エピローグ
エピローグ
それなりの広さがある会議室には十数人の人が集まっていた。
年が明けて一ヶ月も経つともう新年という気分もすっかりなくなっている。特に役所などは仕事が始まると同時に正月など最初からなかったかのようにきれいさっぱりとなくなるものだ。
「次に天咲奏についての報告です。須田さん、お願いします」
名前を呼ばれ、須田が立ち上がって資料を読み上げ始める。
「意識の回復後二週間入院して様子を見ましたが、記憶や体調に異常は見られませんでした。前回意識を取り戻した時のような記憶の欠落は見られず、それまでに経験した全てのことを論理的に理解しています。もちろん今後もしばらくの間は観察が必要となりますが、現状で言えば全く問題ないと言えるでしょう」
「それは特定犯罪指数的にも言えるのかね?」
「ええ、その通りです。入院中に何度か指数測定をしましたが、ボーダーは依然下回ったまま。上層傾向も見られませんでした」
「珍しい例ですよね。特定犯罪指数はその人間の素質と成長してきた過程によって決まる。前から言われていることですし、ほぼ全ての記憶が失われた時点で指数がボーダーを下回ったところまでは十分想像の範囲内だったはずですけど……」
報告を聞いていた一人の女性が言った。パラパラと手元の資料をめくりながら言葉を続ける。
「今回は全ての記憶を保持している。つまり、ボーダーを超えていた時の記憶があるにも関わらず指数はボーダーを超えていない」
「そうなります。天咲奏の音楽への執着は常軌を逸していました。そのことは更生施設の職員も認めるところです」
「実際、更生プログラムの変更で音楽への接触を全て断たれたが最後、生きている意味などないとでも言うかのように身を投げたんでしょう?」
「状況から考えて、あの事故は天咲奏本人の意思による自殺未遂としか考えられません」
「今回、記憶が戻っても音楽への執着は消えていなかったんですよね?」
「担当医師の話によるとそうなります。二年ほど遅れてしまうかもしれないが、音大を経て音楽家を目指すと言っているそうです」
「つまり、ちょうど隔離された時と同じくらいの指数が出てもおかしくない……むしろ記憶が戻った分それだけの指数が出なければおかしいのに、記憶が戻っても彼女は今のところボーダーを下回ったまま……」
「継続的な観察は必要ですが、少なくとも記憶を失っていた間の出来事が作用していると考えられます」
「なら、その応用で更生プログラムを組めば、他の人間の指数も下げられる可能性があると?」
「可能性という意味で言えばそうなるでしょう。研究の余地はあると考えられます」
須田の言葉に集まっていた役人たちは軽く目配せをした。その中にはこの特定犯罪指数を作るのに寄与した人間もいるのだが、実際、この指数が発見されたのはある種の偶然によるところも大きい。
特定犯罪指数はまだまだわからないことだらけだ。
役人たちの顔には一様にそんな表情が浮かんでいた。
ボーダーラインのその先へ 猫之 ひたい @m_yumibakama
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