第7幕「鉄に見えしも心は錦」

 さて、前回異世界にて悪行を成す不知火の一人、獣使いのお銀を成敗した二人。ようやく己らの行く道が微かに見えたところで、先の闘いにて二人の刀が傷ついたのでございました。首落としの剣を借りていたのはそれが理由でした。刀は欠け、熱により刀身が歪んでおりました。


「異世界の竜、強かった。」


 重兵衛は歪んだ刀身をじっくりと見て、頷いた。


 刀は武士の魂とは言ったものではありますが、所詮は人斬り包丁鉄の塊。形あるもの皆何れ身が崩れるものでありまして、二人も覚悟の上ではあったのですが、少々落ち込んでいたのでございます。お銀の埋葬や街の瓦礫の片付けを手伝ってすでに一日経ち夕焼け。それが二人の背中を悲しく照らしておりました。


「ふむ。参った。」


 しかもこの街では治せず、すぐにでもヴァルヴァスの森へ行き不知火を追いたい所をドワーフの山へと出向かねばならなくなったのですから尚更。


「重兵衛、仕方あるまいて。このままでは碌な斬り合いもできぬあり様になってしまう。」


「そうだな。流石は異世界、と言ったところか。日の本の力が及ばぬ分もある。」


「お二人とも元気を出してください。はい!今日の夕ご飯は煮物です」


 時刻は夕刻。広場の隅に瓦礫を使って準備した食卓。そこへ出てきたのは何とも香ばしい鍋料理でございました。二人の好きなフログの肉の他にも薄切りの肉、根深葱に似た野菜、葉野菜、醤油のような胃をざわめかせる香り、そして高級なあの豆腐に似たものまである始末。これには落ち込んだ二人も…


「「こ、これは…なんとも…」」


「街の方達が私達にお礼をしたいと言ってきて、くださったんです。さぁ、食べましょう?」


 片付けがひと段落ついた異種族達が、その悲しくも感謝の籠った顔で何も言わずにうなづいたのでございます。


「かたじけない。馳走になる。」


 二人の目に涙が滲んだのでありました。元はと言えば迷惑をかけた自分達の責任、だと言うのにこの世界の住人はお礼をと申すのであります。


「「頂戴致す」」


 深々と頭を下げた二人はまずこの世界で好物となったフログの肉を一口。それは露店で売られる串焼きとは違い、柔らかな歯応え。そして程よい味噌のような、醤油のような味付け。思わず二人は舌鼓を打ったのであります。


「お口に合ったようで安心しました。ん、美味しい」


「奏太郎、この根深のような野菜も美味いぞ!」


「ああ!しかし待て、この白く雪のような物…豆腐のようではないか」


「ま…まさか…」


 豆腐。それは江戸時代では高級な食べ物で腕利きの用心棒や火付け盗賊改副頭といえども容易に口にできたものではありませんでした。一度大手柄を二人で立てた際に幕府より褒美として手のひらほどの豆腐を口にした覚えがございました。


 その豆腐のような物を口にすると、その味わいに愕きました。まさにまごう事なき豆腐。熱く柔らかく、口の中で舌の力だけで解れる絹のような食感。


「「たまらん!これはっ!」」


 と喜んでいるところに、カナデが持ってきた物は更に喜ばしいものでございます。


「さ、お酒もどうぞ。私は強すぎて苦手ですが、お二人になら飲めるかと。さ、どうぞ」


 二人の盃に注がれたのは氷のように透き通った酒でございました。香りは焼酎のようで、グッと鼻を刺激しております。


「浮世とは思えぬ…」


「では、んぐ。っかー!これは堪らぬ!俺はこんな美味な焼酎は初めてだ!」


「くはっ。これは強い。強いが美味い!鍋料理に合う!」


「奏太郎、これは贅沢なものだな。」


「あぁ、夢心地だ。」


 周りの者達もあまりに喜びながら食べる二人を見て安堵したのか、其々に帰って行きました。二人は再び頭を下げ、見送ったのでございました。


「うふふ、そこまで喜んでもらえるなんて嬉しいです。明日、ドワーフの大山へ向かうんですよね?」


「うむ。拙者達の刀がこれではな。」


「この世界の刀を見てきたが、どうにも合わん。それに、幕府から献上されたこの刀を手放したくはないのだ。できるなれば治して最期まで共にしたい。」


「しかし、いくら異世界とはいえ打ち直せるかどうか…」


 二人の刀は特別な物で、とある事件を解決した折に幕府から献上された越前康継の打った刀でございました。それも二人の体格、斬り癖、力量に合わせて反り、身幅、重ね、刃長を揃えて造られた特別な物でございます。つまりは日の本に二つしかないものであります。


「私にはそのカタナという物がどうやって造られたかは分かりませんが、ドワーフ族は冶金技術が優れた種族です。もしかしたら出来るかもしれませんが、性格が荒く危険かもしれないです」


「はは、元よりそんな奴らの相手をしてきた。でなければ火付け盗賊改めなどできぬ。おお。そうだ、手土産にこの焼酎や鍋物の材料を持っていこう。たくさんだ。」


「ほう?」


「そういう荒い奴らは、だいたい"これ"が好きよ」


 そして翌日、三人はヴァルヴァスの森とは反対の大山へ向かって馬車を進めたのでございました。

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