第7話④:宣戦布告

 突如として聞こえてきたトウマの声に、ブリッツは驚いた。いかに見張りが新入りばかりでも、何人もの視線を掻い潜り、さらには無数の監視カメラでも捉えられずに内部に侵入することは可能なのか。何かトリックがあるのだろうが、今はそれを考える時ではない。

「見張りに異常がないか確認しろ。ビルにいる奴らは、全員投入しろ。それから、念のため通信の周波数は予備のものに変更。お前らは、どこの通信を使用しているのか、逆探知しろ」

 ブリッツは手下と3人のプログラマーに指示を出す。カメラの映像に侵入者の姿は見えない。館内放送の発信源を特定するのが手っ取り早いだろう。


「少し時間が必要です」

「マイクのスイッチを入れろ。俺が引き延ばしてやる」

 ブリッツが姿の見えぬ侵入者に話しかける。

「トウマ・カガリ、で良かったよな。よくここまで来れた。驚きだ」

 反応を待つが声は聞こえない。だが、まだ通信は繋がっている。

「腹を立てているのは分かるよ。逆の立場なら、同じ気持ちだ。こんな無謀なことはしないけどな」


 まだ反応はない。

「許してほしいとは思わないが、理解してくれ。これはビジネスだ。俺たちは、依頼を遂行しただけ。恨みはない」

『ビジネスだ? お前ら、筋を通してねぇだろうが。ジェニファーをこっちて引き取る』

 ジェニファーはすでにここにはいない。だが、素直に言っても信じないだろう。それに、この身の程知らずはここで始末する必要がある。生きていることがシュウイチに知れれば、依頼の失敗がバレてしまう。

「それは困るな。ジェニファー・パックは本来、うちの商品だ」


『お互いに無駄な血は流す必要はないだろ?』


 この男は頭がおかしいのか?

 余裕を滲ませる言葉に、ブリッツは腹を立てる。調べでは、ゲイリー・フォノラズの影に隠れて甘い汁を吸う寄生虫のような男だ。貧相で見窄らしいそんな男が、この状況で何を粋がっているのか。ゲイリー・フォノラズのそばにいすぎて、自身も特別だと錯覚してしまっているのだろう。

 雑魚はどこまでいっても雑魚。

 いや、落ち着け。

 どんな手品かは知らないが、実際にここまで侵入している。それなりの隠密能力は高いのかもしれない。


「ボス。居場所が分かりました。20階の中継ルームです」

 

 プログラマーの一人がついに、場所を特定する。

「映像を出せ」

 正面の複数のディスプレイに件の部屋が映し出されるが、そこには誰もいない。何の異変のない光景だ。しかし、冷静に考えればおかしな映像だった。

 そこは中層階の者たちに指示を伝える重要な場所。見張りの休憩スペースとしても活用され、何人かは常駐するようにしていた。それなのに映像には誰も映っていない。ただ、そんな違和感を察知できるのは、こうして緊急事態だからだろう。いつも通りの静かな日常の中で、この変化に気付けるかと言えば、それは難しい。

「フェイクの画像を貼り付けていますね」

 コンピューターのキーを叩くと、画像は一瞬砂嵐が入り、画が変わる。そこには見張りと思われる者たちが床に倒れており、奥のデスプレイの前にはスーツの男の後ろ姿が見える。

「見つけました。こいつです!」

「すぐに、兵隊を向かわせろ。ありったけな」

 そこに映るトウマは、カメラに背を向けながら、背負ったリュックを台に置き、中の物を並べている。そして、ボロボロの上着を脱ぐと、弾倉ポーチやホルスターのついたタクティカルベストを着用し、台の上に並べた物を収めていく。

 着々と準備を整えているようだが、丸見えである。

 ブリッツはそんな様子に嘲笑しながら、オフにしてあったマイクをオンへと切り替える。

「OKだ。こちらとしても血を流すのは避けたい。お互いファーストコンタクトは最悪だったが、これから良好な関係性を築こうじゃないか。お前のその無謀ともいえる勇気に免じて、ジェニファー・パックを引き渡す」


 時間稼ぎだ。手下が配置につくまではその場にいてもらう必要がある。

『そうこなくっちゃな。Win-Winの関係で行こうぜ』

 すでに自分の居場所がバレているとも気付かず、呑気なものだ。

 手下は突入の準備を済ませたとの連絡。

 ブリッツは片手で首を切るようなジェスチャーをする。

 決行だ。


「だがな。一つ大事なことを忘れてねぇか? 世の中は金だろ?」


 部屋の前で待機していた武装した者たちが、中継ルームの扉を吹き飛ばして中へとなだれ込んでいく。


「人を買いたきゃ、金を持ってくるのが筋ってもんだろうが!」


 ブリッツの荒々しい口調を搔き消すように、けたたましい銃声が通信機から聞こえる。……が。

 目の前のディスプレイの映像に変化がない。

 相変わらず、トウマの後ろ姿が見える。手下が踏み込んだ姿も、発砲する光景もない。

 部屋を間違えたのか? そんなはずない。


 すると、地鳴りのような振動がビル全体に響き、同時に先ほどまで聞こえた通信機からの音がノイズ交じりになって消える。

 そして、部屋にある全てのディスプレイが、ブリッツたちがいるマザールームの画に移り変わっていた。


『金が欲しいのか? だったら、小切手きりにそこまで行ってやるから、待ってろ』


 その言葉を最後に、館内放送は切れる。


「何が起きたんだ?」

「システムを乗っ取られました」

 青ざめた顔のプログラマーが、ブリッツへ振り向いて答える。

 館内放送の発信源の探索を逆に利用され、マザーシステムを乗っ取られた。ブラックアウトしたディスプレイ、そして部屋の明かりも消える。恐らくはビル全体の電気の供給を遮断された。予備電源に移行するしばらくの間は、赤い非常灯が室内を照らす。

「20階に送った連中は?」

「連絡が取れません」

 ビルのシステムを奪われた以上、20階で何が起きたのか把握できない。

「常に通信機をオンにしておくように言え。このビルにいる連中を総動員して奴を見つけだして殺せ。いいか、何としてでも殺せ!」

 ここまで好き勝手されては面目丸つぶれだ。

「ヴァルカン。どこへ行く?」

 バーカウンターにいた全身刺青だらけの男・ヴァルカンは、ブリッツのやり取りを見ながらゆっくりと椅子から立ち上がり、歩いていく。

「最初は雑魚だと思ってたが、なかなか骨のある相手みたいだ」

 戦いに飢えたような笑みを浮かべ部屋を出ようとする彼を、呼び止める。

「ブラックオックスがそろそろ戻ってくる。無理に深追いだけはするなよ」

 トウマにはかなり腹が立つが、ここまでされれば相手の力量を自分が見誤っていたことにくらい気付く(ただ、ビル全体の人間を相手にどうこうできるとは思えないが)。

「心配するなよ。ボス。ブラックオックスに任せるまでもねぇよ」

 ヴァルカンは見せつけるように両掌に炎を纏いながら、部屋を出て行った。

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