212bit あなたもきっと、ITのことが


 季節が変わると、空気の色も変わるような気がする。


 まるで部屋の模様替えをしたかのように、今までとはまったく違う、まったく新しい印象を受ける。


 新しい季節の光を身体いっぱいに浴びた糸は、大きく深呼吸してからビル内へと入った。


 新しい何かに触れるとき、やっぱり不安はつきまとう。


 数ⅡBは難しいんだろうな、とか。


 まだ慣れないあのクラスでうまくやっていけるかな、とか。


 やっぱり不安はつきまとう、けれど。


 心はワクワク、ウキウキと弾んでいて。


 それはきっと、ぽかぽかとした陽気に騙されているから。


 それはきっと、まだ知らない出会いに期待を寄せているから。


 糸はポケットから鍵を取り出す。


 乗っていたエレベーターの扉が、もったいぶるように開かれる。


 その瞬間、視線の先にみえたのは。


 ソワソワとしながら扉の前に立っている一人の女性の姿だった。


 女性はあどけない黒色のスーツを身にまとっている。


 いったい誰だろう……。


 糸がそう思ったとき、身体がとある振動を捉えた。


 振動する持ち物といえば一つだけで、糸はスマホを取り出して画面をタップする。


 ねこチャットに、メッセージ……。


 ハジメ:いったいあの人は誰だろう……。 糸っちはきっと今、そう思っているよね? 彼女もまた、ITの世界へ踏み込もうとしている一人なんだ。 だから、MANIACのみんなで色々と教えてあげてほしい。 まかせたよ、ちんちくりん。


 もう、本当に勝手なんだから。


 そして、私はちんちくりんじゃない。


 でも、まぁ。


 糸はゆっくりと歩を進めて、女性に声をかけた。


 「あの……」


 「はっ! はいっ! は、はじめまして!! こ、ここってMANIACというゼミが開かれている場所で合っていますか?!」


 少しだけ大人びた女性は、あがり気味にあたふたと答えた。


 「はい。 ちょっと待ってくださいね」


 糸は手に持っていた鍵を挿してくるりと回す。


 「さぁ、どうぞ」


 糸は手のひらを部屋の方へ向け、女性を招いた。


 女性は言われるままに中へと誘われる。


 横一列に並んだ机。


 その上には四台のパソコン。


 教壇らしき台とその後ろには巨大なディスプレイ。


 「なんだか、学校の教室みたいですね」


 「私も最初、そう思いました」


 女性は視線をあちらこちらへとせわしなく動かしている。


 その新しい出会いに、不安を募らせるように。


 「私……、大学を卒業後、IT企業に就職することが決まったんです。 でも、私はその手の分野がまったくわからなくて。 ただ興味本位で飛び込んじゃったみたいなものでして。 だから、とっても心配なんです。 ITって私と合っているのか、ITって楽しいものなのか」


 女性は伏し目がちに、ポツリポツリと呟いた。


 臆病色の雫がこぼれ落ち、床に斑点を描く。


 「でも、あなたはITに興味を持ってしまったんですよね?」


 「は、はい。 なんとなくですけど、かっこいいし、身近だし」


 「それに、あなたは今、このMANIACにいる」


 そのとき、女性はなぜか俯いていた顔をあげてしまった。


 優しく耳に届くその声は、部屋の窓ぎわから聞こえていて。


 糸が、一枚の大きな窓をぐっと前に押し開けた。


 鮮やかで透き通った空気が部屋に充ちる。


 爽やかなそよ風が、眩い日差しを背にした糸の髪をふわりと浮かす。


 「きっと大丈夫ですよ」


 だって、あなたはこの素敵な世界を生きていて。


 魅力に溢れたITと出会うことができたんだから。


 明るい笑顔を向けたまま、糸は想いを伝えた。


 「あなたもきっと、ITのことが好きになります」




いっといず 完




  最後まであたたかく見守っていただき

  誠にありがとうございました!



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いっといず うにまる @ryu_no_ko47

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