第8話②:追いつけ、追い越せ

 それはかなり巨大な装輪装甲車だった。

 ホテルの前にはそれが3台停まっており、シュウイチの連れてきたエンフォーサーたちが乗り込む。ジェニファー、グスタフは真ん中に乗った。

 シュウイチも2人に続いて乗り込もうとステップに足をかけるが、何かを感じ取ったように動きを止めて視線を後方へ。

 そこには走り去る大型の2輪バイクの背中が見えただけ。特に警戒するほどではない。

 考えすぎか、と軽く首を振って、シュウイチは車内へと乗り込んだ。


 内部には、様々な機器が置かれた空間で、もはや車内と言うよりも移動する部屋。作戦の指令室をそのまま持ってきたような造りだった。天井も高く、大男のグスタフが立っても余りがあるほど。高さだけでなく、長さや横幅も大型バス並みかそれ以上あるだろう。


 ジェニファーは隅の席に座らされ小さくなっており、グスタフは我が物顔で腰を下ろしている。シュウイチも適当な場所に座ると、車両が起動する音と共に、内部の機器も動き始め、壁が無数のデスプレイへと変化。あらゆる場所の空撮の映像が映し出される。


「さぁ、みんな。気を引き締めて出発しよう。前回はここで失敗してるからな」


 シュウイチの楽しむような声を合図に車が動き出した。ただ内部には微かな振動だけが伝わってくるのみで、本当に走っているのか分からないほどの快適さだ。


「油断は禁物。よく言うだろ? 『帰るまでが遠足だ』ってな」


 彼の声は、耳に取り付けた小型の通信機を通して、全車両のエンフォーサーたちに聞こえている。ジョークに、耐え切れなかった何人かの笑い声が聞こえてくる。


 シュウイチの連れてきた者たちは優秀だ。実際に彼らは護衛・警備(エンフォーサー)として、他社に貸し出される製品でもある。プロメテラスの誇る全身サイバネ化を施されたフルボーグの兵士たち。下界のチンピラとはワケが違う。


 しばらくは一緒になって笑っていたシュウイチの笑みがより濃くなる。

 装甲車の周囲に飛ばしているセキュリティー・ドローンの警戒エリア内で不審車両が引っかかった。まだ距離があるため、確実に危険な存在かは判断できないが、運転の仕方や進んでくる道順などからAIが警戒の信号を発している。

 たった1台で何ができることなどたかが知れるが、シュウイチはもしかしたら起こるかもしれない騒動に、若干の興奮を覚える。


 楽しい遠足であれ、と。


☆   ★   ☆


「やっべ。あいつらハイウェイに乗る気だ」

 トウマはやや強引に車列に割り込みながらぼやく。

 そこは大型のバンの中。元はブラックオックスが使っていた物で、ゲイリーが拠点に突っ込ませたものでもある。前方部分が歪に凹んでいるが、走行には問題ない。

 嘘。

 先ほどからボンネットから噴き出る白煙がヒビの入ったフロントガラスの視界に入ってくる。サスペンションも少し歪んでいるらしくタイヤが回転するたびに変な振動を感じるし、エンジンも時折、おかしな音を立てている。

 それでも、しっかり真っすぐ走ってはくれている。


 ブリッツは案外、簡単に情報を吐いた。

 ゲイリーの登場で完全に、抵抗の意思がなくなり廃人のようになっていた。


「ジェニファーの護送に失敗して以来、いつかは来ると予想してたが、こんなに強引とは思ってなかったぜ」

 運転するトウマは、助手席のダッシュボードに足を乗せるゲイリーにこれまでの経緯、そしてブリッツからの情報で分かったことなどを説明していた。

「遅いくらいだろ」

「列車事故でジェニファーの死亡を偽装されてたらしい。でもこの間、俺達の首に賞金が懸けられて放送されたろ?」

「あれで気付いて、乗り込んできたってことか? で、どこのどいつだ?」

「プロメテラスの末端の組織らしいが、直系ってのがかなり厄介だな。規模自体は大きくはないが、少数精鋭の組織で勢いのある企業買収屋(ブリガンテ)だ」

「小娘のノックは重宝しそうだ」

「ああ。それに、俺達とも少なからぬ因縁がある。この間のイージスマイルの一件に絡んでたプロメテラス側の組織が、今回のブリガンテどもだった」

 首を傾げて理解できてない顔のゲイリーに、トウマは付け加える。

「ほら、お前が倒したグスタフ・ザ・レイドだよ。ガスマスクしてた」

「……? いたような気もするが、いちいち殴った奴のことを覚えていられねぇよ」

 本当に覚えていないようだ。かなりの実力者だったとトウマは記憶しているのだが、彼にとっては些末なことなのだろう。


「だいぶ辛そうだが、大丈夫か?」

 タブレットのドープを全て口に流し込み噛み砕いて嚥下するトウマの様子を横目に、珍しくゲイリーが気をかける。

 それだけトウマの顔色は悪い。

 重症の怪我を応急処置のみで済ませ、体を顧みない連戦でそろそろ限界に近い。

「大丈夫だ。痛みに耐える方法なら知ってる」

「痛みって次元の問題か?」

「相手は俺の体のことは気遣っちゃくれないからな」

 脂汗をかきながらも、軽口を叩き笑って見せる。

「時間が経てば、それだけ相手に備える猶予を与える。最善のタイミングは常に『今』さ」

「だが、結果的に小娘は収まる所に収まったんだ。追いかける意味あるのか?」

「何言ってんだ! まだ、もらうもん、もらってねぇだろ! その辺りを曖昧に済ませたら、デスペレーターなんざ、やってけないぜ」

 お金のハンドサインを見せる。

 片手を離したせいか、怪我のせいか、運転が少し乱れ、割り込んだ際に隣の車のサイドミラーを弾き飛ばしてしまった。

 「ごめんね」と窓を開けて謝るも、その時にはすでにその車はかなり後方だ。

 トウマは顔を窓から前へ戻すと、話を続ける。

「どこまで話した?」

「デスペレーターなんざ、やってられねぇ」

「そうそう。相手が払わねぇんだから、俺達だって渡さない。そうだろ?」

「ふーん」

 興味なさげに相槌を打つ。話半分といった感じだ。

「じゃぁ、なんでお前は付いてくるんだよ。ゲイリー」

 窓の外を眺めるその表情は、一切変わることはない。

「…………ぅく」

「え?」

「ムカつく。小娘のことも、事務所のことも、全部な」

 そう言いながらも表情は静かだ。いつもの眉間しわを寄せ、一目でわかる苛立ちの状態とは程遠い。

「久しぶりに、『俺』がムカついてる」

「……そう、ですか」

 それ以上は何も言えない。触らぬ神に祟りなしだ。


「ん! トウマ、車を停めろ」


 急なセリフにトウマも思わずブレーキを踏み込んだ。タイヤは軋み、体が前に飛ばされそうになりながらも、バンが停車する。

 急停車のせいで、後方の車から激しいクラクションが鳴らされた。

「な、どうした? なんかあったか?」

 自分でも見落としていた物があったのかと、慌てて周囲を見渡しながらトウマが訊ねると、ゲイリーはドアを開けて外に出る。


「たばこ屋で葉巻買ってくる」


 そう言い残すと、スタスタと通り向かいにあるシガーショップへ歩いていく。

「おい、ゲイリー! それどころじゃねぇだろ! マジ、えぇ? ゲイリーさん? あぁ……一番安いやつを買うんだぞ!」

 こうなると諦めるしかない。

 トウマはハンドルに突っ伏しながらゲイリーの帰りを待つ。すると、バンの横をエンジン音が通過した。

 車通りが激しい通りのため、通過する音自体は珍しくないが、二輪バイクの重低音は特徴的だ。

 トウマは顔を上げてサイドミラーを確認すると、バイクがテールランプを光らせながら走り去る姿が見えた。

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