第6話③:解放
ジェニファーは、ため息を吐いた。
目の前を保護されたアニマルが次々とポリスに運び出されていく。
街の外れにある廃工場が窃盗集団のアジトだった。
光も通らない暗い室内には、粗末な檻が積まれており、換気のされていないせいでアニマルの排泄物、食べ残りや力尽きたアニマルの腐敗で酷い臭いがする。
ジェニファーとトウマが、カフェで自供した青年に連れられ、踏み込んでから時間が経っているが、まだ強烈な臭いは室内に漂っている。
ジェニファーは再び大きなため息を吐く。
やってしまった……。
感情をうまく制御できなかった……。
窃盗集団は、高値で取引されるアニマルは売却、売れ残りは体に施された技術を剝ぎ取ってパーツとして売りさばいていた。
ジェニファーが踏み込んだ時、アニマルたちは暗く狭い場所に押し込められ、酷い仕打ちに怯え震えていた。その暗い視線が、少女に向けられた。同時に、彼女の共感覚の能力によって、アニマルの感情も一緒に流れ込んできた。
あれは怒りと言うよりも、狂気に近い。
一瞬で、ジェニファーの視界が暗転した。
気付いた時には、窃盗集団が仲間同士で傷つけあっていた。駆け付けたシティ・ポリスによって取り押さえられるまで、彼らの暴走は続いた。
少女の能力は感情に大きく左右されるため、感情の爆発による暴走が起きることも。また、強すぎる能力ゆえに、意思に反して不意に発動したこともあった。
年端もいかない彼女には、大きすぎる力なのだ。
そのため、彼女の力を知る者は、必要以上に彼女に触れることはない。
触らぬ神に、なんとやらだ。
最近ではうまく扱えるようになってきたと思った矢先に、今回のこれだ。
少し離れた所で、トウマがコートを羽織るポリスと何かをやり取りしてから、少女の元へと戻ってくる。
「ここはもうポリスに任せた方がいいな。残念ながら、マダムのアニマルはいなかったみたいだ。窃盗団の連中にも聞いたが、見たことないらしい。ってことは、今回の窃盗事件とは関係ないかもな」
トウマに従ってジェニファーも廃工場を後にする。
「とうま、ごめんね。わたし……なんか」
「気にすることはない。あいつらはやられて当然のクズだ。それに誰も死んでなみたいだから、今回はセーフだ。ポリスの旦那には、集団ヒステリーの線を推しといたけど、まぁ、信じてないわな」
落ち込むジェニファーに、トウマは明るく励ます。
「お前は周囲の感情を強く受け取ってしまう。それがアニマルにまで及ぶと把握できなかった俺のミスでもある。悪かったな。嫌な思いをさせて」
優しい言葉を投げかけるトウマに、ジェニファーは俯いたまま首を横に振る。
「感情の制御は大人だって難しいんだ。ゆっくり身に付ければいいんだよ」
隣を歩くトウマは優しく微笑む。
しかし、そんなトウマでも、少女の能力を警戒している。手袋をした手ですら、彼女に触れることはほとんどない。
ジェニファーは隣を歩くトウマの手に視線を向けるが、すぐに逸らす。手に自分が触れた時、もしも彼に避けられたらと思うと胸が苦しくなる……。
何もかもうまくいかなかった。
検討違いな推理をして、能力に振り回され、おまけに猫紛いも見つからない。
「また、さがさなきゃね」
「マダムのアニマルのことか? 一応、手は打ってあるよ」
トウマのセリフに首を傾げる。
「あのぽりすの人はだれ?」
「旦那は俺たちに仕事を回してくれたり情報をくれたりするんだ。かなり、ピンハネされるけどな。旦那からアニマルの窃盗集団の調査を依頼されてた。マダムのペット探しと内容が被りそうだから、丁度いいかと思ったんだよ。ジェニファーなら自白も引き出せるしな」
だからトウマは真っ先に、怪しいと睨んだカフェに行くことを提案した。初めからペット、猫紛いなど探す気などなかった。トウマにとって、少女の依頼など、ついでのレベルなのだ。
分かっている。同時に並行できそうだからトウマは依頼を引き受けたのだ。ペット探しを軽んじてるわけではない。でも、どうしてか少女の心はモヤモヤする。ザラついたヤスリででも擦り付けられたように、胸が痛い。
ジェニファーは目を閉じて数字を数える。そういった暗い感情がスッと心の奥へと引いていくのを待ってから、目を開いて、トウマを見上げて笑って見せる。
「気をとりなおして、ちょうさのつづき。わたし、がんばる!」
「そうだな。だが、もうすぐ昼だ。まず事務所に帰ろう」
機嫌が治ったと思ったトウマも安心したように笑みを浮かべる。
2人は巡回バスの停留所で足を止めた。
彼ら以外に待っている人はいない。
「何食べたい?」
「ぬーどる」
「ホント、好きだな。昨日食べただろ」
「まいにち食べても、あきない」
「麵以外にしようぜ」
「やまもり屋さんのやきビーフンは?」
「ああ、ばあさんの店な……麺じゃねぇか!」
「とうまは、ちがうの食べればいいじゃない」
「お前、あそこのビーフン、一皿食えねぇだろ。あそこのばあさん、視覚センサー狂ってるのか、一人前が一週間分くらいの量なんだよ」
「でも、おいしいよ」
「まぁな」
いつもと変わらぬ何気ない会話に、先ほどまでのモヤモヤも少し晴れてきた。そんな笑い合う2人の背後から声をかけられる。
「もし。トウマ・カガリさんでよろしいですかな?」
そこにはステッキを持った背の低い男が何人かを引き連れて立っていた。
上品そうな口調、上品そうな服装だが、それは見せかけだけ。
本性は周囲に連れるガラの悪い連中と同じ。雑踏区ではあまりないが、幽玄区などでは見かける人種だ。少人数のチームから、大人数の組織まで、多くの犯罪集団がある。その中の一つだろう、とトウマは推測する。
が、呼び止められる理由が分からない。見たことのない顔だ。もしかしたら、どこかの依頼で恨みを買っているかもしれないが、その場合は思い当たる節が多すぎて逆に絞り込めない。
「そうです、けど。なんでしょうか?」
いつものビジネススマイルを顔に貼り付け、できるだけ相手よりも弱そうに身を小さくして訊ねる。
ジェニファーは緊張で心臓が高鳴る。
相手がもし敵の場合でも、切り抜けられないとは思わないし、トウマだって当然負けるはずはない。合図が出れば、全力疾走で逃げられるように身構えておく。
しかし、低身長の男の言葉は、予想外であり、そして少女の血の気を引かせるものだった。
「ジェニファー・パックを引き取りにまいりました」
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