第7話②:誘拐犯
幽玄区のブリキ屋。
相変わらず客のいない店内に、通信のベルが鳴る。
「はいはいはい。ったく。御飯時にかけてくるかね」
バージンはちょうど温め終えて湯気のたつ昼食とベルを交互に恨めしそうに眺めると、箸を置いてイヤフォンの通話ボタンを押す。
「はい、どうも。揃えられるモノなら何でも揃える。無くした物、足りない物、欲しい物、何でもかんでも取り揃える『ブリキの木こり』でおなじみのバージンです」
店の口上を流れるように言うバージンは、煙草を咥えて火を点ける。
『おお、俺だ。ちょっと頼みが……』
通話先から聞こえてきたのは、聞き覚えのある客の声。
トウマだった。
「ご用件のある方は、ピーという発信音の後に簡潔にお願いします」
『留守電の真似すんな! 大事な要件だ』
「はーん? そりゃ、大変でしょうよ。厄介事はごめんよ。しかし、よく生きてたわね」
紫煙を吐き出しながら半笑いでバージンは感心する。
『どういう意味だ?』
「事務所の件じゃないの? あんたの事務所、消えたわよ」
『どういう意味でだ?』
「言葉の通りよ。どっかのバカたれが市内でボムを使ったのよ。あんたの事務所のあったビル。今、更地になってる」
『あぁ、だからゲイリーと繋がらねぇのか』
通信の向こう側でトウマは悪態を吐いている。珍しく余裕がない。
「で? 別件ってことなら、何?」
『ちょっと喧嘩を吹っ掛けられてな。そいつらの素性を知りたい』
「無視すれば? 余計な争いなんてらしくない」
『そうも言ってられねぇ。ジェニファーを連れて行かれた』
トウマの声には苛立ちが混じっているのにも、納得する。
「それで、そいつらの手がかりくらいはあるんでしょ?」
『1人は毒針を使ってきた。特殊な毒だったから、それを販売してる店に来てる。これから顧客リストを送るから、俺の言う特徴に一致する奴を調べてくれ』
「はいはい」とバージンが答えるよりも早く、彼女のコンピューターにトウマからリストが送られてくる。膨大な量だ。ため息が出てしまう。
相手の特徴をトウマから聞き出すと、複数あるキーを高速に叩き始める。目まぐるしい勢いで、リスト内の名前の情報で検索をかけていく。
「このリストって、8番街のドラッグ店の? よくこんなの渡してもらえたわね」
『丁寧にお願いしたんだ』
「私、そのお店から何度か依頼を受けたことがあるの。大事にしてよね」
『当然だろ。ゲイリーと一緒にすんな。相手に触れたとしても、撫でる程度さ』
「……どうだか」
まったく信用してない声色だった。
「ホントだ。語り合えば、大概のことは分かり合える。そうだろ?」
カウンターの上に腰を下ろすトウマは、医療キットから注射器を取り出し、体の裂傷に打ち込みながら、店内に問いかける。
返答はない。
ライトは砕かれ、棚は破壊。薬品は床にぶちまけられている。その上に重なる様に、何人ものガラの悪い者たちが昏倒している。そしてカウンターの正面には店主が顔を腫らして白目を剥いて失神していた。
誰一人、しばらく目を覚ましそうにない。
「こいつらシャイでしゃべらないが、頷いてるぜ」
傷の手当てをしていると、バージンからそれらしき情報を見つけたらしい。
『こいつじゃない? チビで、キザで、赤いステッキを持ってる奴』
送られてきた画像の顔は、ジェニファーを連れ去った男だった。
『こいつの名前はブリッツ。人身売買を生業にしてる集団のリーダーね。記録を見る限りだと……腕はいいみたい。最近はかなり勢力を増やしてる』
「一緒にいたノックは?」
『んー。手から炎を使う奴ね。ヴァルカンだと思う。データ、全部送ろうか?』
バージンがそう言うと、トウマの端末に大量のデータが送られてくる。そこには連中のアジトとして利用する場所もある。
廃墟が立ち並ぶゴーストタウンの建物だ。
「サンキュー、助かったぜ。この情報料はツケといてくれ」
トウマの十八番だ。
『はいはい。それで? 他の準備は?』
「こっちで揃えてる保管庫の武器を使う」
『これから攻め込む気?』
「時間をかけたら、ジェニファーを見失うかもしれんからな」
『でも、どうするのよ。ゲイリーなしでしょ? 手伝う?』
「一人でいい。まぁ、なんとかするさ」
小さく笑うとトウマはポケットからタブレットを取り出し、中身の錠剤を直接口に放り込む。ドープによる這い上がってくる高揚感と、血流が逆流するような感覚。そして、体の痛みが薄れていく。
『それから、ブリッツの部下で、ブラックオックスっていう暗殺集団がいるみたい。彼らの中では最強のチーム。かなり厄介そうだから気を付けてね』
「心配してくれんのか?」
『ツケを払いきってもらうまでは生きててもらわないと困るからね』
「優しい言葉に涙が出るよ」
彼女なりの心配の言葉に笑みをこぼしながら、手当てのために脱いでいたシャツとジャケットを着なおして、メガネを外した。
☆ ★ ☆
何でも屋の事務所は跡形もなく消し飛んだ。
まるで初めから何もなかったかのように。
あらゆるものを分解してしまうボムは、見事に事務所のあったビルだけをこの世から消し去った。
騒然とする周囲には、好奇心と恐怖が混ざり合っている。
ビルの跡地には動く影は一つもなく。生存者は絶望的だろう。
『やっぱり、ちょっとやりすぎだったか?』
光学迷彩によって姿を消しているブラックオックスのリーダーが呟く。
ボムはゲイリー殺害用に、クライアントの男から譲り受けた物だ。自らの力では太刀打ちできないと分かったことで、任務遂行に取れる選択肢はなかった。
とはいえ、市内での使用は目立ちすぎる。
『仕方がないさ。こうでもしなけりゃ、あの化け物は死なねぇよ』
ブラックオックスの仲間がリーダーの肩を叩く。周りの者たちも同じ意見だろう。
ボムを渡された時には何を大袈裟なと笑ったものだ。しかし、事務所で圧倒的な力を目の当たりにして、正しい判断だと思い知った。
路地裏に隠した大型のバンへと引き返す。報告は済ませた。しばらく周囲を伺うが、自分達に繋がりそうな証言をしている者はいない。あとは帰還するのみ。
『しかし、あれで死んでないってことはないよな?』
迷彩機能を解除し姿を現すと一人がぼやく。
『やめろ。縁起でもない。生き残れてたとしても、ただでは済まないさ』
『そうだ。らしくもねぇな』
考えたくもない可能性に身を震わせ、努めて明るく返しながらバンの後部扉を開き乗り込もうとして固まる。
あり得ないものがあった。と、いうより座っていた。
一番奥に人影。
それもそいつは一糸纏わぬ姿で鎮座する。
ゲイリー・フォノラズ。その人だ。
開かれた扉から入る光が、彼の美しい顔や肌を不気味に照らす。
「入ってこいよ」
なぜここに?
そんなことを考える暇も与えることなく、ゲイリーは人差し指で招く仕草をすると、ブラックオックスたちは見えない力で引っ張られてバンの中へと引き摺り込まれる。
そして扉は、外からの光を遮断するように虚しく閉まる。
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