第7話⑤:乱闘

 トウマは床の崩れ落ちた階下を見下ろす。

 20階全体の天井、つまりは21階の床が一気に崩壊し、20階にいた者たちを圧し潰した。火薬の量も、設置する場所も計算通りだ。骨組みだけ残して綺麗に底が抜けてくれた。

 下敷きになり、痛みに呻いている者たちの声が、そこここから聞こえてくる。


「金が欲しいのか? だったら、小切手きりにそこまで行ってやるから、待ってろ」


 階下を見下ろしながら、トウマは受話器を顔から離して通話を切った。

 自身の端末に視線を移して、ビルの送電をストップすると、ビル中の明かりが消える。ただ、昼間のため窓などから入る外界の明かりで暗闇と言うわけではない。

 ボンヤリとした端末の明かりがトウマの顔を怪しく照らす。画面にはこのビルの監視カメラの映像。ビル全体のシステムはハッキングして乗っ取った。そのために、危険を顧みずに姿を見せたのだ。

 映像を切り替えながらジェニファーを探すも、姿が見えない。

 次にブリッツがいる場所を探す。メインシステムを操作するマザールームだろうが……確認してよかった。

「あぶねー。上にあがる所だったぜ」

 最上階を陣取っているかと思ったが、彼らは逆に隠された地下にいた。災害時のシェルターを再利用しているようだ。

 今まで駆け上がってきた階を逆に降りる必要がある。なんだか無意味なことをした感じがして気が滅入るが、最上階に行く前に気付けただけラッキーだと自分に言い聞かせ、気合いを入れる。


 遠くから荒い足音がいくつも聞こえる。

 映像を確認すると至る所に武装した連中が、殺気立ってこちらに向かっていた。

 薄暗くて断定はできないが、焦点が定まらず狂犬のような動きから、何らかの薬物をキメているのだろう。恐怖を取り除き、狂暴性を増している様子だ。

「これ相手にすんのか……。ゲイリーに任せたい」

 天を仰いでゲンナリするトウマは、数拍フリーズして気持ちを切り替える。



 ビルは1階の共同スペースが吹き抜けになっており、そこを囲むように廊下が連なる。上から見るとカタカナのロに見える。エレベーターと階段は各隅に配置。ただし、今は電気が止まっているため、階層の移動は階段だけだ。

 組織の構成員たちは武器を持ち、上へ下へと忙しなく駆け回る。

 そんな中で、エレベーターが動いていた。

 それも4基とも。

 あちこちで情報が飛び交う。システムを乗っ取ったトウマの陽動なのは分かり切っているが、だからと言ってどれも放置することはできない。いろんな階に停まるエレベーターの前に待ち構えるため、人員が分散した。

 そして4基は、別の階で扉が開く……。


『こちら異常なし』

『こっちも誰も乗ってない』

『こっちもクリア!』

『こちらも問題ない!』


 報告をし合った時に、ビルに銃声が響き渡る。1発や2発ではない。激しい撃ちあいだ。

『どこからだ?』

『どのエレベーターだ?』

『バカやろう、エレベーターじゃねぇ。あいつはまだ20階のフロアだ』


 21階が崩落し、多くの者が傷つき動けない20階では、警戒とは別に負傷者の救出や介抱に集まっていた。そこを襲われた。



 トウマはアサルトライフルを両手で構え発砲しながら前へと進む。瓦礫で足元が悪いが、物ともせずに軽快に移動する。

 不意を突かれた構成員たちだが、荒事には慣れている者たち。混乱も素早く治まり、反撃してくる。度胸はあるが、お世辞にも銃の腕がいいとは言えない。

 移動し続けるトウマを捉えることができない。


 上階にいる連中は廊下のコンクリート壁の手すり越しに発砲してくる。そちらへ左手をかざすと、薬のドープとカフィール手術による効果で電磁波が生まれてスパーク。ある程度の弾丸はそれで防げるも数が多い。弾幕に思わず手すりの壁に身を寄せて隠れながら移動する。

 無数の弾丸が、容赦なくコンクリート壁を抉っていく。あらゆる方向からの攻撃に、下手に動くことができない。凶弾に仲間が倒れてもお構いなしだ。クスリで頭まで狂犬になっているのか? 反撃したいが、トウマからでは壁が遮蔽となってしまう。

 トウマはアサルトライフルの弾倉を外して、別の弾倉を取り付ける。

 弾幕が止む一瞬を見逃さずに身を起こすと、銃口を定めて撃つ。

 先ほどよりも、明らかに重くなった音と共に、ズシリと来る衝撃。そして放たれた弾丸は、障害となっていたコンクリート壁を砕き、貫通し、隠れる者の体を嚙みちぎる。

 先日、バージンから購入したキラーバイトの残り。

 続けざまに数発撃ち込むも、どれも見事に敵を壁ごと打ち砕く。

「おぉ! お前、ようやくお値段通りの活躍するじゃん!」

 発砲による発熱は抑えられているとはいえ、銃身はかなり熱いが、それでも嬉しさにあまり思わずライフルを抱きしめて、弾倉にキスする。

 遮蔽が関係無くなれば、相手も注意深くなる。

 トウマはキラーバイトを撃ちながら走る。正面の階段からわらわらと人の群れ。

 あの人数は厳しい。

 すぐさま左手でハンドグレネードを取り出すと、安全装置のコックを捻り起動させて投げつける。

「やばい、ハンドグレネードだ!」と叫ぶ声を聞きながら、トウマは手すりに足をかけて斜め下の階へと飛んだ。


 爆発の衝撃を背中に感じながら、19階の手すりへ降りる。その勢いのまま、驚きながらも迎撃の構えを取る敵の首を肘で刈り取り、その敵ごと部屋の玄関口を破って部屋の中へ。

 それを目撃している構成員たちも部屋へとなだれ込み、激しい銃声、そして爆発音がする。戸の壊れた玄関部分から爆風が吐き出された。


 音の止んだ室内の様子を窺おうと何人かが壁に身を預けていると、低く重い銃声と共に壁を貫通してキラーバイトが襲う。肉体が弾け、血が巻き散って倒れる仲間に悲鳴を上げながらも、残った者たちは玄関口から一斉に発砲。無数の弾丸が部屋のあらゆる物の原型を留めないほどに暴れまわる。

 砕かれたコンクリートの土煙や硝煙が止みかけた頃、内部には動くものなど誰もいない。それどころか、トウマの姿もない。床に開いた穴は18階へと繋がっていた。

「奴は下に……っ!」

 それを確認した一人が通信機に怒鳴ろうとした時、真下の階から無慈悲な弾丸が、床を突き破って彼らの四肢を捥ぎ、食い千切る。

 そして、階下の玄関扉が激しく開かれると、再度始まる銃撃戦と悲鳴。


 トウマの進攻は止まらない。

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