210bit いつまでも
しばらくの沈黙のあと、おもむろにハジメが口を動かした。
「……糸っち。 どうして私たちが今、空港にいるかわかるかい?」
「それは……」
「それはね、本来私たちはここにいてはいけない存在だから。 だから、私たちは縁もゆかりもない遠い遠い場所へ行くことにしたんだ。 この決意は、ゆるがない。 たとえ、生徒の願いを叶えられないとしても、ね」
ハジメは俯き気味に、それでもはっきりと答えた。
ジリジリとこみ上げる感情のやりどころに困り、糸は服の裾を強く握ってしまう。
やっぱり、ダメだったんだ。
いつものようにみんなと一緒にITに触れあう。
その日々を愛おしく感じたときにはもう遅く。
もう二度と……。
「少しは素直になりなさいハジメちゃんっ!」
糸が諦めかけたそのとき、急にシズクがハジメの頭をコテンと小突いた。
「ちょっとシズク、せっかくいいところだったのに。 ここはもうちょっと焦らしてからの方がより感動的でだなぁ……」
「はえっ?」
そのなんともほんわかとした二人の会話に、糸の心はどうしようもなく振り回されてしまう。
思えば、ずっとそうだった。
この二人には、いつもこうやって驚かされていたんだ。
ハジメは渋々といった様子で右ポケットを探り、何かを取り出したあと、すぐにそれを糸に向かって放り投げた。
糸は投げられたものを慌ててキャッチする。
「これは……、かぎ……?」
「糸っちの荷物が置かれたままだったから鍵を閉められなかった。 空港から帰ったらただちに施錠すること! パソコンとかの備品は自由に使ってよしっ! もろもろの費用も気にしなくてよしっ! いつでも、いつまでもとことんITを学びなさい! 以上!!」
ハジメはぶっきらぼうに、安心したように説明した。
「つ、つまり、この鍵は……」
「糸さんの意志はすでに私たちにちゃんと届いていましたよ。 私たちは本当にいなくなってしまうけれど、私たちがいなくても、きっとあなたたちならば大丈夫です。 だからこれからも、思う存分、めいっぱい、ITに触れあってくださいね」
シズクは淑やかに、包み隠さずに明かした。
「シズクは甘々なんだよ、もっとこうビシっと」
「とかなんとか言って、糸さんたちのためにMANIACを存続させようと決めたのもハジメちゃんだし、もしかしたら鍵を直接渡せるかもしれない、って最後の最後まで辛抱強く粘っていたのだってハジメちゃんでしょ」
「なぬぉーー!」
「ふふ、やっぱりハジメちゃんは生徒思いの優しい講師ね」
「私は生徒思いでも、ましてや優しくもないっ!!」
ハジメとシズクは周りを
「イチャイチャ喧嘩は私でも食えない」
真衣が溜め息まじりに呆れ、
「と、とめた方がいいのかな……」
英美里がオドオドと慌てて、
「でも、とりあえずよかったね糸っち」
雛乃が糸の肩を軽く叩く。
いつの間にか、三人が自分の顔色をうかがっていることに気づいた糸は、目を細め、頬を赤らめながら、
「うんっ」
小さく、そっと頷いた。
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