第8幕「石と灰は似たり」

 さて、前回カナデの料理によって心救われた奏太郎と重兵衛。三人は手土産にする酒と道中の食料を十分に荷馬車へ詰め込むと、ドワーフという種族のいる山へと向かったのでございました。不知火を追いたい気持ちを抑えつつ、今は刀の修繕を考えることとしておりました。


「カナデ殿、どわあふが住む大山へは幾日かかる?」


 出発前に露店で買ったフログの串焼きにかぶりつきながら、重兵衛は荷馬車を進めるかなでに問いかけたのでございます。


「ここから二日ほどです。途中に村があるはずなので、そこに一度泊まってから行きます。」


「承知した。しかし改めて異世界とは不思議なものぞ。なぁ奏太郎?」


「今更にどうした?」


「どうしたもこうしたもない。空には竜やら見知らぬ生き物が飛び交い、この馬車を引く馬のような二つ頭の生き物は我らの国にいた奴らより遥かに大きい。この数日様々なことが起きすぎて改めて考える暇がなかったからな。」


「確かに、そうかもしれん。よもや異なる世界に迷い込むなど、考えてもみなかった。拙者達はまことに数奇な運命にあるようだ。」


 そこから一日中場所を進め、目的地であった村の側にある森まで来るとすでにとっぷりと夕暮れでございました。


「この森を抜ければアリアスという中間の村です。小さいですが宿はあるので泊めてもらえるかと」


 森を抜けた瞬間、鼻の良い奏太郎が逸早く気づいたのでございます。


「血の匂いだ!一人二人じゃない、大量に!」


「南無三!」


 二人は荷馬車から飛び降りると一気に馬車よりも早く村へ駆けて行ったのでありました。その様子を察したカナデは、馬の速度を落として慎重に進んだのでございます。


 その間に村の入り口へ駆けてきた二人は街で拵えた剣をすでに抜刀し、構えておりました。両刃の剣は経験無く、急拵えの物故に心許無いものでございます。そして村へ入ると二人は絶句。まさに言葉を失ったのであります。


「あ…ぁ…」


 村はまるで全てが石像のようになっており、今まで生きていたのであろう異種族達が悲痛な顔で固まっているのでございます。


 これには二人も肝を冷やした。


「なん…と…。」


「人形…ではないな。奏太郎、血の匂いは?」


「消えた。たしかにさっきまで大量の生臭い血の匂いが風に乗って拙者の鼻にきたのだ。」


「と、いうことは」


「つい先程に、石にされたということか」


 唖然とする二人の元へカナデが血相を変えて駆けてくる。


「お二人とも!すぐにこの村を出ましょう!危険です!」


「な、なんだ?どうした?」


「話は後に!すぐに!早く!」


 何事か理解できない二人はカナデの鬼気迫る雰囲気に押されて村から走り出たその時でございます。村はまるで灰か砂のようにボロボロと崩れ去ったのでありました。まるで先程まで何もない更地だったかのように。


「一体…これはどういうことだ?」


「これは石化魔法と呼ばれる、禁忌魔法の一つです。」


「まほー?呪術のようなものか?禁忌というならば使用してはならぬということではないか」


 奏太郎は京の都生まれであり、陰陽術師や経については少しばかり理解ができたのでございました。


「これはこの世界の決まりと言いますか…。この魔法は決して使用してはならないと全ての王国同士が決めていることなのです。使用すればいずれこの世が滅びに近づく魔法として。しかし魔力の強い、経験と知識を積んだ魔術師は使えるのです。」


「それほどの呪術。使用する者も相当な手練ということだな?」


「はい、重兵衛さんの言う通りです。この魔法を使えるのはこの世に七人と聞いたことがあります。名前も知りませんし、会ったことはありません。ただ、禁忌魔法を使用できるのは七人の賢者と呼ばれる者達だけだと。なぜ何もない村へこんなことを…。」


「賢者…。そのような大層な者が何故このような…。む?」


 重兵衛が妙な気配を感じ、村のあった場所を振り返ると、日が沈む夕暮れの空に布を深く被った一人が浮いているのでございます。


「何者ぞ!!」


 重兵衛が声を荒げました。


「ほう、村の生き残り…ではなさそうだな。その風貌、なるほど貴様らブシとかいう違う世界から来た奴らだな?話は聞いているぞ?」


 その声は男とも女とも老人ともつかぬ不思議な声色をしており、何者か見立てできぬよう細工されております。


「貴様か!この村を灰と帰したのは!」


 奏太郎の問いに、布被りの者は両手を広げて高らかに笑ったのでありました。まるで餓鬼の我儘でも見るかのように。


「あっはっはっは!怒れ怒れ!怒る炎を燃やせ!それこそ知ある者の特権よ!そう、この村へ石化魔法をかけたのは俺さ!」


「何故、何故このような悪行を!罪なき人が住んでおったのではないのかぁ!」


 重兵衛の声は怒りに震えておりました。火付盗賊改め副頭として、そして人としてもこの悪行を許すことはできない。


「罪、か。罪はあったさ。きっと。しかし無関係の貴様らには意味のないこと!ここで死ね!」


 布被りの者は空へ手をかざすと、まるで日の出かのような巨大な炎の塊が作られたのでございます。これにはさすがの二人も冷や汗をかきました。そんなものを落とされれば、ひとたまりもない。カナデを後ろに隠し剣を構えますが、きっと無駄だと察しておりました。しかし後ろのカナデも、せめてもと炎の球を生成し挑もうとしておりました。


「消え去れ!!」


 手が振り下ろされようかという瞬間、炎の塊は突如として真っ二つに斬られ、消えさったのでございます。


「なにっ!?」


 布被りの者が驚愕した刹那、もう一人布被りの者が空から現れて蹴り飛ばしたのでございます。蹴られた布被りの者は飛ばされながらもまるで霧のように消えて行きました。おそらく逃げたのでございましょう。


「はぁっはぁっ、間に合った!」


 その蹴った者、三人の命を救った者は若い女の声でございますが、手には身の丈をゆうに超える巨大な剣が握られておりました。その剣は赤く輝き、炎の塊を斬ったのだと察しました。


「お主も何者か分からぬが礼を言う!助かった!」


 重兵衛は叫ぶと、奏太郎と共に深く頭を下げました。


「へへ、お気になさらず!あの、ドワーフに刀を治してもらうならこれを混ぜ込んでもらってください!」


 おそらく女子であろう声である布被りの者は、空から二人へ何かを投げました。それを受け取ると重兵衛は赤い透き通った石、奏太郎は青い透き通った石でございました。


「そこのハーフエルフさん!貴女にはこの指輪を!左手の中指につけといて!」


「わっとと!?あ、ありがとうございます?こ…これは…。まさか最上位の魔道具!?いや…まさか…。」


 かなでが受け取った指輪は虹色に輝く小さな石が埋め込まれた指輪でごさいました。かなでだけはその石の真価を理解したのでございます。


「宝の石か?何故こんな物をくれる!む?」


 すでに空にはおらず、気配もありませんでした。


「一体、何が起こってるんだ?」


 奏太郎の問いに、答えられる者はおりません。


「とりあえずここから離れましょう。石化魔法の影響が出るかもしれません。」


 三人が立ち去るのを空の彼方から見つめていた大剣を持つ布被りは、頭からそれを外し一息つきました。


「ふぅ、これで大丈夫なはず。マジでギリギリだったけど繋がりは守れた。帰ろっか、響姫。」


 彼女の問いかけに、大剣から艶やかな着物姿の女がふわりと姿を現した。


「全く、も楽ではありんせん。帰って茶でも。」


「いいね!あ、刀娘先輩からもらったお菓子あるんだ」


 少女は大剣で目の前を切ると、空間が裂けそこへ身を入れると消えて行きました。


 この不思議な出会い。そして受け取った石が三人の運命を大きく変え、そして進めることとなるのでございます。


 さて、次回はいよいよドワーフ達の所へたどり着いた三人。刀は治すことができるのか。そして石化魔法を使った布被りの者、不知火、謎は深まっていくのであります。

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