第5話③:退屈

 ゲイリー・フォノラズの日常を一言で表すのなら……。


 退屈


 それに尽きる。

 刺激に欠ける生活。やる気の起きない仕事。脅威に感じない敵。

 平坦な日常は、ゲイリーの琴線に触れることも、逆鱗に触れることもない。ただただ過ぎ去っていく。

 いつもイラついていた弟なら、暇すぎて暴れまわっていそうだ。その片鱗は、ゲイリーの中にもくすぶってはいるが、爆発させるほどの強さはない。

 また、そのうちトウマがどうでもいい依頼を受けるだろう。気分は乗らないが、暇つぶしには丁度いい。もしかしたら、そのうち楽しめる依頼も現れるかもしれない。


 ゲイリーは行きと同様に周囲の視線を受けながら、岐路に付いていた。

 事務所に着く頃にはちょうど昼食時だろう。もしかしたら、すでにトウマとジェニファーは帰ってきているかも。これまで食事は一人で食べることが多かったが、ジェニファーが来てからは何かと揃って食べることが増えた。

 彼女が事務所に暮らすようになった当初は、うるさいだけのチンチクリンくらいにしか思わなかった。すぐに関係者が引き取りに来ると、ゲイリーもトウマも考えていたし。だが、予想は外れ、少女は事務所に居座った。

 猫のように動き回り、小鳥のようにさえずる少女。加えて、コッソリ能力をかけようと試してくる鬱陶しさに苛立つこともあったが、さすがに慣れてきた。今ではあの耳障りな声が聞こえないと逆に所在を探してしまう。

 新しく居場所を見つけることのできた少女は、自分の存在価値をアピールするため健気にも走り回っている。あれはあれで必死なのだ。

 ゲイリーとしても、そういう姿を見るのは嫌いじゃない。

 まぁ、トウマがどう思っているかは知らないが。


 トウマと組んで何年も経つが、彼のことを実はよく知らない。決して過去を話すことはないし、いつだって本心を表には出さない。その場に適した感情、言葉を使い分けている。それも見透かされないように巧妙に。

 もっとも、本当にそれが正しい評価なのかは知らない。一緒にいて、何となくそう感じる程度の話だ。

 そんな不思議さが面白くて組み始めたが、未だに確信には至っていない。


 ゲイリーは見慣れたボロイ建物に入り、踏むと軋む階段を音を立てることなく上がっていく。部屋の前に掛けられた表札には『トウマ&ゲイリーの何でも屋』と掠れた文字が書かれており、その横に新しくインクで『&ジェニファー』と書き足されている。

 扉を開き中へ入ると、違和感に眉をひそめた。


 部屋の奥に置いてあるアンティーク・チェアに、知らない男が腰をかけている。

『こんにちは、ゲイリー・フォノラズ。あなたの命を貰いに来た』

 

 黒づくめの装備に覆面を被ったその人物から、機械的な声が漏れる。

 表情こそ分からないが、不敵に笑っているのが容易に想像できた。

 ゲイリーは持っている紙袋を脇の棚の上に置くと、無言で侵入者へと近づく。

 座っている態度から素人ではない。面と向かってゲイリーに啖呵を切る所を見ると、勝てる算段があるのだろう。だからここで待ち構え、罠を張っているはずだ。

 だが、そんなことは彼にとって些末なことだった。

『理由を訊ねないのか?』

 反応の薄いゲイリーに侵入者は、さらに口を開くも無言。


 彼にとって、命を狙われることは大した問題ではない。そんな輩は厭きるほど見てきた。

 どうせトウマがまた厄介なことを引き受けてのことに違いない。


 自分を殺しにきた。それは別にいい。

 勝手に事務所に侵入する。まぁ、それもいいだろう。

 だが、大事な椅子に、汚いケツを下ろす。不愉快極まりない!

 

 苛立ちを露にしたゲイリーが怒りモードに眉間にシワを寄せ、さらに一歩踏み出す。すると、いきなり視界に影が現れた。

 光学迷彩による透明化で、身を隠していたのだ。侵入者は1人ではなかった。不意に現れた影は、持っているサーベルでゲイリーの体を突き刺す。


 そして、次の瞬間。


 周囲からさらに4人が現れ、四方から彼の体に刃を突き立てる。

 完璧な不意打ちにゲイリーは反応できなかった。

 相手が持っているのは、ただの刃ではない。高速で振動させることで、あらゆる物を容易に切断、貫通する必殺の武器である。


『え?』

 気が付けば、最初に奇襲をかけた者が床に叩きつけられていた。


 驚いて目を向く一同の前には、長い髪を逆立てブチ切れ状態のゲイリーが牙を剥いていた。刃は全て、彼の体にはたどり着いておらず、見えない壁に妨げられたように止まって動かない。


「頭が高いぞ。お前ら」


 ゲイリーの一言と同時に、頭上からの圧力によってブレードは砕け、侵入者たちは床に押さえつけられる。

 残るは椅子に座る1人を残すのみ。


☆   ★   ☆


 事務所のある建物の脇。

 近隣からでるゴミ袋が積まれている場所に、黒装備の5人がボロボロになって無残に捨てられていた。

 息はしているようだが、痛みに呻いている。

 近くを歩く者たちは極力目を合わさないように通り過ぎていく。

 先ほどゲイリーたちの部屋に侵入していた者たちだった。

 抵抗空しくボコボコにされて、窓から捨てられ、今に至る。

『信じられねぇ』

 椅子に座っていた侵入者が驚きの声を漏らす。

 これでも自分たちの力にはある程度の自信があった。が、まるで赤子の手を捻るようにあっという間の出来事に、完全に鼻っ柱を折られた。

『ありゃ、やっぱりバケモンだ。言われた通りにすべきだったな』

 別の者が痛々しい声で呻く。

 他の者たちも賛同している。

『クソ。こうなったのもあのバケモンが強すぎるせいだぜ』

 最初に口を開いた侵入者が悪態を吐きながら、板状のガラス端末を取り出して、しばらく操作してから最後にタップした。

『起動した。離れろ』

 その言葉と共に、侵入者たちは重たそうに体を引きずりながらも足早に立ち去った。



 静かになった事務所で、ゲイリーはチェアに腰を下ろして一息ついた。

 すると、事務所に置かれた古風な黒電話が音を立てる。座ったまま受話器を取ると、相手はトウマからだ。

『ゲイリーか? ちょっとこっちでトラブった。もしかしたら、そっちでも』

「あぁ、さっき何か来てたぞ」

『来てた? 誰が?』

「聞くの、忘れた……あ、ちょっと待て」

 ゲイリーが言葉を切ったのは、不思議な物を見つけたからだ。

 そこには、こぶし大の球体が音もなく浮かんでいた。見たことのない物だが、自分たちの持ち物でないのは確かだ。

『ゲイリー? ゲイリー? 何かあったのか?』

 トウマの声が受話器から聞こえてくる。

「ああ。よく分からん物が……」


 凝視していると、球体が割れた。


 その瞬間、一切の黒など存在しない圧倒的な白に包まれる。

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