第13幕「煌めく炎と咆哮する雷」弍
さて、いよいよ決戦の朝でございます。三人は獄蔵がいると思われる竜の飛ぶ南側の敵軍を迎え打つべく溶岩の大岩の横へ来ていたのでございました。山は敵軍が登る地鳴りが響き渡っております。
「おぉ、絶景だな。」
「しかし彼奴等、妙だな。」
奏太郎が気付いたのは、敵の姿が生きている精を感じぬ姿だったのでございます。まるで傀儡、人形のような物達が集まっているのでありました。
「おそらくあれは魔法で召喚されたゴーレムです。」
「ごうれむ?」
「土と木で出来た兵士、生きていません。」
「なるほど、己は戦わず傀儡に先を行かせるとはなんとも腑抜けな奴らよ。」
重兵衛達は鼻で笑ったその刹那、気配を感じ小太刀を抜いて構えた。いつの間にやら大岩の上に何者かが立っておりました。
「こんにちはニャ!別の世界から来たヒト様よ!」
そこには人の耳の位置より上に猫の耳を生やし、人の身体に長い尻尾を振る獣人がいたのでございます。
「何者だ!」
「猫獣人!?遥か遠い森の守護者と言われる存在が何故ここに!?」
「私はチェシャ!魔王ノブナガ様と獄蔵様の伝言をお伝えに来ましたニャ!」
「猫獣人が、魔王側へ裏切った?」
「ほう?伝令か。なんと言ってきた?」
「ここで死ね、とニャ。」
「「はっはっはっは!」」
「ニャニャ!?なぜ笑うんだニャ!?ヒトの言葉間違えたかニャ?」
「いやいや何も間違えておらん。いや、一つ間違えておるな」
「うむ。伝令の猫、戻ってノブナガと獄蔵にこう伝えよ。」
「にゃんと?」
「「お前らが死ね」」
「……。愚かニャ。」
そう呟くと、チェシャは大岩から飛び出して軍勢を駆け抜けて行ったのでございます。その姿を見て、やはり南側に魔王か獄蔵がいると分かりました。
「馬鹿な猫だ。お前が将の位置を教えているとも知らずに。」
「奏太郎、そういえばお主は猫好きではなかったか?やつを捕まえて飼ってみたらどうだ」
「馬鹿を言うな。それに、犬も好きだ。」
すると、傀儡の軍勢が動き出したのでございます。おそらく先程のチェシャが伝令を伝え終わった頃合い。予想より早く動き出したのでありました。
「はっはっは!怒ったようだな!」
「今どんな気持ちなんだろうな!」
「お二人共!ふざけてないで早く岩の横へ!もう溶岩が溜まりきっています!」
「おお、おお!流せ流せ!」
影に潜んでいたドワーフ達が岩を押さえる枷を外し、大量の溶岩が傀儡の軍勢へ流れ込んで行くのでありました。まさに圧巻の世界。熱と火が敵を飲み込んで行くのでございます。
「よし!ドワーフ達はすぐに逃げ隠れよ!奏太郎!カナデ殿!よいか!」
「よし行くか!!」
「はい!あの、絶対に生き残りましょう!」
「…応!」
誰が見ても助からぬ状況。だというのにカナデは死出の旅へと付き合うのでございます。二人の武士としての生き方、心持ちに当てられたのか、もとよりそのような性格が眠っていたのか、義を重んじるようになっておりました。
三人は崩れた傀儡の軍勢と溶岩の横を駆け抜けて行くのでありました。溶岩に飲まれなかった傀儡の軍勢が現れ、体術や脇差しで応戦し、カナデは魔法で二人の隙を突かれぬよう、そして止まらぬよう戦うのでございました。息も絶え絶え、決死の戦いでございます。視界の片隅ではドワーフ達が反対側の傀儡達を相手取り戦っているのが見え、感謝に涙が潤む。
「「「見えた!!!」」」
遥か先ではありますが、布で囲まれた陣が見えたのでございます。そこにノブナガか獄蔵がいるのは間違いございません。
「今から行くぞ!覚悟せよ!!」
「魔王でも獄蔵でもどちらでも良い!あの世への土産だ!」
「私は諦めない!」
しかし、そこへサディネアで戦った竜よりも巨大な黒い竜が5匹現れたのでございました。その竜の上には白狐の面を付けた者、不知火。まさに絶対絶命。
竜達は口から炎を吐く動作に入っておりました。
もはやここまでか。
しかし三人は最後まで抗うため雄叫びをあげ竜へと飛び込んで行くのでございました。
炎は吐き出され、三人の運命はここに潰える。
はずでございました。
そこへまるで烏のような漆黒の鎧、漆黒の大剣、漆黒の炎を纏った者が現れ、炎と竜を叩き落としたのでございます。彼を見た途端、三人の今までの覇気は消え、背筋が凍ったのであります。まるで氷の舌で背筋を舐められたかのような悪寒でございました。
『退路は俺が開いた。ここから後ろの傀儡はもういない。すぐに刀を受け取ってサディネア方面へ逃げ切れ。ここは俺が引き受ける。今は退け。』
敵であるか味方であるか、問う暇もなく三人は後方へ駆け出したのでございます。
「「かたじけない!」」
「ありがとうございます!カタジケナイ!」
死ぬつもりではありましたが、ノブナガか獄蔵を討ち取ったとしても、どちらかが残り、間違いなく無駄な死。すなわち敗北。この機を逃すわけにはいかなかったのでございますから、判断は早いものでありました。
三人が山へ蜻蛉返りで駆け上るのを見た漆黒の騎士は、魔物の軍勢へ向き直ると大剣を構えたのでございました。
『あの三人が希望、か。
息を切らしながら山を登る三人は、改めて冷静になりつつゴルザの元へと走っておりました。
「はぁっ…はぁっ…。何者か分からんが助けられたなっ…はぁっ」
「あぁっ…!命を拾ったな!あの黒い武者、只者ではないぞ」
「あんなっ…騎士っ…見たことありませんっ!はぁっひぃ!もう無理です!」
なんとか山小屋へと逃げ切った三人は、小屋へ入ると、一瞬で空気の違いに気がついたのでございました。息切れしていた呼吸が、瞬時に収まるほどの緊張感。
ゴルザが二つの刀を持ち、座っているのでございましたが。
呼吸はすでに、止まっておりました。
まさに見事な果て。命を燃やし、最後の仕事を成し遂げ燃え尽きた漢の姿がそこにあったのでございました。
「ゴルザ殿…」
三人は膝と手をついて静かに頭を下げたのでございました。二人は物言わぬゴルザの手から刀を受け取り、手を合わせ合掌致しました。刀の他に三人の衣服も補修されておりました。先程の戦いで襤褸となった衣服を着替えると、何やら服にも細工がある模様。しかし、全てを確認する暇はございません。
「「拝見」」
二人は刀を鞘から抜くと、息を呑んだのでございました。重兵衛の刀の刃文にはまるで炎が走っているかのような紅い模様が染まっているのでございます。対して奏太郎の刀には水面のような、しかし激しさもある稲妻の如き蒼き刃文が。
納刀し、カナデと共に脱出しようとした刹那。重兵衛と奏太郎は一瞬意識が途絶えたかと思うと、見知らぬ場所へいたのでございました。
重兵衛は彼方まで白い場所に畳が少しある異様な空間。
奏太郎は彼方まで白い場所に道場の床のような木の床が少しある異様な空間。
重兵衛はいつの間にやらその畳へと座しており、驚いたのでございます。
「奏太郎!?カナデ殿!?」
すると、目の前へ霞のように突如として煌びやかな紅色の和服をきた女が現れたのでございます。その姿は遊郭で見た花魁のよう。歳は若そうで10代の終わりか20代初めか。凛とした姿が重兵衛を引き込む。
ーお初にお目にかかりんす。我が主人よ。棄てずに打ち直すためここまで足を運んでくれたこと、本当に嬉しかった。ー
「誰だ?ここはどこだ?」
ーわっちは主人の刀。主人の力。ここはわっちと主人の心の世界。さて、先日は名などないと申しておったが、しっかりあるでござんす。さぁ、名を呼んでくだされ。心の中に、あるはず。ー
重兵衛の心の中に、自然と名が浮かんでくるのでありました。
「お主は、
ーはっは!わっちは仮にも女の姿であるのに、そのような名とは。ー
「その艶やかな身形からは隠しても隠しきれぬ炎のような熱き力を感じておる。この名が上がってくるわけだ。和平を記す帳簿を作るように俺と戦うのだ。」
ー謹んでお受けするでありんす。ー
そして奏太郎は道場のような場所へ座っておりました。目の前には、蒼を基調とした胴着を着た女がおりました。
「ここは…。お前は?」
ーお初にお目にかかります。わたくしは貴方様の刀。貴方様の力。名をお呼びくだされ。さすれば力となりましょう。ー
きりっとした瞳と眉、顔立ち。何より目を引いたのはまさにその眼でございました。鋭く鷹のように見つめる力強い眼。それは奏太郎も思わず息を呑んで見惚れるものでございました。歳は10代半ばでございましょうか、少し幼さが感じられております。そして、自然と名が浮かんでくるのでございました。
「お前は、
ーほう。わたくしにその名をつけた理由は。ー
「風の如く雷の如く敵を斬る。その鋭く力強い眼、美しい。共に、悪を斬ろう。」
ー謹んでお受けしますー
二人は気がつくと刀を抜いた瞬間に戻っておりました。
「あの、お二人共大丈夫ですか?」
「なるほど、ゴルザ殿が刀ではなくなると言っていたのはそういうことか。奏太郎、話をしたか?」
「あぁ。拙者も話してきた。」
「何のことかわかりませんが、すぐに逃げましょう!もうすでに反対側でドワーフさん達が抑えていた傀儡が少しずつ登って来ています!」
「ということは、どわあふ達が押されているのか。」
「助太刀せねば。ゴルザ殿、御免!」
「生きていれば必ず戻り、埋葬いたす!」
二人が駆け出そうとした時、カナデが袖を掴み止めたのでございました。
「ダメですよ。」
後ろから聞こえたその一言へ反論しようと振り向いた二人は、驚いたのでございました。
「私達を助けるために命をかけてくれたんです。その想い、無駄にする気ですか?」
その顔は今までにないほど真剣で、今にもドワーフ達の元へと駆け出そうとする二人に穴を空けてしまうのではないかというほど睨みつけておりました。
「今は逃げるんです。」
もはや二人は何もいうことはできません。ドワーフ達のいる場所へ一礼し、山を駆け降り逃げたのでございました。
さて次回は。刀を受け取った重兵衛と奏太郎、ゴルザが命をかけて打ち直したその刀の力を知ることとなるのでございます。
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