第5幕「命賭けるは今ぞと者どもは叫ぶ」


 さて、三人はオノゴロノミハシラがいる古き森から戻り、旅に出る前にサディネアで疲れを癒していたのでありました。サディネアは以前お話した通り、水が豊かな街で、奏太朗と重兵衛はそれを活かすあるものを造ったのでございます。


 三人は街はずれに露天の温泉を造り、入っておりました。簡素ではありますが、カナデの使う魔法で沸騰がすぐできると聞き、半日もかけずに木と石と煉瓦で造ったのでありました。


「あ”あ”~…生き返るのぉ。異世界の酒も誠に美味だ。」


 重兵衛は体格も大きく剛力の者ではありますが、料理好きな一面がある意外な男でございました。そのため温泉を造った後、市場へと駆け込み新鮮な魚と野菜を買い漁り、酒の肴を造ったのでございます。醤油に似た汁と魚の切り身を漬けこんだ物や魚の骨を炙り酒につけた物、ワサビのような辛みのある野菜を擂りおろし、葉物野菜や根野菜を軽く漬物にした物。どれも酒にあう絶品でございます。


「ほれ、奏太郎ももう一献。」


「おとと……。っふ~。おうい、そちらの湯加減はどうだ?」


 奏太朗が木壁の向こう側、カナデが入浴しているであろう場所へ声をかけました。さすがに幼い少女と一緒に入るのは気が引けたのでございました。


「はいぃ~…いいお湯ですぅ。こんなふうにお湯につかるのは初めてです~。いつもは身体の浄化は魔法で済んでしまうので…。それにしてもこのオツマミという食べ物、とっても美味しいですぅ。重兵衛さんはお料理上手なんですねー?」


「なに、酒の肴くらいのものだ。明日は旅支度を整えよう。」


「うむ。また森へ行くとこととなる。拙者も草履を新しくせねばならぬな。」


 そしてその日の深夜のことでございました。三人は旅の疲れを温泉で癒し、酒も入って気持ちよく寝ておりました。サディネアは夜となると静かな街でありますが、その夜は、突如として爆発音が響いたのでございます。


「何事だ!?」


 真っ先に起きた重兵衛は窓を開けると、二つの月が照らす夜の街の一部が赤く燃えていたのであります。火事、かと思いましたが空を飛ぶ火を吐く巨大な竜と血の匂いに、火付け盗賊改方の本能が勘づきました。


「奏太朗!カナデ殿!敵襲だ!」


 そう、サディネアが急襲されたのでございます。すぐさま重兵衛は抜刀状態でその巨体に似合わぬ速さで混乱する街に駆け出し、奏太朗はカナデに指示を出したのであります。


「カナデ殿は街の者の避難と怪我人の救援を!この温泉のある方角へ逃がせ!今夜はあちらが風上だ!」


「は、はい!」


 奏太朗も駆け出し、風のように人の波を走り抜けていくのでございます。先に火の手が上がった街の中心部にたどり着いた重兵衛は言葉を失っておりました。


 そこには老若男女問わず、この街で生きていた者達が無残にも焼け死んでいたのでございます。その場所は市場もあり、重兵衛が仲良く話した者達もいたはずでございました。しかしもはや顔や性別を判断できず、重兵衛の心に怒りの炎が燃え上がったのでございました。


「重兵衛!これは…なんと惨いことか。南無阿弥陀仏…。怪我はないか?じゅう…べえ?」


「この…この世界に来てはや幾日か…。俺は幾度この者達の笑顔を見て救われたことか……。」


 唇を噛む重兵衛は血を流し、空を飛ぶ竜を睨みつけた。竜の背中には騎乗している者が一人おり、顔には白狐の面をしております。


 そう。


「不知火イイイイイ!!」


「貴様ァアア!」


 竜に乗る不知火が気づき、重兵衛と奏太朗の真上まで降下してきました。


「おやおや、あの時の優男と火付け盗賊改方じゃないか!3年も見なかったがやっぱり生きてたか!あの時秋花屋で素直に死んでおけばよかったものを!」


「降りてこい!他の者はどうした!火付け盗賊改方副頭、この鬼の重兵衛が成敗してくれる!」


「他の火付け盗賊改がいないこの異世界で何をいうかね!この私、獣使いのお銀とどらごんに敵うものかい!」


 ドラゴンは二人に向かって炎を吐きかけたのでございます。その威力たるや凄まじいもので、二人は瞬時に危険を察し、回避したのであります。二人がたっていた場所の石畳みが炎に熱せられ溶けておりました。


「奏太朗さん!重兵衛さん!逃げてください!」


 煉瓦の建物の影からカナデが大声を上げたのでございました。


「カナデ殿!?」


「街の住民は避難しました!あれはドラゴンの中でも中級のギルドラゴンです!危険です!準備もなしに勝てる相手ではありません!」


 それを聞いた二人は……カナデに背を向けドラゴンを見据えたのでありました。


「なっ!?」


「カナデ殿!火付け盗賊改方副頭がここで逃げるわけにはいかない!死んだ者達の無念のために、命賭けるは今ぞ!」


「拙者達は逃げることはせぬ!今ここで命尽きている者達の名誉のため!仇討ちのためにも、命賭けるは今なんだ!」


「さぁ!かかっておいでな!」


 二人は刀を構え、ぎらりと不知火と竜を睨みつけたのでございます。


 異世界に来て初めて、不知火を発見し、獣使いのお銀と竜との戦いとなったのでございます。


 次回、武士の意地が光を見せるのでございます。

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