第6話④:迎え
「ジェニファー・パックを引き取りにまいりました」
時が止まったように思えた。これまで事務所に誰かが訪ねる度に、その言葉を恐れていた。
「輸送中に不手際があったようで、ジェニファー・パックの保護。まことに感謝します」
頭を下げる低身長の男に、トウマも虚を突かれたようで反応に困っている。
「彼女は事故で死亡したとばかり。生きていてよかった。ようやくクライアントにいい報告ができます」
「そう、ですか……。私共も護衛の依頼を受けたはいいのですが、あの事故で連絡を付けられず……」
ニコやかに笑う低身長の男にトウマは戸惑っているようだった。
「そうでしょうね。まずは、長期にわたり預けてしまったことに深くお詫びを。恐らくは未払いとなっている報酬に加え、謝礼と彼女にかかった費用をお支払いします。何なら、今ここで小切手を切っても構いませんよ」
「それは、ありがとうございま……」
「わたし、いやだから!」
頭を下げかけるトウマの言葉を遮って、ジェニファーが叫んでいた。
「わたし、行きたくないから! とうま、お金なんかで、わたしをわたさないでよ」
「いや、でもジェニファー。こうなるとなー」
トウマの言葉は歯切れが悪かった。ジェニファーはあくまでも、依頼によって知り合っただけの関係だ。持ち主が分からなくなったから、依頼品を手元に置いておくのと同じ。
そんなことは、分かっていたはずだ。だから、いつも心のどこかで焦っていた。いつか来るであろうこの瞬間に。
「別にお前にとっても悪い話じゃない。今よりいい暮らしができるかも」
「そんなのわかんないじゃない! とうま、ことわってよ」
咄嗟に掴みかかろうとしたジェニファーに、トウマは半歩身を引いた。それは狙った行動ではなく、思わずとってしまったもの。ショックを受けるジェニファーを見て、後悔の表情を浮かべたことからもうかがえる。
「もう、いいよ!」
背を向けて、怒りをあらわにソッポを向くフリをしながら、彼女は目を閉じて数字を数える。この苛立ちが静まるのを待つために。
「あの、すみません。少し話す時間をくれますか。説得しますので。この子の荷物もありますし、後日改めて、事務所に来ていただいても?」
「もちろん、構いませんよ。こちらも無遠慮にいきなり訊ねて申し訳ない」
そう言いながら、低身長の男は吸引機にカプセルをセットして、吸い込む。
ペコペコと頭を下げるトウマに男は笑顔を崩さず話し続ける。
「こちらとしては、ジェニファー・パックを確保し、無事に送り届けることができれば良いのですから。しかし、そんなに時間はないですよ」
ステッキを捻る。
「どのみち、クライアントからはあなた方の処分も言われてるので」
ステッキを持ち上げると、小さな破裂音と共にトウマに向かって高速で何かが飛んだ。
咄嗟に体を逸らすも避けることはできない。大きく仰け反ったトウマの胴体に、強烈な衝撃が走る。
瞬間移動でもしたような速度で距離を詰めた低身長の男の肘が、トウマのみぞおちにめり込んでいた。この強打にトウマも息が詰まり、体をくの字に折り曲げて後方へと吹き飛ぶ。
「え? と、とうま?」
何が起きたのか理解できないジェニファーが振り向くと、勢いよく突っ込んできたバスと道に弾き出されたトウマが衝突するところだった。
耳を覆いたくなる衝突音。
バスはそのまま壁に突っ込んで停車する。中からは全身にタトゥーをした男が降りる。
「あっけな」
半笑いで呟くと、彼の両手からは炎が噴きあがる。そしてバスに触れると、炎は勢いよく燃え移り火柱を上げるほどに。
「オーバーキルだろ。私の毒針だけでも致命傷だ」
「念には念のためですよ。ボス」
低身長の男は軽薄な笑いを浮かべ、タトゥーの男は楽し気に笑った。周囲の者たちも声を上げて笑っている。
そんな中、ジェニファーだけが未だに理解が追いつかず、呆然と燃え上がるバスを見続ける。
私は何を見ているんだ?
そう思っているジェニファーは、視界を遮るように、何かを被せられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます