第7話⑥:火山
『あいつ、どこに行った?』
『また見失ったぞ』
『北側だ、北側の奴らが襲われてる』
『あいつ、忍者かよ』
ビル内の通信は混乱状態だった。
トウマはその場所を制圧すると、素早く移動。部屋などに隠れて姿をくらまし、別の場所に現れて襲撃する。それを休むことなく繰り返す。次々と死体の山が築かれる。
クスリによって恐怖がマヒした構成員たちも、次第に心の中にある感情が芽生えてくる。
自分は何と戦わされているんだ?
掴みどころのない、まるで幽霊のような存在。
追いかけても追いかけても、姿を捉えられない。
それは実体のない影を相手にしているような感覚。
ただ、当のトウマもそこまで余裕があるわけではない。
大人数を相手にする時は、動き続けなければいけない。止まれば、囲まれて圧し潰される。
今は何階だ?
途中から数えられてないが、まだ1階の共同スペースは遠い。
身を翻し、銃弾を躱し、相手の顎を砕き、足をすくい、手すりから落としながらそんなことを思った。
相手が減っている感じがしない。
上階からの相手を右手に持つアサルトライフルのキラーバイトが、同じフロアの相手を左手に持つハンドガンで撃ちまくる。キラーバイトは弾数に限りがあるため、節約して使いたい……嘘。普通の弾より3倍高いから、もったいないオバケが出てしまう。
上階の相手に構えていると、視界の端に人影が現れた。咄嗟に身をかわし、銃口を向けて瞠目する。何かを体に巻いている……爆弾だ。
捨て身の自爆。
相手を蹴り飛ばしながら、手すりを乗り越える。爆風と熱が背中を舐めた。
バランスを崩しながらも下階の手すりに何とか手をかけるも、アサルトライフルが落ちていく。だが、嘆いている時間はない。そのフロアにも何人も待ち構えているのだから。
廊下へと移動すると早速、キラリと光を反射する物が。
振り回される錆びた鉈が壁や手すりにぶつかり、火花を上げて甲高い音を立てる。
素早くハンドガンのリロードを済ませて、胴に2発、頭に1発の早業。
倒れる男に意識を向けた隙を突かれ、死角からのタックルに体が一瞬浮かび上がり、そのまま床へと叩きつけられる。咄嗟の判断でハンドガンを手放しながら、視線を上げると馬乗りになっている大男の拳が振り下ろされるところ。その拳はトウマの逸らした頭のすぐそばを掠めてコンクリートの床を抉る。
破壊力が異常だ。それもそのはず、大男の両腕は鋼鉄のサイバーアームだった。
たまに、こういうステージボスのような存在が出てくる。
もう一方の腕を振り下ろされるタイミングで、状態を逸らしながら相手の勢いを利用したトウマの拳がみぞおちに深くめり込む。
息が詰まり悲鳴も上げられず、苦痛に顔を歪めて吐瀉物を撒き散らす大男を尻目に、トウマは素早く立ち上がり態勢を整えると、伸ばしてきたサイバーアームに腕を絡ませ、体を回転。テコの原理の勢いで腕を軋ませ、捩じり、肩口から捥ぎ取る。そのまま掌底を顎に、そして膝に一撃、ついでにあばらを砕く。
白目を剥き、泡を吹きながら巨体が音を立てて倒れる。
さすがに体中の傷が痛くなってきた。
トウマはタブレットを取り出すとドープを1粒飲みながら、ハンドガンを拾おうとして止めた。
迫りくる業火にジャケットを被り受け止める。直接の熱は何とか遮断できたが、衝撃に数メールと吹き飛ばされた。
全身にタトゥーを入れたヴァルカンは、自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら、廊下の先に立つ。
「ホントに死んでねぇのか? 実は双子だった。とかじゃねぇよな?」
ヘラヘラ笑いながら近づくヴァルカンの動きに迷いはない。殺し合いに慣れた者の動き。
「ちょうど良かった。お前なら、ジェニファーの居場所を知ってそうだ」
トウマはジャケットを脱いで手に持ち、加えてネクタイを取ると片端を左腕に縛り付け、もう片方に輪っかを作る。
「ヘヘ。余裕だな。知ってどうする? 雑魚を散らしたからなんだ? あまりいい気になるなよ。オーディー(非能力者)がノックの俺に勝てるとでも思ってんのか?」
ドスを利かせながら広げた両手から炎が噴きあがる。灼熱の紅蓮の炎。その熱風は、距離のあるトウマにも届く勢いだ。
「お前もこの中(タトゥー)の一つに加えてやるよ。ヘヘ」
殺した者のトロフィーとしてタトゥーを体に刻む。
自己顕示欲の塊。
ノックと言うことに高い自尊心を持つ低レベルな慢心。
トウマは冷静に相手を見定める。完全に相手は自分を格下と思っている。好都合だ。油断なく用意周到に敵と対峙する相手と、格下と判断して接してくる相手。どちらが戦いやすいかと言えば、圧倒的に後者だ。
この建物のシステムを乗っ取った段階で、彼らはトウマの動きや実力を正確に把握することはできない。ヴァルカンのこの態度も仕方がないとも言える。
トウマはわざと鼻で笑い飛ばす。
「ノックが凄いのは分かるが、お前のは手に小さな火の粉を出せる程度だろ? ヴァルカン(火山)なんて、大げさすぎるんじゃないか?」
「なんだと?」
「今の時代、少し工夫すれば火を出すなんて難しいことじゃない。お前のノックは、所詮はこれと同レベルなんだよ」
ライターを取り出し、火を点けて見せる。
「言ってくれるね!」
あからさまに機嫌の悪くなったヴァルカンは前傾姿勢になる。両手の炎はさらに勢いを増した。ノックの能力は感情に左右される。
「お前は骨も残さず焼き尽くされるんだよっ! これでもチンケな火に見えるか?」
弾丸のように飛び出すヴァルカンが手を前に突き出すと、業火が熱風と共に廊下を埋め尽くす。コンクリートは黒く変色し、鉄製の扉は熱でグニャリと折れ曲がる。炎に直接触れずとも、熱風を吸い込めば肺が焼かれてしまう。
目前に広がる火の海を満足そうに眺めるヴァルカンの視界に、手すりの外から顔を覗かせるトウマの姿が。うまく逃げていたらしい。
彼は手すりの上を駆けてヴァルカンの元まで辿り着くと、炎を纏う彼の右手にジャケットを巻きつける。
「なんのマネだ?」
焼き尽くそうと火力を上げるが、その上着は一向に燃え上がらない。耐熱素材が仕込まれている。小癪なマネをするが、こんなものさらに火力を上げればどうと言うことはない。
と、その右手に輪っかをかけられた。
ネクタイで作られた輪で彼の手首は締め付けられ、同時にトウマの左手と固定される状態に。
振り払おうとした刹那、ヴァルカンの視界が回転する。
右手首をしっかりと固定するトウマの左手によって捻られ、引き摺り倒された。
何が起きたのか分からぬまま目を白黒させるヴァルカンだったが、それだけで終わらない。トウマの腕や足が、体中に絡みついてくる。
捩じられ、殴られ、捻られ、殴られ、投げられ、殴られ、転がされ、殴られる。
1秒も視界が定まらない。抵抗したいのに、自分がどんな状態なのか理解できない。すでに顔面に何発パンチを受けたのか、分からない。自分が上を向いているのか、下を向いているのか……。
気が付けば、床が目の前にあった。腕は完全に後ろで固定され、動けない。後頭部に衝撃が走り、床とキスする。
「一回しか聞かない。ジェニファーの居場所は?」
「い、言ってたまるガァ……」
言い終わらぬうちに2回目の床との熱烈なキス。
「ジェニファーの買い手は誰だ?」
「そんなこと、俺が知ってるはズゥ……」
3回目。
床に流れ落ちる自分の血で溺れそう。頭が潰れそうなくらいに痛い。
「もう、止めてくれ……」
「さっきの威勢はどうした? ノックって奴は、それだけで自分が優れていると錯覚する連中が多すぎる。確かに人知を超えた力の持ち主は存在するが、お前らレベルはごまんといるぜ」
背後にいるトウマの表情までは読みとれないが、それでも先ほどまでの人物と同一とは思えないほど冷たい雰囲気があった。ましてや、ジェニファーとニコやかに話していた時の姿からが想像もつかない。
「お前は、訓練生からやり直してこい」
それがヴァルカンの聞いた最後の言葉。
強い衝撃と共に、彼の意識は真っ黒に染まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます