第7話⑦:電撃
ヴァルカンが負けると思ってなかった。
通信機をオープンにしているせいで、彼があっけなく負けたことはすぐに伝播した。
ショックに打ちひしがれるのは、ビル内でトウマを追いかける構成員たちだけではない。マザールームのブリッツにも同じことが言えた。
あり得ないことが起きている。
単身で乗り込んできた男は、100人以上いる手下の猛攻をモノともせず、組織で最強のヴァルカンを真っ向から叩きのめした。
そんな情報はなかった。
トウマ・カガリは、ゲイリー・フォノラズの腰巾着で、こんな芸当をやってのける実力者なんて知らない。それはシュウイチが持ってきたデータにも書かれていない。
「ボス。どうしますか?」
「拠点を捨てる」
手下の問いに、ブリッツは内心の焦りを隠して答える。
「全てのデータを持ち出す。あとは破棄しろ。あいつがここに辿り着いても、何も与えるな」
地下にあるマザールームはシェルターだ。籠城することも考えたが、相手の実力はすでに自分の予想をはるかに超えている。何らかの方法でシェルターのロックを解除されることもある。それに建物を爆破などされて、埋められれば助からない。
「ブラックオックスが近くまで来ているはずだ。外で合流して避難する」
彼の指示で、重要なデータや当面の運転資金を手下がケースに詰めている。
「デストルーカー(人型戦闘ロボット)はどうだ?」
非常事態に備え、かなりの大金を積んで購入した2体だ。実戦投入は今回が初めてだが、実力は手下たちを使ってデモンストレーション済み。結果はデストルーカーの圧勝。しかし、中古品を購入したこともあり、細やかな指示を理解できない。対象の殲滅を第一にプログラムされており、近くにいれば攻撃の巻き添えを受ける恐れもある厄介な代物だ。そのため、本当に危なくなった時しか出さないことを決めていたが、それが今だ。
「映像は出ませんが、8階付近で交戦中の模様です」
プログラマーがデストルーカーに付けられた発信機の信号から状況を読み取る。本来なら目のカメラで映像も見えるはずだが、古いせいでうまく機能しない。
「8階か……」
だいぶ降りてこられた。あまり残された時間はない。
「急げ。デストルーカーが仕留めてくれるなら、それでいい。だが、万が一のことを考え、足止めしているうちに外へ出る」
ブリッツは手下を急かした。
荷物をまとめた一行は、マザールームを出ると足早に1階の共同スペースを進む。外まではあと少しだ。
デストルーカーからの信号はまだ8階から。トウマを足止めできている。
いつも歩いている共同スペースの距離がやけに遠く感じる。
焦っているのだ。ジワリジワリと這い上がってくる焦りに、背中からジットリと汗が流れてくる。
トウマ・カガリ。奴は一体何者なのか?
いや、今はそれを考える時ではない、避難に集中すべきだ。
ビル内の静寂が、逆に耳に痛い……。
静寂?
どうして物音がしないのだろう。冷静さを欠いていたせいで気が付かなかったが、静かなことはおかしい。手下はどうした? 最低でもデストルーカーとトウマが戦闘をする音が聞こえてこなければいけないはずだ。
考えすぎだろうか。心臓を締め付けられるような錯覚に陥る。
「おい」
自分一人では抱えきれず、隣の手下に話しかけた瞬間。
けたたましい銃声がビル内に反響する。
そして、ブリッツの周りにいる手下たちが、次々と体を震わせ、血を流して倒れた。
「良かったよ。来ないのかと不安になってたとこだ」
1人残されたブリッツの背後から声が聞こえる。待ち合わせをしている友人にでも話しかけるようなトーンで。
陰から現れたのはアサルトライフルを構えたトウマだった。
「ここの構造なら、追い詰められたら外に逃げようと思うよな」
「なんで? お前は、デストルーカーは?」
混乱するブリッツに、トウマは機械から引き千切ったような部品を見せる。
「8階で戦闘中、だろ? 中古品を買うなら、使う前にちゃんとメンテした方がいいぞ。所々、錆ついてた」
「お前、何者なんだ?」
「お前らにとっちゃ、取るに足らない使い捨て品(デスペレーター)だよ」
トウマは真っすぐブリッツの元へと歩いてくる。もちろん銃口を逸らすことはしない。
「それで? ジェニファーはどこだ?」
「親きどりか? それはあの娘がお前に植え付けた感情だ。破滅するだけだぞ」
「話したくないなら、別に構わないさ。お前らが大事に持ってきたデータを調べる」
「あれ(ジェニファー)はもうクライアントに渡した。デカい企業だ。お前らは企業を敵に回す気かよ?」
「不本意では、あるよ。だが、あいつが『帰りたい』って言うなら、連れて帰る。もう、うち(何でも屋)の一員でもあるんでな」
「バカかよ。自殺行為だ。だが、安心しろ。お前がクライアントの元に行くことは、ない!」
ブリッツは傍らに転がるブリーフケースを蹴り飛ばす。それは勢いよくトウマへと飛んだ。避けられないスピードではないが、完全に視界と銃の遮蔽となった。
中身が分からないのでむやみに撃ち落とすこともできない。身を逸らして避けながらライフルの引き金を絞る。放たれる弾丸は真っすぐブリッツへと飛び、その肉体に穴を開けようと襲い掛かるが、刹那、彼の体がブレると閃光のようにトウマの前まで移動する。
この異常な速度は、バス停で踏み込んだ時と同じだ。
アサルトライフルを弾き飛ばされ、高速で繰り出される拳はスピードも合わさりかなり重たい。ガードの上からでも後ろに押し飛ばされる。
1回の打撃に見えた攻撃は、実際は複数回の衝撃を感じる。
トウマはバックステップで距離を取りながらも、態勢を整えた。
「よく反応できたな」
感心したように言うブリッツの手には吸引機。
「トニトルス、か」
トウマの問いに、ブリッツは笑みを浮かべて返す。
当たりだ。
アッパー系のブースターステロイド(薬物)の一種『トニトルス』は、吸引すれば感覚が高ぶり、周囲の時間が緩やかに感じられる。まるでスローの世界にいるような感覚だ。そしてその空間では自分は普通に行動できる。もちろん、体への負担は大きい。トウマの使うドープの様な安物ではなく、もう1ランク上の薬物になる。
「トニトルスの効果を100%活用できるよう、この体にはバイオウェアやナノウェアを施してある。お前も見た所、カフィールの施術をされてるみたいだな。ドープに、カフィール、ヴァンフォール。時代遅れだ」
「時代遅れじゃねぇ。歴史があるんだ」
タブレットからドープを1粒、口に放りつつ、構える。
「古いもんは常に淘汰される時代だ。俺はお前の進化系。クスリも肉体も、そして戦闘術もな。あらゆる物よりも速く叩き潰す」
クスリでハイになっているブリッツに、トウマは思わず吹き出してしまう。
「ブリッツ……あぁ、だからブリッツか。ハハッ、ダッセー名前だ。ブリッツ(電撃)にしては、遅すぎて昼寝しちまうぜ」
トウマは手を突き出すと、電磁波のスパークが大気を震わす。しかし、その攻撃もブリッツにはゆっくりに見える。軽やかに避けながらも相手との距離を詰める。トウマはまともに対応できていない。口では偉そうなことを言っても、所詮は旧式の武器に身を包んだ男。性能が違うのだ。
弾丸の様な拳がトウマの顔面に触れる寸前、ギリギリでいなされる。
一撃防いだところで、連打の全てには対応できない。残像の見える速度で動くブリッツは、フェイントを織り交ぜながらも拳を繰り出す。
が、弾き落とされる。
掌、手の甲、肘。あらゆる角度、あらゆる方向から、彼の打撃を邪魔してきた。これほど防がれたことなどない。相手の動きは相変わらず遅く見えているのに、不思議と攻撃が通らない。
すると、足元に鈍痛が。地面を削り取るような蹴りで、死角からブリッツの足を刈り取る。重心のかかった足がグラつき、ふらついた所をトウマの拳が顔を殴り飛ばす。
あり得ない光景に目を見開きながらも、再度攻撃に転じる。
踏み込んだ途端に、先ほどと同じ蹴りが足を薙ぎバランスを崩す。同時に顔を叩き落とすようなパンチくらい、地面に倒れた。
あり得ない。何が起きている?
頭を振って、諦めずに挑むも、しばらくすると同じ結果になる。
相手に攻撃が通らない。相手から蹴りが来ると分かっているのに、避けられない。
「なんでだよ!」
鼻血を流し、現実を認められないブリッツは、子供のように大きな声を出す。
トウマはその様子に小さくため息を吐きながら、頭を掻いた。
「お前のは戦闘術でも何でもない。ただ速く動いて、それっぽく見せてるだけだ。無駄な動きが多すぎるんだよ」
圧倒的な差を見せつけられ、ブリッツの中でこれまで築いてきた自信がへし折れる音が聞こえた。
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