第6話:名探偵パック

第6話①:事件

 ジェニファーは微かな振動に揺られながら、バスの車内を何気なく眺める。そこは、自動走行で街中を巡回するバスの中。運賃も安いため、多くの住民の足として活躍している。

 座席に座っているジェニファーの前では、トウマが吊革を手に、くたびれたビジネスマンのような風態で立っていた。

 今日はジェニファーが、初めて自分で依頼を受けたとあって、少し緊張している。トウマはサポート役だ。


 事務所に届いた依頼のメッセージ。トウマが断ろうとしているのを偶然見かけて彼女が立候補したのだった。


 依頼主は金持ちのマダム。

 内容は突然いなくなったペットを連れ戻すこと。

 

 ジェニファーはマダムからもらった映像データを自分のタブレット端末で見る。

 そこには猫のような動物が映し出されている。『ような』というのは、その映像の中の存在が厳密に猫ではないからだ。色合いも容姿も普通のものではない。

 遺伝子操作やナノ技術を駆使して、飼い主の意匠を反映したデザイナーズ・アニマルだ。自由自在に生物を変異させることができる。お金をかける程、独創的で他には存在しないペットを作成できることから、金持ち同士のステータスの一つとなっていた。

 金持ちどもの道楽に付き合わされた可哀そうな被害者に、ジェニファーは胸を締め付けられそうな思いになる。

 紫色の毛並みには所々発光する場所があり、黄色い目は月のように美しい。そして体からは何本もの触手のような物が生えている。

 そのペットの猫紛いが目を離した隙にいなくなったらしい。体に埋め込まれているGPSチップも機能せず、戻る気配もないため、何でも屋に相談したわけだ。


 そして今は、猫紛いがいなくなった日の行動から、周辺を捜索しようと移動していた。

「いい? とうま。こんかいはわたしのお仕事なんだから! よけいなことはしないでね」

 正面に立つトウマに、ジェニファーは鼻息荒く言った。

 初めての自分の依頼とあって、やる気は十分だ。


 ペット探しなどやったことはないが、危険は少なそうだし、何となくできそうな気もする。トウマに自身の優秀さをアピールするチャンスでもある。

 だからこそ、サポート役にトウマが付いて来てくれるのは嬉しいが、あまり活躍されるのはよろしくない。あくまでも、自分の力で解決しなければ。

 自分も何でも屋の一員であると証明したい! 私でもお金を稼げる力はあるのだと。


 トウマは、そんなジェニファーの気持ちを知ってか知らずか小さく笑いながら「はいはい」と答える。今回の依頼に立候補した時も、同じような反応をした。

 それが少女には気に入らない。

 仮に相手がゲイリーだったら、そんな反応はしない。

 まるで信頼されていないような感じがして嫌だ。


 ジェニファーは今の生活が気に入っている。いや、正確には好きだ。

 トウマと買い物に行くのも、ゲイリーに邪険にされるのも、3人で並んで食事をするのも。ようやく手に入れた普通の生活だ。そりゃ、デスペレーターとして危ない仕事をして、死にかけることもあるが、それでも毎日が楽しい。


 今回の依頼。いなくなった猫紛いには、どうも親近感が湧く。身勝手に生み出され、利用され、縛られてきた存在。マダムは粘着質で鼻持ちならない、話していて窮屈な人だった。もし自由を求めて逃げ出したのなら、そのままにしてやりたい。見つけて、連れ戻したくない。


 ただそうも言ってられない。

 仕事は仕事だ。

 少女は何でも屋の新参者。しかも、成り行きで一緒に暮らしているだけに過ぎない。トウマにとっては家族でもなければ、ゲイリーのように相棒でもない。ただの居候。

 だからもっと活躍して、仲間として認めてもらわなければいけない。


 バスが目的の停留所に到着すると、降車する者が何人かいた。

「いい! わたしがかいけつしてみせるんだからね」

「了解了解。俺はサポート役だからな」

 念を押すように言うジェニファーと軽く返答するトウマの前に、小さな女の子と父親らしき親子が運賃を支払い降りていく。

 トウマがその後で運賃を支払っている時、何となく彼女の視線は親子へと向いた。

 バスのステップをぎこちなく降りる少女の手を掴む父親。そして2人は手を掴んだまま歩き去っていく。何気ない親子の光景だ。


「ジェニファー? どうした? 早く降りて来いよ」


 気が付くとトウマは支払いを済ませており、すでにバスから降りていた。

「うん」と慌ててステップを降り始める。

「急がなくてもいいぞ。危ないから、手擦りをちゃんと掴んでな」

「……うん」


 優しい言葉だが、何かモヤモヤする。

 ジェニファーはトウマの横まで来ると歯を出して笑って見せ、目的地へと歩き出す。

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