなり、いつしか広い場所へと出たのでございます。何故か天井には穴がいくつかあり、光が漏れてきておりました。時は昼頃でございますから、日が射すのでございましょう。
「人が作ったようだな?自然にはこうならん。」
「む、重兵衛、カナデ殿。止まれ。」
奏太郎が止めた理由。それは開けた場所の真ん中、しかし日の当たらぬ影の場所に座り込み、微動だにせず佇む者がおりました。
「何者ぞ」
それは立ち上がると、よろよろと歩き出し、日に照らされたのでございます。姿があらわになった時、三人は戦慄したのでありました。
「我ハ、ゾォア。守護シ、見極メル者。夜明ケノ番人」
現れたのは鎧を着た骸骨の騎士でございました。朽ちかけている鎧と剣を構えて歩いてくるそれは、見た目とは裏腹に手練の気配を放っておりました。
「待て!俺達は迷い込んだだけだ!」
重兵衛の問いかけにも聞き耳も持たず、骸骨の騎士は襲いかかってきたのでございます。咄嗟に鬼造平張を抜き、剣を受け止めると一瞬紅蓮の炎が噴き出たのでございます。その炎に一瞬の間。その隙を狙って奏太郎が疾風迅雷で骸骨の騎士へ斬りかかりました。刀身には一瞬雷が走り、ゾォアを捉える寸前。が、即座に飛び下がる凄まじい反応をしたのでございました。
「選バレタモノ。選バレタモノ。選ンダモノ。力、力、見セヨ。手ヲ抜ケバ、迷エバ、死」
カナデは不安になり、二人を見ると先程戸惑っていた目はすでに"斬る"覚悟をしており、力強い光を放っておりました。カナデもその目を見た瞬間、察し、この骸骨の騎士を討つ覚悟を決めたのでございます。
一呼吸程の静寂。しかしすぐに動いたのはゾォアでございました。ゾォアの鎧と剣が紫色の異様な炎を纏い、襲いかかってきたのでありました。まさに邪気といえるそれは打ち払わねばならぬと思えるものでございます。
「もはや問答無用!」
「覚悟せよ!」
重兵衛が握った鬼造平帳から今度は一瞬などではなく力強く轟轟たる炎が溢れ、奏太郎の疾風迅雷からは唸るような雷が走ったのでございました。しかし重兵衛も奏太郎も驚くことはございませんでした。心の中で、己の力だと言う確固たる確信があったのでございます。
「まずは足止めを!!」
カナデが火球をゾォアの足下を狙い撃ち続けると、ゾォアはやはり素早く回避していくのでございます。
「甘いっ!」
避けた先、すでに別方向から放っていた火球を操りゾォアの背中へ直撃させたのでございました。しかし。
「見セロ!モット!」
どうやら魔法に耐性があるようで効き目は薄い様子。今度はカナデに向かって突進してきました。
「くっ!」
「させぬ!」
重兵衛が咄嗟に割り込み、蹴り上げ
「フッ!」
空中に合わせて飛んでいた奏太郎が斬り落としたのでございます。凄まじい雷の力に、鎧はほぼ砕けたのでありますが、更に落とした先では重兵衛が構えておりました。
「どりゃあ!」
燃える刀でゾォアを斬り飛ばし、壁へと激突させたのでございます。
「す、しゅごい!これがカタナ…っ!」
「ヨイ…最後ダ!!」
ゾォアは満身創痍の状態で二人へ斬りかかりますが、もはや決着は目に見えております。
二人の刀身がゾォアの剣をまるで小枝のように消し飛ばしたのでございました。
「アァ…現レタ…」
二人は迷いなく骸骨の騎士ゾォアの胴を薙ぎ、炎と雷が異様な闇を焼き払ったのでございました。
残心。
そして骸骨の騎士が崩れ落ちると、割れた鎧の胸元から金の首飾りが転がり落ちたのでございます。丸い物がついておりますが、開かぬ様子。カナデがそれを拾い、手を合わせて目を瞑り祈りを捧げたのでございます。
「邪気はあったが、拙者達に向ける殺意はなかった。まるで試すような…。」
「何故だ。」
二人もゾォアへ近づこうとした時、先程ゾォアが座っていた影から緑の光が溢れてきたのでございました。
さて、次回。三人は奇妙な出会いを果たすのでございます。そしてその出会いは厄介な問題を知ることとなったのでございました。
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