第8話③:暴走車

 それはシュウイチも吹き出してしまうほどの一撃だった。



 タイヤを軋ませ急停車するバン。

 運転席でトウマは空吹かしさせてエンジンを唸らせながら、特殊ガラスでできたタブレット端末を見る。

「あっぶねぇ。ギリだったな」

「余裕を持って行動しろよな」

「誰のせいだと思ってんだよ」

 助手席で葉巻を燻らせるゲイリーに、非難がましく視線を送るが、どこ吹く風だ。

「……何はともあれ、あいつらの横っ面、おもきし引っぱたいてやろうぜ!」


 トウマはタイミングを計ってギアを入れると、タイヤが音を立てて地面の空回りした後、弾かれた様に走る。スピードは上がり、トップスピードに。

 正面の信号は赤だが、ブレーキを踏む気配などない。むしろ、より一層アクセルを踏み込んだ。

 通りから姿を見せるのはバカデカい装甲車。

「見つけ……って、デケェっ!」

 実際に見て気付いたが、トウマが思っていたよりも大きく、そしてかなりのゴツイ。乗っているバンも、普通の車に比べれば戦車並みに頑丈だが。正面の装甲車からすればオモチャだ。

 つまり、トウマにとっては想定外だった。

 側面に不意打ちで突っ込む予定だったが、これでは……。

「根性ーっ!」

 ブレーキを踏んだところで手遅れ。腹を括るしかない。トウマの叫び声を共に、バンは装甲車へ衝突した。



 不審な車があることはすでに観測していた。

 だが、装甲車を相手にするには、あまりにも役不足だ。

 相手にならないだろう。つまり、脅威ではない。

 シュウイチはそれでも少し期待しながら、映像で近づいてくるバンを眺める。よく見れば、すでに所々凹んでおり、ボンネットからは白い煙が上がっている。今にも壊れそうではないか。あんな貧相な乗り物で、何をしようと言うのか。

 何を狙っているのか、興味がある。

 仮に前に出てバリケードのように立ちはだかったとしても、一切スピードを落とすことなく突破できる自信がある。どんな武器を搭載していても、砲撃すら弾く装甲を貫くだけの破壊力などないだろう。

「グスタフ。見てみろよ。こいつら、あのミニカーで張り合おうとしてるみたいだ」

「どこのイカレ野郎だ? 目ん玉、付いてるのか?」

 一直線に走ってくるバンを眺めながら、グスタフも鼻で笑う。

「まさか、突っ込んでくる気かよ。爆弾でも積んでるのか?」

「さぁね。だが、仮にそうでも、そんなものでは傷も付かないだろうよ」

 そのまま進めば、タイミング的に先頭を走る装甲車の側面にぶつかる。

「右側からバンが来てる。ほかっておいても問題ないが、せっかくだ。歓迎してやれ」

 シュウイチの指示に、先頭車両は即座に迎撃態勢に入る。収納されていた重機関砲が姿を現して照準を合わせて、一斉に砲火。地鳴りのような爆音は、車の中にいたシュウイチたちにも聞こえる程だった。

 秒で標的となった対象物は跡形もなく消し飛ばされるほどの威力だが、バンから突如スパークが起こると、無数の砲弾が軌道を僅かに逸れる。

 直撃だけは避けることに成功したバンだが、完全には逸れきれずバンの天井部分や側面の外壁が吹き飛んだ。

 シャシーむき出しのオープンカー状態になっても直進を続けるバン。

 その時、ようやく搭乗者の姿が画面に映し出された。


「ゲイリー・フォノラズ?」

「とうま?」


 グスタフとジェニファーの声が被る。

 シュウイチもその名前に、少し驚いた表情を浮かべて襲撃者2人を食い入る様に見つめる。

 画面の中で、長い髪をなびかせたゲイリーの拳を握る姿が映し出される。そして、振りかぶり、殴り付ける仕草をしたのと同時に、バンが装甲車に衝突した。

 普通ならバンは弾かれ、圧し潰され、それでおしまい。


 しかし、今回は『普通』ではなかった。


 途轍もない質量の物質がぶつかったかのように、装甲車が真ん中から大きく『く』の字に折れ曲がり、横滑りして横転。ビルでも倒壊したかのような音を立てる。

 そんなありえない光景に、シュウイチもグスタフも思わず声を上げて笑った。

「見てみろ。グスタフ。これは傑作だぜ!」

「おい、車を停めろ。ゲイリー・フォノラズと戦わせろ!」


 2人は嬉しそうに声を出す。

 シュウイチはチラリと視線をずらすと、声は出さないまでもジェニファーの目は映像に釘付けになっており、瞳には光が戻っている。期待と希望の眼差しだ。

 面白くなってきそうだ。

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