第4話 輪廻
・・・あれから、百合亜は家を出て、1人の男の子を出産した。
誰も知り合いのいない町。百合亜は自分に関わる一切を語ろうとはしなかった。
周りの人間にも、自分の息子にも。
まるで、全てを忘れてでもしまったかのように・・・。
冬。クリスマス。
百合亜はキッチンで夕食の支度をしていた。
奥の部屋にいる15歳の息子の気配を感じ、少し鼻歌など歌いながら楽しそうに。
「母さんにとっておきのプレゼント作るから、部屋に入って来ちゃダメだよ。」
息子はそう言って昼過ぎから部屋に閉じこもっていた。
ものづくりが大好きな息子は、しょっちゅう部屋に閉じこもっては色々な物を作って百合亜を驚かせる。
ただ、仕組みが知りたいからと分解した電化製品が再起不能になってしまった事も度々あるのだが・・・。
「母さん! 母さん!!」
百合亜がキッチンでサラダの野菜を切っていると、勢いよく奥の部屋のドアが開いた。
白衣姿の少年がその裾を翻しながら入って来る。
「どうしたの、弘幸。母さん、プレゼント楽しみにしてるわよ。」
満面の笑みで現れた息子――弘幸に、百合亜も優しく微笑んだ。
「はい、母さん。」
弘幸は百合亜の頭にふわりと何かをかぶせた。
百合亜は頭に置かれたそれを手に取る。
「シロツメクサ・・・?」
ちょっといびつなシロツメクサの花冠だった。
今は冬。もちろんシロツメクサなんて咲いていない。でも間違いなく生花。
弘幸のものづくりの技術はそこまでになったのかと、感心しかけた百合亜だったが、
「それ、どうしたと思う?」
次の弘幸の言葉に思考が止まった。
「過去の母さんからもらって来たんだ。」
「・・・カコ?」
弘幸は得意気に言葉を続ける。
「これ見て!」
弘幸は自分の腕にはめていた時計を見せた。
「これ、母さんが大事にしまってた時計だよ。本当はこれを直して母さんにプレゼントしようとしてたんだけど、直してみたらビックリ! これ、タイムマシンだったんだ!!」
「・・・タイム・・・マシン?」
意気揚々と話す弘幸とは裏腹に、百合亜の顔はどんどんと青ざめていく。
「そう。今ちょっと試しに過去に行ってね、小さい頃の母さんに会って来た。母さん、ちっちゃくてすっげー可愛かったよー!」
百合亜は手が震えた。足が震えた。
全てを悟った百合亜は恐怖で押し潰されそうだった。
「ひろ・・・ゆき・・・。あなた、・・・ヒロ?」
「え? 母さん、どうしたの?」
百合亜は先ほどまで使っていた包丁を握り直して、弘幸に向き直った。
弘幸は百合亜の様子にうろたえた。
狂気に捕らわれた虚ろな瞳。自分に向けられた刃物。
何が起きているのかわからなかった。
「何? どうしたの? 時計、ダメだった?」
弘幸は向けられた切っ先から逃れるように後ずさる。
一歩。一歩。近づく百合亜。
「・・・どうして? ヒロ、・・・どうして? ・・・何で?」
弘幸を見ているはずの目は、何も映してはいなかった。
「母さん、ごめんなさい。止めて! 許して!!」
百合亜が構えた包丁を、弘幸めがけて振り下ろされた時、
・・・弘幸は消えた。
弘幸が身に纏っていた白衣だけを残して・・・。
百合亜は走っていた。
着の身着のまま、裸足で。
辿り着いたのは、小さい頃大好きだった場所。あの河原・・・。
いつの間にか降り積もった雪が、まるでシロツメクサのように辺りを真っ白にしていた。
百合亜の瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちていった。
恐怖なのか、後悔なのか、怒りなのか。
それは誰に向けたものなのか。
訳の分からない感情が渦巻いていた。
しばらくその場に立ちすくんでただ涙を流していた百合亜だったが、
その涙が枯れると、持っていた包丁を、自分の胸に突き刺した。
倒れた百合亜を中心に、雪の花が紅く染まってゆく・・・。
薄れてゆく意識の片隅に百合亜が想っていたのは、弘幸だったのか、ヒロだったのか・・・。
秋。枯草の上を夜の闇が支配している河原。
泥だらけの服の少年。肩を震わせ、声を押し殺して泣いている。
少し警戒しながら近付く女性―――。
繰り返される・・・。
終わらない・・・。
異邦人 たまにゃん @tamanyan_sp
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