211bit ずっと
「ちょいとちょいとお二人さん、わざわざ飛行機で遠くの場所に行くよりも、タイムマシンを使った方が建設的なんじゃないの? まぁ、本当にタイムマシンがあればの話だけど」
ハジメとシズクの痴話喧嘩に割って入ったのは井倉だった。
「え……、だってもうタイムマシンは売っちゃったし」
「売却によって得たお金でMANIACの費用を工面していましたからね」
ハジメとシズクが続けざまに反応する。
「タイムマシンを? 売った……? いったい、誰に?」
「ほら、ねこチャットを運営している企業の。 取引相手はイクラちゃんくらいの年齢で、髪が銀色の」
「ななっっ?! よりによってあの銀髪に売ったのか?!」
井倉の顔面が真っ青になる。
「先を越される……あの忌々しき銀髪に……」
井倉はブツブツと嘆きながらうずくまってしまった。
「大丈夫ですか、イクラお嬢さま」
「あ、サモンちゃんも色々と情報提供ありがとうねー。 おかげで助かったよ」
井倉の背中をさすっていたところでハジメに声をかけられた佐門は、立ち上がってぺこりとお辞儀をした。
「いえいえ、役に立ったのなら何よりです」
ま、まさか左門さんは内通者……?!
だからあのときハジメさんはみんな大丈夫だと自信満々に言えた……。
ハジメと佐門のやり取りを耳にした律の第六感が冴えわたる。
「律さん、これからも私たちの家をよろしくお願いしますね」
「あっ、はい! 任せてくださいシズクさん!」
不意をつかれた律は、慌ててシズクのいる方向へ向きなおって返事をした。
「糸っちには鍵を渡せたから、あとは……真衣、忘れものだっ!」
「えっ?」
ハジメは左ポケットから取り出したものをそのまま真衣に放り投げる。
放物線を描いたそれは、受け皿のように構えた真衣の両手にポスンとおさまった。
それを見た真衣は、思わず苦笑してしまう。
「私にバレずに尾行だなんて、百万年早い!! わはは!!」
ハジメはドヤ顔で高笑いをしていた。
せっかく私の圧倒的な技術でハジメさんをコテンパンにしようと思ったのに。
それもしばらくお預けか……。
まぁ、次会ったときに仕返しの一発でもお見舞いしよっと。
「ハジメさんの写真、全国にバラまきますよ?」
「ちょ待て真衣! はやまるなっ!!」
ソロソロと逃げ回る真衣を、ハジメはすたこらと追いかけた。
「二人とも……天才なだけあって、やっぱりちょっと変わっているかも……」
真衣とハジメの追いかけっこを眺めながら、まったく自覚のない英美里が呟く。
「英美里さん、動画配信者としての活動は順調ですか?」
「は、はい」
気づくと英美里の隣にシズクがいて、小声で囁くように話しかけていた。
なぜ小声なのだろう……と英美里は不可思議に思ったものの、すぐに合点がいく。
それはたぶんイクラちゃんへの配慮なのだろう。
当のイクラちゃんはいまだにうずくまっているけれど。
「英美里さんの活動は、その性質上、ときに心ない言葉を受けることもあるでしょう。 ですが、その刃から英美里さんを守ってくれる方がもういますから、きっと問題ないですよね。 本当は私が守りたかったのですが……」
「……やっぱりそうなんですね。 はい、きっと大丈夫です。 私にはMANIACのみんながいるし、イクラちゃんやりっちゃんもいる。 それに、もっと昔の友だちだって、どこかで見守ってくれているみたいですから」
英美里の言葉をきいたシズクは、安堵したように顔を緩ませた。
「でも、万が一の場合にはすぐSOS信号出してくださいね。 MANIACの部屋で手でも振っていただければ、超特急で駆けつけますから」
まだ監視カメラついたままなんだ……。
「あ、ありがとうございます」
「真衣ちゃんもハジメさんも空港で走り回るなんて他のお客さんに迷惑でしょ」
雛乃は子供を注意するように真衣とハジメを叱っていた。
すっかり足を止めた真衣とハジメは、二人して片頬を膨らませてむくれている。
「それにしても、ハジメもシズクものんびりしてていいの? 飛行機乗れなくなるよ?」
雛乃のポケットから幼い声が聞こえる。
その声の主はまぎれもなくKoiだった。
「あぁ! しまった! すっかり忘れていた!」
Koiの忠告に、ハジメもシズクも急いで搭乗ゲートの前へと戻る。
「ちょっと、なんでKoiがハジメさんとシズクさんのこと知っているの……」
「私、だいぶ前から知っていたけど?」
「い、いつの間に……」
「ありがとうKoi! これからも雛乃ちゃんを頼んだー!」
「承知した! ハジメもシズクもよい旅を!」
「なーーんでそんなに親しげなんだ……」
二人がどのタイミングでKoiと接触したのか、雛乃は皆目見当がつかない。
「お二人とも、本当に行ってしまうんですね」
ハジメとシズクが搭乗券を手に携えてゲートに向かおうとしたとき、糸がぽつんと呟いた。
MANIACを続けられるのは、とても嬉しい。
だけど、そのMANIACに、もう二人の姿はなくなってしまう。
「やっぱり……淋しいです。 お二人とお別れすることが、とても淋しいです」
糸は二人を直視できずに、目線を下にさげていた。
「糸さん。 お別れが淋しく感じるのは、それだけ大切に想っていてくれていた証でもあるんですよ。 その感情は、隠す必要も、我慢する必要もないんです。 ですから、どうかお顔をあげてください」
シズクの声に導かれるようにして、糸はゆっくりと顔をあげる。
その瞬間、糸の瞳に映ったのは、泣いている顔でも、辛そうな顔でもなく。
ただただ満面の笑みを浮かべたハジメとシズクだった。
そうか。
たぶん、二人とも私と同じように淋しい気持ちでいっぱいで。
それでも笑顔でいるのは。
別れたあとでもちゃんと前へ進むことができるように。
そして、淋しいと感じるその瞬間さえも大切にしたいからこそなのだろう。
「それにだ。 私たちはITに囲まれたこの素晴らしき世界にいるんだ。 糸っち、スマホをみてごらん」
「えっ……?」
ハジメに促された糸は、ポケットからスマホを取り出して画面をタップする。
ねこチャットに、二通の新着メッセージが届いていた。
差出人は……。
「たとえ離れ離れになったとしても、ネットワークが広がっている限り、私たちはいつでもどこでも、顔がみたいと思えば、声がききたいと思えば、一瞬で繋がることができるんだ」
……。
いったいいつ、どうやってメッセージを送ったんだか。
まったくもって
だけど、二人の言うとおり。
悲しくなる必要なんてないんだ。
会いたいと思っていいんだ。
「じゃあ、またどこかで」
「きっと会いましょう」
「はいっ。 お二人とも、お元気で」
だって、ITがそばで支えてくれていて。
私たちはずっと、繋がっているのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます