第10幕「獅子は幽玄の夢を見るか」


 さて、気の荒いと言われるドワーフ達と聞いておりましたが、長の子ども、ゴロスケを偶然にも助け、長の病の対処法を教えたカナデにより、三人は随分と信頼されたのでございました。そして刀を治すには、山の頂上にいる師範と呼ばれる者なら出来るとのことでございまして、三人は土産の酒と鍋を半分置き、半分を持って頂上へと登ることになったのでございました。


「お二人とも、大丈夫ですか?」


「はぁ、はぁ、俺は山登りは慣れておらんからしんどいなぁ。それに熱い。」


 しばらくはカナデが冷却魔法を周囲に使いながら登ってきたのでありましたが、「疲れました!」とのことで魔法無しで暑い火山道を登ってきたのでありました。


「拙者も、これほどの岩山を登るのは初めてだ。」


 重兵衛も奏太郎も息を切らせながら歩いているというのに、二人の体格の半分も満たないカナデは軽やかに登っていくのでありました。存外カナデは体力があるようで。


「それにしてもカナデ殿、その白き羽は使わぬのか?」


「おお、そうだ。拙者も気になっていた。背中にある羽、飛ぶものかと思っておった」


 二人は怒涛の日々の中気になっていたカナデの羽について思い出したのでございます。


「あはは、実は羽は動かせるんですけれど、滑空しかできないんです。どこからか高いところから飛んで、そのまますぃーっと」


「ほぉ〜?そういうものなのか。誰だったかなぁ、死ぬ前に生まれ変わったら鳥になりたいと言い残した武将がいた気がしたが。」


「実は私高いところ苦手なので…できれば飛びたくないのです」


 照れながら笑うカナデの姿に、思わず二人は疲れも吹き飛ぶような笑いが込み上げたのでございます。


「ふははは!羽があって滑空できるのに、高いところが苦手とは!これまた面白いな!」


「はっはっは!拙者なら喜んで飛ぶものを!お?あそこではないか?」


 頂上が見えてくると、そこには黒煙立ち上る山頂から少しだけ下に山小屋が一つ。扉を叩くと中からよろつきながら一人の高齢なドワーフが現れた。眉間の皺は深く、目つきは鋭い。瞳の奥には心の強い火が見える。ただ高齢なドワーフではないと重兵衛も奏太郎も察したのでございます。


「ゴホッゴホッ。どなた、かな?」


「もし。其方がドワーフ族から師範と呼ばれる者か?俺は重兵衛、こちらは奏太郎、カナデだ。下のドワーフ族の村から紹介で…」


「ほお、入れ。わしはゴルザ。よくこのような場所にヒトの身で来れたものだ。」


 やはり職人というものは"そういうもの"なのでありましょうか。二人の雰囲気、出立ち、得物を見た途端に咳き込みは無くなり、背筋も伸びて口調も厳しく、声に深みがあるようになったのでございます。


 中へ入ると、外からでは分からなかったのでございますが、冶金に使うであろう槌や炉が十分にあったのであります。だというのに、中は涼しい。おそらく魔法のような何かを使っているのでしょう。


「失礼いたす。これは拙者達が持ってきた手土産だ。よければ…」


 しかし手土産を見た途端、その顔は緩く崩れたのであります。


「おぉ、おぉ!よしよし、作ってくれ!そこに水もある!一息ついてから話をしよう!腹が減っておってなぁ!」


 しばらくしてカナデが鍋料理と酒を用意すると、重兵衛と奏太郎は静かにゴルザのお椀へ鍋をよそい、盃に酒を注いだのであります。武士としての礼節、そして物事を頼む側の礼儀をする二人の姿にカナデは静かに圧倒され息を呑んだのでございます。


「ほぉ、んむ。これは美味い。岩ばかり食うとると舌が痩せてなぁ。良い土産じゃ。して、わしに何の用かな?あぁ、もう気楽にせい。気持ちは分かった。」


「感謝致す。では、これを」


 二人は刀を差し出すと、ゴルザは静かに刀身を見て、唸った。


「これは…。お主ら、こことは違う世界から来たな?」


「ご名答のほどで。俺達は何の因果か、江戸よりこの世に参りました。同じく江戸から来た不知火という悪党を追っております。」


「巷を騒がせておるのは耳に入っておる。して、これを治せ、と?」


「はっ。刀というもので、拙者達の命にございます。できれば早めに…」


「早めに…簡単にできるかバカもの!なんじゃこの変態技術は!金属をこんな滑らかにする種族は変態じゃ!だが簡単ではないが、できぬことはない。」


「ゴルザ殿。これを混ぜ込めるだろうか。見知らぬ者ではあるが、力になってくれた者より賜った。」


 龍玉を出すと、ゴルザは一瞬息を呑んだのでございます。そして目を瞑ると、息を十数える程経った頃に龍玉を持って口を開いたのでございます。


「お主ら、このカタナという武器。これならばすぐに治るだろう。だがしかし、カタナではなくなる。」


「と、いうと?」


「この龍玉の力が混ざればただの鉄の塊ではなくなる。多少色彩は変わるかもしれんが形は元通りのカタナになる。しかし力は違う。恐ろしい力を持つことになる。お主ら、覚悟はよいな?」


「「はっ」」


 即答でございました。二人は悪党、不知火を討つためならば恐ろしい力も乗り越えてみせると腹を括っておりました。そして二人は二人は正座で深々と頭を下げたのでございます。それを見てカナデも習うように急いで正座し、頭を下げたのでございました。


「よしわかった。3日だ。3日で二振りとも仕上げて見せよう。」


「「三日!?」」


 二人が驚いて顔を上げたのも理由がございまして、刀というものは簡単な安物でも仕上まで含めても一週間以上はかかるものでございまして、それをゴルザは三日で全てを仕上げると言い放ったのでござます。


「なぁに、身体は老いたが"腕"は老いてはおらん。わしを信じよ。必ず良い物を打ってみせる。あと、その衣服も渡せ。綻びを直しておいてやろう。」


 この時、カナデだけはゴルザの目の奥にに隠された思いと真実に気づいていたのでございますが、三人の世界に口出しすべきではないと思ったことと、何よりカナデが気づいたことにゴルザも分かっていたようでありました。あえて言うべきではない、と。


 刀の修復を待つ間三人は修行して待つことしたのでございますが…さて。


 次回、思いがけぬ窮地が。

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