第8話⑤:怒りのヘルロード

 装甲車が衝突する寸前、ゲイリーの障壁がバンを守っていた。しかし、装甲車の質量に耐え切れず、バンはおもちゃのように吹き飛ばされ、何度も回転してようやく止まる。

 体中をさんざんぶつけたせいで、痛くない所が無い。

 幸い、車は引っ繰り返ることなく、止まってくれた。が、エンジンをかけようとしても、もはや限界を迎えたらしく何の反応もしない。むしろ、よく頑張ったほうか。

 それでもトウマから悪態が漏れてしまう。

「あー。くそっ! ホント、腹立つ!」

 修理には時間がかかる。通りすがりから奪うか……。などと考えながら、遠ざかっていく装甲車を憎らしく睨みつける。

「奴らはハイウェイに乗っちまったが、まだあの装甲車を追えば……えぇ?」

 横に視線を向けると、完全に不機嫌モードのゲイリーが眉を顰めている。そして責めるような鋭い視線が、トウマに突き刺さる。

「ど、どうした?」

「葉巻どっかいった」

「それは、残念だったな」

「お前を守るのに、注意が逸れた」

「だからって、俺のせいじゃないぜー」

「……どけ」

「え?」

「どけ。俺が運転する」

「運転、できるの?」


 席を交換する2人だが、完全に壊れたバンでは今更どうすることもできない。

「どっかで車を調達する必要があるな」

 トウマは助手席で呼吸を整えていると、ゲイリーはゆっくりハンドルを握る。

「ゲイリー。ハンドル握ったって、エンジンはかからないぞ」

 仮に無理矢理始動させようとしても無駄だ。何度も試している。

 だが彼の助言など耳に入ってないかのように、ゲイリーは手に懸けたハンドルに軽く力を入れる。と、いきなりバン全体が痙攣したように震えだし、そして爆音と共にフロントのエンジン、そしてマフラーから炎が噴きあがる。ついでにどこかの配管が数本吹っ飛んだ。

「えぇー! お前、そんなこともできんの!」

 驚くトウマを尻目に、ゲイリーはエンジンをさらに噴かす。復活したと言うよりは、謎の魔改造されたように、荒れ狂っている。

「ホント、ムカつくぜ」

「あ、ちょ。ゲイリー。シートベルトするから待って。シートベルト。シートベルトするからぁぁあっ!」

 トウマの言葉など待ってはくれない。ロケットのように急発進したことで、トウマはそれ以上言葉を発することができずに座席に押し付けられた。



 見えなくなった装甲車を見つけるのに、ゲイリーはビル3棟を突っ切った。

 もちろん、言葉通りの意味で。

 彼はただ最短距離を直進する。

 曲がることも、減速することも、ましてや迂回などあるはずもない。ただ真っすぐ突き進む。そこに車がいようが、壁があろうが関係ない。

 もはや彼にとっては、障害物も全て道だ。

 車が縦横無尽に走り回り、驚愕する住民たちを尻目にゲイリーはアクセルを踏み込む。隣のトウマは振り落とされないように、座席をしっかりと掴み、できるだけ外を見ないようにしていた。

「ゲイリー。もうちょい、もうちょい安全運転で」

 下腹に力が入ってしまう。


「見つけた」


 窓ガラスを突き破りながら道路に戻ると、すぐ前に装甲車が走っている。

 こちらに気付いたらしく、重機関砲が起動するも、それよりも早くへしゃげ、捻じれた。

「鬱陶しい」

 ゲイリーが握りしめた拳を捻ると、装甲車はいきなり中央から捻じれて、跳ね上がる。そしてバランスを崩し、そのまま横転しながら転がった。

「ちょっと待って! あれ、こっちに来るじゃん!」

 走行できなくなった車は、先ほどのバンのように地面を跳ね、回転しながら、直進するバンへ勢いよく迫ってくる。

「ヤバいヤバいヤバいヤバいぃーっ!」

 トウマは無駄だとは分かっていても、つい身を屈めてしまう。

 装甲車は、バンの頭上スレスレをバウンドしながら通り過ぎ、後方で爆発する。

「スリルあったなー」

「まだまだ」

 振り返りながらしみじみと言うトウマに対し、ゲイリーはさらに速度を上げる。

 はるか上空を走るハイウェイ。

 入り口からは侵入不可能。

 ゲイリーは道路から逸れると、躊躇なく向かうのはハイウェイの橋脚。

「ゲイリー、前。柱。壁だよ」

 心配そうにトウマが訊ねるも速度は落ちない。

「ゲイリー? 壁だって。前」

 エンジンはさらに唸りを上げる。

「おい、壁だよ? 壁。あれ? 俺にしか見えてないのか?」

 目をこすっても、橋脚があるのは変わらない。

「ゲイリー。ぶつかるって。ゲイリー。ゲイリーさん! どうする気だよ。せめて説明だけはしてぇ」

 橋脚は、もう目前に迫っている。




「トウマ・カガリの情報を全部出してくれ」

 ハイウェイを走る装甲車で、シュウイチがエンフォーサーに言う。

 シュウイチの持っているタブレット端末に情報が流れてくるのを、彼は流し読みで目を通す。


 普通だ。


 パッとしない人物。それがトウマ・カガリの印象。

 特出した能力もなければ、経歴もない。出身も下流ではあるが、貧困ではない。どこにでもいる平凡な人物像。そして、デスペレーターとしての活躍も。残された映像などを見る限り、特に優れているわけでもなさそう。ゲイリー・フォノラズの活躍の影に掠れている。


 違和感。


「ブリッツと連絡が付かない。あの拠点のカメラ映像を出せるか?」

「すみません。遮断されてます」

「過去のログは」

「何者かが消去済みです」

 シュウイチは手を顎に持っていく。

「何だよ。気になるのか?」

 真剣な面持ちのシュウイチを茶化すように、グスタフが口を挟む。

「ゲイリー・フォノラズの金魚のフンだろ? 経歴もおかしい所は、ねぇな」

 そう言いながら、タブレット端末を覗く。

「おかしな点が、なさすぎる」

 シュウイチは呟く。

「経歴も、デスペレーターとしての振る舞いも、街中での行動も、何一つ疑う所はない。AIが弾き出した脅威度もかなり低い」

「だったら、その通りの男なんだろ?」

「しかし、奴はAIの予想を裏切った。ブリッツからの攻撃に生き残り、襲撃してきた。データから見える実力には、不釣り合いな行動だ」

「偶然だろ」

「どれだけ偽って過ごしても、外見を見れば分かる。それはファッションや立ち振る舞いじゃない。オーラと言うのかな、雰囲気が隠しても漏れてくる……これは経験則だが、そういった物すら感じさせず、ましてやAIすら騙して生活する奴は、稀だが存在する。そしてそいつらは、間違いなくヤバいことを隠してる」

「……考えすぎだろ」

「……かもな。だが、俺たちを追ってきた2人。トウマ・カガリとゲイリー・フォノラズは、予定ではとっくに死んでいるはずの者たちだ」

「あぁ、そのトウマって奴は良く知らんが、ゲイリー・フォノラズはボムでも死ななかったってことになるからな」

「あれで死なないのは異常だよな。信じてなかったが、あの噂は本当かもな」

「噂?」

「ゲイリー・フォノラズは不死身、ってこと」

 シュウイチは少し茶化すように笑うと、2人の会話を割る様にエンフォーサーの1人が報告する。

「スズキさん。何かが急速に接近してきます」

「接近って、どこだ。見えないぞ?」

 装甲車の後方は風通しの良くなったため、視界も開けている。ハイウェイ上には追いかけてくる影どころか、車すら見えない。

「それが、下から上ってきます」

「「は?」」


 シュウイチとグスタフが虚を突かれた顔で同時に反応した時、ハイウェイの壁を突き破って高々と飛ぶ車影が躍り出る。

 もはや骨組みだけになり、タイヤもバースト状態。エンジンやマフラーからは炎を上げている。先ほどまで追ってきたバンの面影などどこにもないが、間違いなく同じ物だ。

 上空に飛び上がるバンからは、微かだが男性の悲鳴らしき音が聞こえている。

「垂直の壁をバンで走ってきたのか? どんな理屈だよ」

 驚きの言葉を口にしながら、グスタフの表情は嬉々として輝いている。

 装甲車の頭上を通過するタイミングで、運転席から影が弾丸の様に落ちてくる。

「撃ち落とせ」

 シュウイチが言うやいなや、機関砲の轟音が鳴り響く。猛烈な砲火を一身に受け止める影だが、その速度が落ちることはない。


「まじで、しびれるぜ」


 シュウイチは呟きながら、身近な物にしがみつくと、その影はまま装甲車の天井を突き破り、拳を振り抜いた。その圧倒的なパワーは、車体をVの字に折った。

 停車する車の中心でゲイリーがゆっくりと立ち上がる。

「ゲイリー・フォノラズ! 嬉しいぜ。そんなに俺とたたかぁ……」

 グスタフが歓喜の声を上げ、一歩踏み込んだ次の瞬間には、彼の頭部は車体の壁にめり込んでいた。ゲイリーの蹴りが頭を薙いでいたからだ。

「視界に入ってくんな。デカいの」

「げいりー! ……とうまは?」

 壁のオブジェとなったグスタフを尻目に、ジェニファーが安堵と喜びの声を上げながら、見当たらないもう一人を探す。ゲイリーは頭上を見上げながら、「ん」と上を指さす。

 そこへ、「あ」に濁点が付いているような声を上げながら、座席ごとトウマが落下。見事に座った態勢のままゲイリーの隣に着地を決めた。

「遅かったな」

「天使と会った……」

「長話しすぎだろ」

「他人事だと思って。俺じゃなきゃ死んでたからな!」

 未だに立ち直れてないトウマの姿に、ゲイリーは微かだが笑っている。

「ほら、さっさと立てよ。存分に、未払いの分を取り立ててやろう」

 立ち上がるのに手を貸すと、ゲイリーとトウマは、戦闘態勢を整える相手に向き直った。

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