第8話④:追撃の果て

 先頭車両を失ったが、構わず進む。

 止まることはない。

 信号機は全て青に変えてある。目指すはハイウェイの入り口。

「しびれるねぇ!」

 シュウイチは警戒に飛ばしているセキュリティー・ドローンを呼び戻しながら、画像に目を向ける。ボロボロのバンは装甲車の後方を追う形で付いてくる。



「毎度思うが、よく生きてたな!」

 外装がかなり剥がれたバンで、トウマはしみじみ言葉を漏らす。

「オープンカーになっちまった。防御力0だぞ」

「窓開ける必要なくなったな」

 申し訳ない程度に残ったフロントガラスを足で蹴り飛ばしながら、ゲイリーは紫煙を吐き出す。前からの風であっという間に煙は後方へと飛んでいく。

 2台並ぶ装甲車の後ろを走りながら、追い抜こうと横へずれるが、前を走る装甲車が邪魔をする。同時に重機関砲がグルリと向きを変えてきた。

「ヤバい!」

 咄嗟にハンドルを切りながら、左手を突き出す。カフィール手術とドープによって手から放たれるスパークが、追随する砲撃の軌道を微かながら逸らす。あとは彼のハンドルテクニックで、何とか躱していく。

 一発が、バンの側面を掠める。

 大きく車体が軋み、反動で傾くのを、トウマは声にならない声を上げながら、必死で体を反対に傾けて(意味があるかは不明だが)ギリギリで持ち直した。

「おい! ゲイリー。今の見たかよ! うちの経営ぐらい傾いたぞ……あ」


 興奮冷めやらぬ様子で隣のゲイリーに話しかけるトウマの耳に、はっきりと舌打ちが聞こえる。


 そこには、一目見て分かるほどに不機嫌そうに眉を顰めたゲイリーの姿。

 無造作に邪魔な虫でも追い払うように手を払うと目前にいた車がいきなり横滑りして、建物に突っ込んで視界から消えた。



「おいおい。なんだよ。あのデタラメな力は?」

 画面から消える後続車の姿を見ながら、シュウイチは感心する。

「なるほどね。グスタフ。あれならお前が負けるのも、分かる」

「負けてねぇって言ってるだろうが! 今ここで証明してやろうか?」

 護衛車が無くなっても、余裕の色を失わない2人。

 シュウイチは、一緒に乗っているエンフォーサーたちに、攻撃を受けた2台の装甲車の状態の確認、そして各所から戻ってくるドローンによる攻撃を指示する。

「止めとけ止めとけ。ドローンが無駄になるだけだ」

 隣で聞いていたグスタフが呆れた口調で指摘してくる。正直、シュウイチとしても今までの流れから、ドローンの攻撃も通用せずにハエのように落とされるだろう、とは思っている。

「いいんだよ。ハイウェイまでの時間稼ぎができればいいんだから」

 ハイウェイは認可のある車体しか入り口を通過することができない。

 ドローンからの映像にはバンに乗る2人の姿がよく映っている。上空からの攻撃は鬱陶しいらしく、右へ左へと車体を揺らしている。

 すると、バンがいきなり減速。運転席のトウマがドローンの方向へと振り向いたかと思うと、ハンドガンで応戦した。空中で身を翻すドローンだが、数台の映像が消える。

「あの腰巾着、なかなかやるな!」

 口笛を吹いて称賛するグスタフ。対するシュウイチは顔から笑みを消し、少し考え込むように画面を見つめる。

「グスタフ。念のためにハイドの準備を」

「ああ? そんなもん、いつでも万端だ」

「万端? まだ使用してないのか? そういう、悠長なことを言ってるから、ゲイリー・フォノラズに負けるんだよ」


 痛いところを突かれ、苦虫を噛んだような顔をしながらもグスタフは、自身の腕輪を操作する。

「今度は必ず叩きのめしてやる」

「油断は禁物」

「ハイドを使っても負けるってのか?」

「ゲイリー・フォノラズのノックを分析した。いわゆるサイコキネシス(念力)だろう。それも飛びぬけて強力な。常に自身の周りに、外側に向いた力を発動することで、それが障壁となっている」

「確かに、奴を殴った時の感触は変だったな」

 グスタフは前回の戦いを思い返しながらぼやく。

「つまり、奴にダメージを与えるには、その力を上回る必要があるわけだ。最低でも装甲車を軽く吹き飛ばすくらいの力を、だ」

「俺には無理だと?」

「そうだなぁ。俺の分析によれば……凌駕できるはず、だ」

 ニヤリと笑い合う2人。その姿を、ジェニファーは複雑な心境で見つめる。


 助けに来てくれたことは嬉しい。そして、トウマとゲイリーが負けるはずがないとも、思う。ただ、嫌な予感がする。

 目の前の2人の反応を見ていると、怖くなる。まるで白紙に垂らされた黒インクのように。期待に染まった少女の心を、じわじわと確実に侵食してくる。


 ここから逃げたいかと聞かれれば、「逃げたい」と即答できる。しかし、本当に助けてもらっていいのだろうか? 


 ジェニファーの中で疑問符が浮かぶ。

 仮にここで助けられたとしても、それで終わりにはならない。トウマとゲイリーはきっと企業に狙われる。それは、先日の指名手配にされた時の比ではない。

 バス停でトウマが吹き飛ばされ、バスに轢かれたシーンが脳裏に浮かぶ。

 あんなことがまた起こる。


 知らぬ間に手が震えていることに気付き、慌てて抑え込む。


 トウマとゲイリーなら大丈夫。そんな気持ちと、万が一にも2人の身に何かあったらどうしよう。という気持ちが少女の中で渦巻く。さらに、目の前のシュウイチ、グスタフから放たれる異様さが、一層彼女の焦燥を駆り立てた。

 

 自分の中でいろんな感情に押し潰されそうになっていた時、装甲車が悲鳴のような軋んだ音を立てる。

 壁や屋根に亀裂が走ると、いきなり後ろから引っ張られたような衝撃。まるで巨人と綱引きでもしているようなタイヤの悲鳴にエンジンの唸り。

 まさしくその巨人は、ゲイリーに他ならない。

 耐え切れなくなった後方部分が屋根の一部ごと剥ぎ取られるように、吹き飛んだ。


「ジェニファー! こっちだ」


 開け放たれた後方にはバンの姿があった。初めて肉眼でとらえた。

 荒れ狂う風音の中から、トウマの声が届く。

 考えるよりも先に、体が勝手に動いた。シートベルトを外し、グスタフやシュウイチ、エンフォーサーの間を潜り抜けて後方へ。

「飛び込め。受け止めてやる!」

 フロントガラスのないバンの正面からトウマが手を伸ばす。

 トウマが手を出している。これまで、掴もうとして何度も諦めた手……。

 少女は勢いのまま踏み込もうと


「ジェニファー。どこへ行くんだい? ジェニファー・パック」


 体に鉛でも入れたてたような冷たく重い感覚が、ジェニファーの足を止まらせる。

「ダメじゃないか。ちゃんと座ってなきゃ。君は聞き分けのいい子、だろ?」

 バンへ飛び掛かろうとするグスタフを制止しながら、シュウイチは優し気に言う。しかしその言葉は、少女を硬直させた。歯の根が合わずに音が鳴り、無意識に首輪に手を伸ばす。


「ジェニファー、何してる?」

 状況が分からず、トウマは困惑している。

 彼の伸ばされた手、これほど近くにあるはずなのに、なんと遠いことか……。


「おい、急げ。そろそろハイウェイの入り口だ」

「待て、ゲイリー。様子がおかしい」

「こっちに引っ張り込むぞ」

 ゲイリーが片手をかざすと、ジェニファーの体が見えない力に包まれるのが分かる。


「いや、ちょっと待て、嫌なよか……」

「トウマ! ハンドルを……」


 ジェニファーの目の前を装甲車が猛スピードで通り抜け、同時に感じていた包み込まれるような力が消える。

 轟音を立てながら脇の建物を破壊して現れたのは後続を走っていた装甲車だった。それが、トウマたちのバンの側面から轢いた。

 あまりの音に耳がおかしくなりそう。

「スクラップにする手間が省けるな。だが、ハイドを打った意味ねぇじゃねぇかよ」

 グスタフが納得いかなさそうな顔をしながら鼻を鳴らす。

「戦わずに勝てるなら、それに越したことはない、だろ? 3号車には、適当な場所からハイウェイに入る様に伝えておけ」

 シュウイチはタブレット端末をいじりながら得意げだ。


 そんな中、ジェニファーは未だにバンの消えた後方から目を離せずにいた。過ぎ去る景色は色を失い、膝に力が入らず、崩れ落ちる。呼吸が荒い。

 懸命に自制を利かせる。


 大丈夫。あの2人に限って、あれで死ぬはずがない。トウマだって、バスに轢かれても大丈夫だった。あれくらいで……。


 装甲車は格子状の赤色センサーを潜り、ハイウェイに入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る