第6話②:迷探偵

 最初に向かったのは、金持ちがさまざまなデザイナーズ・アニマルを連れてお茶を楽しみ、歓談に花を咲かせるお洒落なペットカフェ。

 聞き出したマダムの行動の中に、この店が入っており、猫紛いが姿を消したのはここを出てすぐのこと。行方の手がかりや、目撃者がいるかもしれないと、トウマが決めた。


「こんなペットなんですけど、しりませんか? ここにも来てるはずなんです!」

 ジェニファーは猫紛いの画像を女店長に見せるが、彼女は「分からない」と首を横に振る。

「ごめんなさいね。お嬢ちゃん。ここには毎日、たくさんの子(アニマル)が来てるから」

 ショートカットでズボン姿の女店主は、ジェニファーの可愛らしい姿に笑みがこぼれている。この店に来る途中にも、猫紛いについて通行人に尋ねているが、全員、彼女と同じような反応で真摯に答えてくれた。

 少女の外見が成せる業だろう。

 これがトウマだったら、こうはいかない。

 質問の収穫はないが、ジェニファーの顔はかなり得気だ。


 今回も困った顔をするジェニファーに、店長が慌てて付け加える。

「でも、もしかしたら専属にお世話をするスタッフなら」

 そう言って、店長は客からニコやかな笑みを浮かべてアニマルを受け取る青年を呼んでくれた。

「彼はお客様の要望があれば、トリミングや健康面のチェックなども承っているの。だから、この店では一番、アニマルに詳しいわ」

 紹介をしてくれた青年にも画像を見せると、少し食い入る様に見つめてから興味を無くしたように視線を外す。

「このアニマルは確かに何度かお店でお見かけしましたが、それぐらいしか知りませんね」

「こ、このあたりで、いなくなったみたいなんです! すとりーととかで見てないですか?」

「ストリートでこんなのがいたら、目立つでしょうから。話題になりそうですけどね。僕は見てないなぁ。店長は?」

「私も、この子は見てないわ。猫をモデルにした子は警戒心が強くて臆病な子が多いから、一度逃げたらなかなか捕まらないの。きっとどこかに隠れてしまっているのね」

 2人とも店では見たことはあっても、店の近辺で見たことはないようだ。本当のことを言っているっぽいので、ジェニファーの能力を使うんでもないだろう。

 しかし、青年の言った通り、目立つ外見なのに姿を見た者がいない。

 厄介だ。どこを探せばいいのか、ジェニファーには見当もつかない。

 こうなったら、手当たり次第に人に聞きまくって、隠れていそうな場所を片っ端から見ていくしかない! 草の根分けても、というやつだ。


「最近は、アニマルの窃盗が頻発しているらしいですね。ご存じですか?」


 捜索の手順を頭の中で考えていると、一歩下がった所にいるトウマが口を開いた。

 店長と青年はいきなりの質問に面食らいながらも頷く。

「は? えぇ。もちろん、知っています。それが何か?」

「いえ、ここは珍しいアニマルがいつも集まっているようでしたので」

 棘を含んだトウマの言葉に、店長は不快感を顔に表す。

「失礼ですが、当店ではお客様だけでなく、お連れの子にとっても憩いの場を提供しています。あらゆる点で粗相のないよう徹底した管理をスタッフ一同心がけています。それで、何が言いたいのでしょうか」

 先ほどまでとは打って変わって険悪なムードが漂う。

 それも当然の反応だ。いきなり疑っているような質問を投げかけたのだから。

「とうま。何を……」

 いや、待て。

 トウマの言う通りこの近辺でペットの窃盗が頻発しているのなら、逃げたのではなく誘拐された可能性もある。

 言われてみれば、あれほど目立つ存在の目撃情報がないのもおかしな話だ。

 確かに、この店には珍しいペットが集まる。猫紛いも来たことがある。


 でも、この店で消えたわけじゃない。店を出てからストリートで、少し目を離した隙にいなくなった。

 だから、この店は無関係……とは、言い切れないんじゃないか?


 つまり…。


 つまり……。

 

 煙が出そうなくらいに頭を高速に回転させ、顔を真っ赤にしながら考えるジェニファーは、一つの結論に達して雷に打たれたような衝撃が走る。


「そうか!」


 ジェニファーがひらめきの声を上げる。

「分かったわ。すべてね!」

 フッフッフと自分の考える一番カッコいい立ち方をしながら、ジェニファーは不敵に笑う。ひらめいてしまった自分が恐ろしい。

 完璧すぎる。天才かもしれない。

 つまり、この店に集まった珍しいアニマルに目星をつけ、タイミングを見計らって強奪する。ここに来たアニマルは1度スタッフに預けられる。その時に、GPSなどの防犯システムに細工することは容易い。

 猫紛いも、その被害にあった1匹と言うことだ。

「なんて、ひれつ。なんて、ひきょう。おてんとうさまはだませても、このわたしにウソはつうじないわ!」

 威勢のいい声は店中に響き渡り、客やスタッフはジェニファーに注目する。

「ペットをゆうかいするはんにんと、このお店はつながっている!」

「お、お嬢ちゃん。いきなりなんてことを言うの?」

 自信満々のジェニファーに、ざわつく店内、そして狼狽える店長。


 慌てている慌てている。


 ジェニファーはその様子に、自分の推理が正しいと確信を持った。

「まだむのペットをぬすんだせっとうはんとつながる、わるい人は……」

 ゆっくりと溜め、ビシリと指をさして声を張り上げる。


「あなたです!」


 指を刺された店長は事態を飲み込めずに呆然としている。


 呆気に取られている。無理もない。自分の犯行を言い当てられたのだから。否定するだろうが、無駄な抵抗だ。彼女の能力の前では嘘は付けない。

 完璧な推理に胸を張るジェニファーだったが、店長に向けて突き出す腕をトウマがゆっくりと動かして修正する。

 その指の先は店長ではなく、アニマル専属のスタッフの青年へとズレる。


 ん?


「そう! お前が窃盗団の一味だな。目星をつけたアニマルに細工をするのも、お前なら怪しまれない。あとはアニマルを飼い主に返して帰らせれば、目印を頼りに他の奴らに盗み出させる。そうだろ?」

 トウマは青年に強い口調をぶつける。店内はさらにどよめいている。

 

 あれ? 間違えた? 店長さんじゃないの? この優しそうなお兄さん? なんで? 自信満々に言っちゃったけど?


「…………そーです! あなたです!」

 もちろん最初から分かっていたと言わんばかりに、少女はトウマに同調することにした。

「ほんと、さいてい!」

 耳の先まで熱い。


「何を言ってるんですか? いきなり失礼でしょ」

「アニマルの盗難被害者たちは、ここの利用者だ。まぁ、ここは有名らしいから珍しいことじゃない。ただ、どれもかなり珍しく高価な動物らしくてな。素人じゃ、その違いは分からない。つまり犯人はかなりの目利きができる人間だってこと」

 特に焦る様子の見せない青年に、トウマは眼鏡のレンズを服で拭きながら説明する。

「さらに、そういったアニマルは防犯もかなり厳重に施されている。そんなもんを短時間で解除するのは難しすぎる。だが、アニマルだけ無防備に預けられるここなら、それも可能だ」

「そうかもしれませんけど、証拠がないでしょ」

「そうなんだよな。結局、明確にやったっていう証拠がない」

「だったら……」

「でも、本人が正直に話してくれれば、それもいらないだろ?」

 トウマは眼鏡を掛けなおす。眉を顰める青年は、知らぬ間に手を握られていることに気付いて驚く。

 見れば、ジェニファーが青年の手を取り、ニッコリ微笑んでいた。

 吸い込まれるような美しく鮮やかな碧眼に、思わず見とれてしまった。

「『なかま』のわたしに、おしえてちょうだい」

 我に返った青年は、頭を振って手をはらいのける。

「何のマネだよ。俺がやったって話すわけないだろうがよ。金持ちどもは何も疑うことも無く俺にアニマルを預けてきやがる。バカだよな! あれ?」

 青年が自分の言葉に驚いて口を抑えるが、意思に反して言葉が漏れる。

「金のかかったアニマルは、高い値段で取引される。ここは宝の山だよ。選びたい放題だ。……なんだ? そ、そのメガネが言う通り、俺がアニマルを選定し、防犯システムを狂わせ、目印を付ける。……どうなってる? ハハ、顧客の情報もすぐに手に入るから、手薄な時を狙える。その上、ポリスはアニマル程度じゃ本腰を入れない。ボロいビズだぜ!」

 止めることができずに、どんどん自白する青年は、しまいには壊れたように高笑いをした。その異常な行為に店内は言葉を失い、店長は顔色を失っている。

「こいつ、わるいやつだったのか……や、やっぱりね!」

 ジェニファーは近づいてくるトウマに、強がって見せる。

 だが、こうなればあとは簡単だ。

 少女は青年の手をもう一度取ると、首を傾けてお願いする。


「ゆうかいしたペットをつれて行ったばしょ、おしえてー。おねがい。『なかま』でしょ?」

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