第4幕「人より生きし、人より死にしモノ」

 さて、奏太朗と重兵衛はカナデより異世界に同じく盗賊一味である不知火が転移してきていることを知る。不知火の行方を捜すため三人はサディネアから南に二日ほど進んだ森へと足を進めていたのでございます。


「いやしかし、俺はまた蛙…ふろぐの鍋が食べたいなぁ。こんな森では碌なモノが食えん。」


「カナデ殿の料理は実に絶品。江戸におればきっと幕府付きの料理人になったであろう。」


「ばくふ?とはわかりませんがそんなに褒めても昼食しか出ませんよ?ちょうどいいので一息つきましょう」


 カナデは少し照れながら荷物入れから小さな袋を三つ取り出したのでございます。取り出した袋にカナデがなにやら魔法をかけると、ふわりと温まったのでございます。


「「これは?」」


「これはサンドイッチといってパンに色々な具材を混ぜ合わせたものを挟んだんです」


「「さ…さんどいち…」」


 まず二人は黄色い具材が挟まれた温かいサンドイッチを頬張ると、絶句したのでございます。この世の食べ物とは思えぬその味に感激していたのです。特に奏太朗は足が震え、膝をついたのでございます。


「カナデ殿!これはいったい!?」


「これは奏太朗様が好きな鳥の卵を焼いてそれをわざと崩し、魚の出汁と混ぜ合わせたのです。で、こちらが重兵衛様お気に入りのフログの肉をスパイスと焼いたものです。」


「お、おお!」


 重兵衛はそれを食べ、感激で膝から崩れ落ちたのは言うまでもありません。しばらく休憩した三人は再び森を歩き始めたのでございました。


「南にある精霊の森には様々なモノや情報が流れ込むのです。そしてその森と街までを守護する大木様がいるのですが、もしかすればシラヌイの情報を得ることができるかもしれません」


「ほぉ。拙者たちの世にそのようなモノがあれば皆困らなかったな」


「やめとけ奏太朗。そんなものろくでもないに決まっておる。俺達の世におればきっと争いの種になっただろう。してカナデ殿、その木の名は?」


「守護の大木の名はオノゴロノミハシラ様です。多分、といいますか絶対にお二人は敵わぬ相手かと…」


 森へ足を一歩踏み入れた途端、半信半疑であった奏太朗も重兵衛もその張りつめられた空気に意識が鋭くなったのでございます。熟練の二人が思わず腰の刀に手をかざした程ですから、相当な雰囲気だったことを物語っているのであります。


 これは”何か凄いモノ”がいる。


 長年戦いで培ってきた二人の本能がそう言うのでございます。そして…。


 ーあら、客人なんて久しぶり。そのまま進んで構わないわー


 三人の頭の中に麗しくも凛々しい女性の声が吹き抜けていったのでございました。このような経験がない奏太朗と重兵衛は混乱するのみでございます。そのまま静寂に包まれた森の中を歩きますが、これがまた二人を混乱させるのです。


 ーふふ、きたきたー

 ーおきゃくさんだってー

 ーわぁ、ヒトだよヒトー

 ー歩いてるよー

 ー目がある、おもしろいねー


 森の至る所から囁くように潜むように幼子の声が響いてくるのでございます。まるで二人にわざと聞かせるように響くそれは、歩いても歩いても離れることもなく、近づいてくることもない。気配は近くにあるようで、近くを見てもなにもない。さすがの二人も肝を冷やしたのです。


「じゅ、じゅうべえ。もののけはみたことがあるか」


「ああああるかばかもの。」


「これはコダマといって森の精霊です。姿形は、私達には見えない存在です。気にせず進みましょう?」


 全く気にせずぐいぐいと進むカナデの姿に、己らの姿を照らし合わせると少々恥ずかしみを感じたのは二人の秘密でございます。


 そして小半刻(30分)は歩いたところで滝が見えてきたのでございます。


「おお、見事な滝じゃ。俺は奥州へ休暇旅に出た時、似たようなものを見たなぁ。しかしこれはまた美しい。」


「拙者はこのような美しい滝は初めて見た…。」


 滝からは上流から流れているのでしょう。見知らぬ美しい白やら黄色やら薄桃色やらの花びらが流れ、滝つぼを美しく彩っていたのでございます。


「お二人とも、オノゴロノミハシラ様はあちらです。」


 カナデが指さしたのは二人の視線より左にずれており、気が付かなかったのでございますが、そこに聳え立っていたのは江戸城よりも巨大な木でございました。


 それが二人の視界に入り、頭が存在を理解した瞬間、奏太朗も重兵衛も膝と手を地面に付き、深々と頭を下げ額を地に付けたのでございます。まさに平伏。二人の額や体からは脂汗が噴き出し、手足が震え、今まで経験したこともない恐怖と思考の混乱でございました。


 この木は格が違いすぎている。


「奏太朗様!?重兵衛様!?」


 二人が行っている行為の意味をしらずにカナデは困惑していたが、すぐにオノゴロノミハシラが声をかけてきたのでございます。


 ー楽にしてもらって構わないわー


 その声で二人の脂汗や動悸は収まり、思考が冷静になったのでございますが、どうしても身体は言うことを聞かず、頭しか上がらなかったのでありました。


「こ、この度はお目見え頂き誠にありがとう存じまskfじゃhぐsっ。せっしょ、おがわそったろみつなきゃっ。」


「おれ、わたくしさいとうじゅうっべえかぎたちゅっ。」


 どんな悪党にも勇猛果敢な二人がもはやこの様であります。目に映る大木は神々しく光輝き、仏様を見ているかのような有難さ…を通り越してもはや恐怖だったのでございます。木でありながら、一瞬で敵わぬ相手だと、もはや敵う敵わないを考えるなど不敬に当たる存在だと理解したのでございました。


 ーお二人は別の世界から来たわね?その姿は、日本人。日ノ本のヒトね?リザードマンの件、お礼を言うわ。ー


「「ははっー!ありがたき御言葉!」」


「お二人とも、どうしたのですか?」


 全く理解が追いついていないカナデを他所に重兵衛が恐れながらと言葉を発しました。


「オノゴロノミハシラ様、わたくし達は江戸よりこの世界へ参りました。」


「しかし拙者達と同じ江戸から、不知火という盗賊一味までこの世界に来た…と。」


 ーええ、来ているわ。-


「どうか居所をお教え願えませぬでしょうか!」


「あれは我らが逃してしまった者。どうかこの手で打ち取りたいのでございます!」


 ー私は全ての不知火の動きを把握しているわけではないわ。なぜなら彼らは違う世界から来たモノ。気配は感じても詳しい場所まではわからない。ー


「左様でございますか…。さすれば拙者達はどこへ向かえば彼奴らの気配に近づけましょうか」


 ーまずは街へ戻り、そこから東へ足を進めるとここよりも深い森、”ヴァルヴァスの森”があるわ。そこはこの神聖な森とは正反対の魔獣の巣窟。でもそこから数日前に不知火の気配を感じたわ。そこへ足を運ぶと何かわかるかもしれないわね。-


「誠にありがとうございます。オノゴロノミハシラ様、拙者、この御恩は一生忘れませぬ」


「俺も忘れませぬ!」


 ーそれで、そこのハーフエルフちゃんはどうするのかしら?-


「オノゴロノミハシラ様、私はこのお二人と共に旅したいと思います。この世界を知らない二人が旅するのは危険ですから。」


 ーでは三人へ私から贈り物を授けるわー


 オノゴロノミハシラの根本から幼い少女が突然現れ、手には小さな青い水晶が三つ持たれておりました。


「さ、これを肌身離さず持っているのよ?きっといつかあなた達のためになるわ」


 その声は今まで頭の中に響いていた声でございました。三人は深々と頭を下げ、街へと引き返すのでございました。しかし、その後ろ姿を見守るオノゴロノミハシラの表情は険しいものでございました。


「どうか、無事で。」


 次回、三人はヴァルヴァスの森へ向かうため街で準備をするのでございますが、まさかの事態に陥るのでございます。

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