第7話:ゴースト・マンション

第7話①:クライアント

 そのビルは建て増しを重ね、歪な形でそびえ立つ。

 いつ建てられたのかも定かではないほど、老朽化が進んでおり、外壁の色はすでに剥げ、コンクリートにヒビも見られる。中は不気味な光で薄暗く、張り廻った配管からは水が滴るためジメジメとして気持ちが悪い。


「はなせ! はなせよ! こんなことしてあんたたち、ただですむと……」


 両脇を屈強な男に抱えられたジェニファーは引きずられるように運ばれていた。

 頭部にはヘッドギアが取り付けられており、視界が遮られている。

 少女の叫びも空しくビルの廊下に反響して消える。抵抗など無意味だ。どれほど強がってみせても、両脇を掴む男たちからは嘲笑が返ってくるだけだった。

 言葉を最後まで続けられない。

 トウマの最後の姿を思い返し、身を震わせて、言葉に詰まる。


 生きているだろうか?

 トウマが死ぬはずがない。

 でも、仮に生きていても、無事では済まない。

 助けに来てくれるだろうか?


 ムリかもしれない……。


 力なく項垂れるジェニファーは、そのままビルの奥へと運ばれる。



 その一室は、ビルのイメージとは異なり、かなり豪華な内装だった。

 合成物ではあるが毛皮の絨毯に、革張りのソファー。壁には絵画、高い天井にはシャンデリアが掛けられている。ただ統一感はあまりなく、どれも部屋とはマッチしていない。ただ高価な物を詰め込んだ歪さがある。また、いくら派手に飾っても、ビル全体が持つ陰湿さは払しょくされず、逆に薄暗くジメジメした雰囲気が強調されてしまっている。


「この度は、スズキさんにご足労いただき、誠にありがとうございます。そして、大変ご迷惑をおかけいたしました」

 トウマを襲撃した集団のボスである低身長の男は、ソファーの対面に腰を下ろすスーツの男に頭を下げる。

「いえいえ。いいんですよ。こちらも無事に荷物が頂けば」

 黒スーツに黒縁メガネ、黒いネクタイに、黒い手袋と全体的に黒い男は、貼り付けたような笑みを浮かべて物腰柔らかに返答する。髪はきちんと整えられており、イメージは高給取りのビジネスマンと言った出で立ちだ。

 この男は、世界を動かすメガ・コーポの一つ、プロメテラスの中でも勢いのある下部組織に属している。

 シュウイチ・スズキ。

 男はそう名乗った。


 完全な上位者としての立場から微笑むシュウイチに、頭を下げているボスは舌打ちをしたくなった。もちろん、そんなことはしないが。


 ジェニファー・パックという希少な人材を入手して、シュウイチの属する組織に引き渡すことが、彼らの受けた依頼だった。そして、それは1度完了している。列車事故は引き渡しの後のことであり、彼らからすればすでに関わりのないこと。

 ところが、相手が強大であれば、そんなことも言ってられない。理不尽にも責任を取らされ、かなりの損失を被った。

 そして今回は、クライアントに迷惑をかけたことに対する謝罪の意味も込めて、無償で働かされている。

 彼らに断る選択などない。舌打ちの一つでもしたくなる。


 が、悪いことばかりではない。

 ジェニファー・パックの引き渡しが済めば、前回切れてしまったメガ・コーポとのパイプも復活する。これ以上に無い、上客であることには変わりはないのだ。

 ボスは自分に言い聞かせながら笑みを作って、頭を上げる。


「しかし、お借りした代物は本当に素晴らしいものです。ゲイリー・フォノラズに向かわせた者たちからも無事に成功したと、報告が」

「そうですか。それは良かった」

 シュウイチが足を組んで上機嫌に答えると、ちょうどジェニファーが運ばれてくる。

「あぁ、彼女ですか。他者を強制的に操作するノック。それもかなり強力な逸材」

 座らされたジェニファーは、ヘッドギアで視界の無い中、不安そうに周囲を窺う。

 シュウイチは目を輝かせながら近づくと、ポケットから輪っか状の機器を出して少女の首に取り付ける。そして、ヘッドギアを外した。

 視界に光が戻ったのと同時に、抑えつけられていたジェニファーの反撃の感情が呼び覚まされる。

「スズキさん、何を!」

 少女の力の恐ろしさを知っているボスは、彼の行動に驚いて声を上げる。ヘッドギアによって力を抑制していたから安全なのだ。前回の引き渡しの際は、ボスは参加してなかったが、かなり痛い目にあったと部下から報告を受けている。

 その大事なヘッドギアを何気なく取ってしまった。

 身構えたボスや彼の部下たちだったが、起きた出来事は予想に反していたため一層目をむいた。


 ジェニファーは泡を吹いて床で痙攣していた。

 苦しそうに口をパクパク開けるが、そこから悲鳴は漏れてこない。

 

 能力を発動したのと同時に、脳に直接電流を流され感覚に目の前はスパークし、喉を圧し潰すように締め上げられ呼吸もできない。

「その首輪は、いわば孫悟空の緊箍児(きんこじ)さ。能力を発動する際に出る特殊な脳波を検知すると、君を苦しめる」

 首輪の締め付けから解放されたジェニファーは、噎せながら荒く息を吸い込んで身を震わせていた。シュウイチは少女の前にしゃがみ込みながら、笑みを消さずに説明を続ける。

「僕はね、君と仲良くしたいんだ。出会い方は良いとは言えないが、うちの会社は君を高く評価している。君が協力的なら、これまで経験できないような暮らしが待ってる。別に君にとっても悪い話じゃない」

 優しく話すシュウイチに、ジェニファーは少し驚いた感じに涙で濡れた目を向ける。怯え切った少女の瞳を、表情を変えることなく見つめ返す。

 なぜだろうか。一瞬、目の前の男とトウマが被って見えた気がした。

「だが、もし君が反抗的な態度を取るのであれば」

 シュウイチは手の中のスイッチを入れると、首輪が作動。ジェニファーは悲鳴も上げる暇も与えられずに、また床をのたうち回る。


「小便を無様に垂れ流すまでこれを続ける。賢く生きろよ。ノックが」


 苦しみもがく少女を前に冷ややかな目で見下すシュウイチの声は、先ほどまでとは打って変わって冷たく無機質なものだった。

 これがシュウイチの本性なのだ。

 近くでその光景を見ている一同は、咄嗟に理解し、背筋を凍らせた。


☆   ★   ☆


 砕けた壁に突き刺さる様にある燃え上がるバス。

 周囲には多くの野次馬が集まっている。

 そんな大衆が見ている中、バスと壁の隙間から出てくる人影があった。

 どう考えても生存者がいるような事故ではない。

 驚愕に瞠目する中、その人影はよろけながらもしっかりと自分の足で歩いている。

 

「やってくれたぜ」


 荒い息を吐きながら、トウマが自分が這い出てきた事故現場に視線を向ける。

「うぅっわ。よく生きてたな」

 自分でもビックリだ。

 耐熱素材を仕込んであったスーツのおかげで炎から身を守れた。ホント、ケチらなくて良かったと、過去の自分に感謝する。

 ただ体中怪我だらけだ。頭からもかなり血が出ており、口の中も鉄の味がする。スーツは所々破れているし、バスを押した手袋は熱で焦げてしまった。買いなおさないとダメだ。

 見渡すも野次馬だけでジェニファーの姿は当然ない。

「ホント、やってくれたぜ」

 怒気の籠った言葉を吐き捨てながら、手の中にある針状の弾丸に目を落とす。

 低身長の男が撃ち込んだ物だ。体に触れる寸前で掴んでいた。

 先端を舐めると舌が痺れてくる。

 予想通り、毒だ。

 トウマは煩わしそうに、血だらけの唾を地面に吐き捨てると心配する野次馬の言葉に反応することも無く、彼らの間を縫って進んだ。

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