母を殺して7年経って、わたしはとっても幸せです。

須崎正太郎

母を殺して7年経って、わたしはとっても幸せです。

「お義母かあさんを殺してから、もう7年が経ったな」


 愛する旦那様が、ふいにそんなことを言いました。

 1LDKの自宅は、小さいですが、愛に満ちあふれた我が家です。

 だけど夫にそんなことを言われて、わたしはさすがに暗い顔になりました。


「お義母かあさんなんて言わないで。わたしはあのひとを、母親とは思っていないんだから。……あのひとがどんなに酷い女だったか、あなただってよく知っているはずでしょ?」


「そうだった、ごめん。……本当にそうだったな」


 彼はぺこりと頭を下げました。

 はい、許す。だってその仕草、すごく可愛いもの。

 わたしはにっこり笑って、大きくなったお腹をさすりました。


 愛する彼との間にできた、愛しい我が子。

 もうすぐ会えるね。……ああ、こんなに幸せでいいのかな。


 いいよね。

 きっといい。

 あの日からずっと、わたし、幸せだもの。 


 そう、7年前の今日――

 わたしと彼がまだ15歳。

 中学3年生だったころ。




 わたしたちはふたりがかりで、わたしを産んだ女性を殺しました。




 ひどいひとでした。

 うちは母子家庭だったけれど、あのひとはほとんど働かず、朝から晩まで酒を飲んだくれては男を連れ込み、そのうえ事あるごとにわたしを罵り殴り蹴り飛ばして。いわゆる毒親だったのです。


「お前なんか、うちの子じゃない!」


 それが口癖でした。

 バサバサに乱れた黒髪ロング。

 左目の下に広がっている黒いアザ。


 お世辞にも、美しいとは言えない女性でした。

 外見だけでなく、心まで醜いひとでした。わたしは彼女のすべてが耐えられませんでした。


 だから、あの日。

 同じクラスの男子で、こっそり付き合っていた彼と力を合わせて。……あいつを殺したのです。


 夜、自宅近くの公園に呼び出し、不意打ちで殺害したあと、運びやすいようにバラバラにしてから、徹夜で自転車を飛ばして、山の中まで運んで埋めたのです。……それから2日後、わたしは学校の先生に「お母さんがいなくなった」と報告し――


「最初はヒヤヒヤしたもんだぜ。殺したことがバレないかってな」


「お互いにアリバイを作り合って、必死だったもんね」


「中学を卒業したときは、『逃げ切った』感すごかったよな」


「ほんと。……あれからわたし、ずっと幸せ」


 あの女を殺して、それからの日々は、本当に素晴らしかったのです。

 わたしは然るべき施設に入り、奨学金や支援金を貰いながら彼と同じ高校に通いました。


「高校生活、マジで楽しかったな」


「いい先生、いい友達に囲まれたよね」


「いや、たまにウザいやつもいたぜ。ヤンキーっぽい女がいたじゃん」


「ああ、2年のとき、隣のクラスにいた杉山ね。……でもあんなの、どうってことないよ」


「いざとなったら、また殺して埋めてやろうかってふたりで話してたもんな。……そうしたらあいつ、全然俺たちに絡んでこなくなって」


「あれは不思議だったね。……殺気みたいなものが、伝わったのかな?」


「かもな。……改めて思うけど、人を殺すっていいな」


「うん。なんかわたしたち、レベルアップしたって気がするもんね」


 どんな困難が訪れても、わたしたちなら乗り越えられる。

 どんな障害が目の前にあろうと、わたしたちなら排除できる。


 そういう風に思えます。

 自信に満ちあふれた人生。

 あの女を亡き者にするまでは、考えられないほどの強さをいま、わたしは――わたしたちは持っているのです。


 ――高校を出たあとは。

 彼は地元の小さな会社に営業として就職。

 わたしもおしゃれなカフェに正社員として入ることができました。

 程なくしてわたしたちは、同棲を開始したのですが、それからケンカをすることもなく、毎日いちゃいちゃ、幸福一色。同居からわずか半年後、二十歳になると同時に入籍も済ませました。


 いまでは……。

 わたしはもう一度、大きくなったお腹をさすります。

 ふたりの間にできた、可愛い赤ちゃん。


 わたしはあの女みたいなことはしません。

 きっと、すごく、たっぷり、愛情を注いであげるんです!

 とても楽しみです。家族みんなで過ごせる、これからの日々が……!!


「っ……って、あれ……ててて……?」


 そのときふいに、お腹が痛みはじめました。


「おい、どうした?」


「な、なんか変……。あ、もしかしてこれ陣痛かも……う、産まれそう!」


「マジかっ!? よ、よし、病院だ。俺、すぐに車を出すよ!」







「アアアン……アァァァアン……!」


「おめでとうございます。可愛い女の子ですよ」


 産婦人科で、わたしは娘を出産しました。

 目の前で、泣きじゃくる子供の顔を見て――

 わたしは、わたしは――


 戦慄しました。

 なぜって、娘の左目の下には、黒いアザが広がっていたからです。



 

 あの女に似ていました。




 娘が笑った気がしました。

 出産直後で笑うなんてこと、ありえないのに。

 だけどその顔は、もう、ぞっとするほど、あの女にそっくりで。

 わたしは、わたしは――わたしは、もう――気が付いたとき、大声で吼えていました。




「お前なんか、うちの子じゃない!」






















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母を殺して7年経って、わたしはとっても幸せです。 須崎正太郎 @suzaki_shotaro

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