第7話⑧:ブラックオックス
ただ近づいてくるだけなのに、ブリッツは恐怖を感じて後ずさる。何度も蹴りを食らった足の感覚はなくなっており、立つことができない。這うように逃げる。
「で? ジェニファーは?」
トウマはハンドガンをコッキングして残弾を確かめながら尋ねる。
「分かったよ。でも、詳しくは知らない……」
もちろん嘘だ。依頼を引き受ける時に相手の素性は調べてある。本当のことを言うつもりなんて最初からない。ただの時間稼ぎだ。
彼は待っている。組織最強の集団・ブラックオックスの帰還を。彼らさえ戻ってこれば、この危機的状況も脱することができるはずだ。
光学迷彩による透明化、耐熱、防刃、防弾などの性能を備えた特殊なコンバットスーツに身を包み、あらゆる物を切断できる高周波ナイフを駆使する暗殺集団。また、その他に武器にも精通しており、戦闘においてもプロフェッショナルだ。デストルーカーも確かに高価な代物だが、ブラックオックスの隊員一人にかけているお金もそれに引けを取らない額だ。
ブリッツは、プロメテラス社の名前は出さず、ただ直接に取引をしたシュウイチの当たり障りのない特長を話す。
すると、微かに大型車のエンジン音が聞こえ、大気を震わす振動が伝わってくる。
ついに、帰ってきた。
これで形勢は逆転でき……。
ビルの入り口に大型の黒いバンが突っ込む。
ブレーキをかける様子もなく、アクセルを踏み込んだ状態でビルに衝突すると、扉を破壊し、柱を薙ぎ倒し、ガラスを粉砕しながら共同スペースへ侵入。そして、荒々しく停車する。
「お次は何だよ……」
「ブラックオックスだ。殺されちまえ」
いい加減疲れてきたトウマとは裏腹に、ブリッツの声は高くなる。
車は無理に動かされていたようで、ボンネットからは白煙を漂わせる。
「ブラックオックス? そう言えば、バージンの忠告にあったな」
記憶を辿るトウマは、うんざりしながらハンドガンを構える。
すると、運転席の扉が開き、中から人が勢いよく落ちる。
トウマもブリッツも頭に「?」と浮かべながら眺めると、すぐ後にもう一人が降りてくる。
「トウマ。やっぱり、また変な依頼を受けてたか」
それは漆黒のコンバットスーツに身を包む、ゲイリーだった。
予想外の人物の登場に目を瞬かせるトウマの姿を見ると、少し不機嫌気味に口を尖らせる。
「このゴキブリどものせいで事務所が吹っ飛んだ」
地面に転がるコンバットスーツ姿の男を足で小突きながら吐き捨てる。
「なんだよ。その恰好は?」
「一番サイズの合う奴のを選んだが……最悪。ダサすぎて死ぬ」
「おま、お前は死んだんじゃないのか? ボムで消し飛んだはずだろ!」
体にフィットするスーツを摘まみながら不服そうに眉を顰めるゲイリーに、耐え切れなくなったブリッツが叫んでいた。
「あの光った奴のことか? あれはヤバかったな。眩しかった」
「ブラック、オックスのメンバー……は?」
「ああ、あいつ(運転手)一人残して、丸裸に剥いて捨ててきた」
「で、そいつらの装備は?」
「後ろに積んである」
トウマとゲイリーは見つめ合い、それ以上言葉を交わすことも無く、小さく、だがしっかりと頷き合う。
ブラックオックスのコンバットスーツを始め装備品は、売り捌けばかなりの金額になる。事務所が無くなったのだ。これくらいのボーナスはあってもいい、はずだ。
「……で? こいつは誰だ?」
「お前を襲った奴らのボスだよ」
トウマのその言葉に、ゲイリーは若干の不快感を露にしながらも、ブリッツの元まで歩くと、胸ぐらを掴んで片手で軽々と持ち上げる。
「チビが。あのゴキブリどもを送ったって? あいつらは俺の服も、椅子も、小物も、消し飛ばしやがった。責任、取れよ」
ゆったりとした、穏やかな声だが、絶対的な強者特有の圧力を持っていた。
「ゲイリー。事務所の件の前にこっちの要件だ」
「そう言えば、やけにやられてるな。ヤバい仕事だったのか?」
今更ながらトウマの怪我に気付いた様子で、口の端を軽く上げて笑う。
「仕事じゃねぇよ。こいつら、ジェニファーを連れ去りに襲ってきやがった!」
「ふーん。あの小娘をか。で、返り討ちにした」
「いや、奪われた。今は、取り返しに来たとこ」
「お前が付いててか? こんな雑魚相手に?」
「うわ、ゲイリー。返す言葉もねぇ。俺の心は深く傷ついたぜ」
「どういたしまして」
ゲイリーはブリッツを離すと、床に尻もちをついて落ちる。もはや抵抗の意思などない。信じがたい物を見るような目で、魂の抜かれたような顔をしながら2人を見上げていた。
「なんで小娘が狙われた? 取り返しに来たって、どこだ?」
「詳しい説明は後でする。ジェニファーはもうここにはいない。これから追いかけるとこだ」
「追いかける? 誰を?」
「そりゃ、それを今から聞き出すんだ。なぁ、ブリッツだ」
屈んで視線を合わせながら言うトウマの言葉に含まれた脅迫。そして、見下ろすゲイリーの何の感情も籠っていない瞳の冷たさに、ブリッツは体の芯から震えがきて止まらない。
すでに勝負はついている。もはやブリッツに抵抗の術などない。最後に縋った希望も打ち砕かれ、心が折れた。
シュウイチ含めた会社の情報をトウマたちが聞き出すのに、さほど時間はかからなかった。
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