第6幕「月夜の義は朧気に輝く」

 さて、異世界にて突如として強襲してきた不知火”獣使いのお銀”。なんとお銀は巨大な竜、ギルドラゴンを召し抱え、襲い掛かってきたのでございます。しかし、お銀を見て不知火の存在が確実のものとなった今、奏太朗と重兵衛の意志は竜などに劣るものではないことが皆様には分かることかと思います。


「この炎で灰も残さないで消し去ってやるよ!」


 しかし、ギルドラゴンの炎というのは奏太朗も重兵衛も経験したことのない凄まじい威力で、回避するのがやっとでございました。おまけに空を飛び、刀しか持たぬ二人は威勢良くも手が出せないで攻めあぐねているのでございます。


「くっ、重兵衛!なにか手立てはないのか!このままではさでぃねいあが焼野原になってしまうぞ!」


「あの竜の翼!あれさえ封じて地に足を付けられれば一手がっ」


 二人が歯がゆくも物陰を盾にしつつ炎を避けていた時でございます。二人の目の前に蛍のような小さな光が飛んでき、そこからカナデの声が小さく響いてきたのでございます。


 ーお二人共聞こえますか?街の住民は避難できました!そちらは!?ー


「カナデ殿か!なんとも痛ましい姿に…」


 ー違います重兵衛さん!これは魔法で私の声だけを遠くに飛ばしているのです!ー


「便利なものだ。カナデ殿!近くに切れにくい網のようなものはないか!なるだけ大きく広がるものだ!あれば急ぎこちらへ持ってきてほしい!」


 ー網…ですか?探してみます!-


 蛍のような光がふわりと消えると同時に、再び竜が襲い掛かってきました。


「何をこそこそと!武士なら潔く死にな!」


「黙れ小悪党が!その竜がいなければ貴様など張りぼてのようなものだ!」


「まさに虎の威を借る”狐”だな!はっはっはっはっは!これは愉快なことだな!」


 二人は時間を稼ぐため、わざとお銀を挑発したのでございます。これが案外効いたようで、どうやらお銀という女は挑発に乗ったようであります。怒りに身を震わせ、狐の面を脱ぎ捨てたのです。その顔はまだ若々しいもので20代程といったところでしょうか。意外にも麗しい顔つきの女でありました。


「貴様ら!絶対に生かしておかぬ!」


「ほう、初めて意見が合ったな。」


「俺達もお前を生かして返すつもりは微塵もない。しかと地獄の閻魔様の元へ届けてやる。熨斗付けてな」


「死ね!」


 竜が再び炎を二人に向けて吐きかけ、更に突進してきたのでありますが、これぞ好機でございました。体格の大きい重兵衛に竜の視線が向かっており、隙を見て炎の下を潜った奏太朗が何とか刀の届く竜の右足の腱を居合で斬り捨てたのであります。


「グギャアアアア!」


「何!?」


 竜の悲鳴と揺れにお銀がたじろいだ瞬間、今度は重兵衛が竜の頭付近まで凄まじい跳躍で飛び上がり、顔を一文字に斬り、右目を突き刺したのでございます。


「南無」


 更に悲鳴を上げ暴れまわる竜に手が回らぬ様子のお銀。暴れ狂う竜の翼に奏太朗と重兵衛は当てられ、露店の果物棚に吹き飛ばされたのでありました。


「ぐっ…しまった」


 二人は荷物の下敷きになり動きが取れなくなったのでございます。


「終わりだ!!」


 暴れる竜を何かの力で抑えたお銀は、竜の炎を二人へ向けようとしたのでございます。まさに、万事休す。その時でございました。


「お二人を助けろ!」


 建物の上から石やら荷物やらがお銀と竜に向かって落ちてきたのでございます。そこには避難したはずの街の異種族達がいたのでありました。お銀と竜が混乱している最中に、物陰から筋骨隆々の鬼”オーク”が二人を助け出したのであります。


「な、なぜ戻ってきた!?まさか、拙者達を助けるために!?」


「ええ。リザードマンから街を救ってくれたこと、それにこうやって街のために、悪いやつを倒すために戦ってくれてるヒトを見捨てるなんてことはできねえ!」


 更には火を掠っただけでも消えてしまいそうな小さな羽の生えた妖精”フェアリー”達までもが怪我を負った二人を回復しようとしているのであります。


「ば、馬鹿な!?逃げろ!そんな小さな身で炎を喰らえばひとたまりもないんだぞ!」


「たしかに怖いです。でも!私達の恐怖よりも怖い敵を目の前にして戦っている貴方達を見捨てたら、明日からどんな顔をして生きればいいんですか!」


 二人はこの異世界へきたばかりで、素直に異種族には接してはいなかったのでありました。別の世界からのよそ者が、そしてなにより厄介ごとを持ち込んだ者がありがたく思われるわけがないと思っていたのでありました。しかし、今、この街の住人、異種族達は二人のために命を賭けたのでございます。その事実を知って、二人の目頭が熱く潤んだのでありました。そして心も熱く燃えたのでございます。


 この時、二人の身体から光が一瞬溢れたことは誰も気づきはしませんでした。


 フェアリーの魔法によって二人の傷がものの数秒で癒えたところで、カナデの声が再び届いたのでございました。


 ーお二人とも!すみません。皆さん二人を助けると聞かなくて。網の準備できました!ー


 カナデはすでに建物の屋上におり、他の異種族と共に金属を細くした網を構えておりました。


「応!機は熟した!合図で竜へ被せろ!」


 二人はオークとフェアリーに深々と頭を下げ、広場へ風のように走り跳んだのであります。お銀は空へいったん退こうとし、竜が飛び上がった時でございました。


「今だカナデ殿!」


「皆さん今です!それーーーー!」


 金網は竜の翼に巻き付き、地に叩き落としたのでございます。その衝撃でお銀は投げだされ、硬い石畳に叩きつけられ動けなくなりました。重兵衛は再び飛び上がり、暴れる竜の首めがけて刀を振り下ろした。


「御免!」


 竜の首は斬り落とされ、暴れる動きが収まりました。重兵衛は竜の左目をそっと閉じ、手を合わせたのでありました。敵とはいえ、異世界に生きていた生き物。それを手に賭けたせめてもの礼儀であります。そして落ちたお銀は奏太朗によって捕らえられておりました。どうやら足の骨を折り、動けなくなっているようでした。


「皆は街の火消しを頼む!この者の処罰は、責任をもって我らが。」


 異種族達が急ぎ離れていくと、その場に残ったのは奏太朗、重兵衛、カナデだけでありました。重兵衛がお銀の顔を見た。


「獣使いのお銀。日の本並びに江戸での盗賊、人殺しならびに異世界への逃亡行為。それだけに止まらずさでぃねいあへの火付け行為断じて許されぬ!日の本の恥さらしめ!火付け盗賊改方頭、進成睦様に代わって刑を言い渡す!さでぃねいあ引き回しの上、斬首!さらし首とする!女子故に切腹は許さぬ!」


「へっ、さっさとやりなよ」


「その前に拙者から聞きたいことがある。他の不知火は?魔王ノブナガとは?」


「どうせ勝てぬ相手さ。教えといてやるよ。他の不知火はこの異世界の至る所に散らばった。目的は魔王様しか知らないが、金も自由ももらえるんで私は従ったまでさ。従って、この竜を使って暴れただけさ。」


「もっとも近い不知火は、ばるばすの森か?」


「なんだい、そこまでわかってるなら話は早い。さっさと行きな。どっか行っちまうかもよ。」


「魔王とやらは、どこにおる。」


「さぁ。いつも突然現れる手下の魔法で連れていかれるんでさっぱりさ。ここまでしか言えることはないね。他のやつに聞きな。ま、真の事実にたどり着くその前にあんたらがくたばっちまうだろうがよ!」


「ぬかせ!」


 重兵衛がお銀の足の健を斬り、首に当て身をして気絶させました。こうして一夜の激戦は幕を閉じたのでありました。


 そして翌日、今だ燻りを見せる街の中を、異世界の大きな二つ頭の馬に引き摺られ、地面に血の跡を引き行くお銀がありました。手足を結ばれ、足にくくりつけられた紐は容赦無くお銀の身体を地面で削っていくのでございます。


 お銀の悲鳴が街に響きますが、誰しも助けようとはしませんでした。しかし、若い女の痛ましいその姿に哀れみを感じるものは多くおりますのは想像に難くございません。カナデもその一人で、最後まで引き回しに反対しておりました。しかし、重兵衛の言葉で何も言えぬようなってしまったのでございます。


「これは我らの国の習い。それに見てみよこの惨状を。死した人々の姿を。昨日まで生きていた者達が物言わぬようなってしまった。彼らが、復讐を望んで居る。」


 埋葬される遺体と街の惨状を見て、そして重兵衛のこの言葉でカナデももはや何も言えなくなったのでありました。


 引き回しの到着場は昨晩戦いがあった広場であります。広場には生き残った多くの異種族達が集まっておりました。しかし賑わいは一切なく。ただただ二人の武士の行う”断罪”を静かに見つめているのでありました。


 もはや微動たりともしないお銀を広場の真ん中に作った高台へ担ぎ、大衆から見える位置へと下すと奏太朗と重兵衛は首落とし用の剣を借り、お銀の首元へあてがいました。それを見て、カナデは思わず目を逸らす。すると蚊の鳴くような弱り切った声で、お銀がカナデに話かけてきたのであります。


「お嬢ちゃん…目を逸らさないで……」


「え?」


「この獣使いのお銀の最後…見なかったやつがいたんじゃ…死んでも死にきれない…。あんたも…み…見届けておくれよ」


「見届ける…?」


「言い残すことは、それだけか?」


「あぁ…兄上のところへ、ようやっと…いけ…る」


 奏太朗と重兵衛が刀を振り下ろし、お銀の首が斬り落とされたのでございました。鮮血が一つカナデの頬に飛び、刑は終わりを迎えたのでございました。まだ20代程の女を手にかけねばならなかった奏太朗も重兵衛も、そしてそれを見届けたカナデや異種族も、心地よいものではございませんでした。しかし、やらねば死んでいった者達に申し訳が立たぬことも解っていることでございました。


「さて、こいつをどうしたものか。」


 奏太朗は借りた刀の血をふき取ると自身の刀の刀身を見つめたのでございます。それに合わせ、重兵衛も溜息をついたのでございます。二人の刀は、竜の鱗のせいで部分的に欠け、刀身が歪んでしまったのでありました。


「このカタナという剣、とても大事なモノなんですよね?」


「拙者達の命同様といっても過言ではない。」


「カナデ殿、鍛冶屋はないものか」


「ん~、ヴァルヴァスの森とは反対の方角ですが、ドワーフの大山があります。ドワーフなら治せる可能性も。ただ、問題が…」


「問題?」


「性格が……」


 次回、二人はヴァルヴァスの森へ行く前に、刀を治すためドワーフの住む大山を目指す。

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