第5話②:趣味
高く積み上げられたビルが立ち並ぶせいで、いつでも通りは薄暗い。気持ちのいい青空もビルとの間から覗く程度、しかも張り巡らされた紐には大量の洗濯物が干され、揺れているのでさらに視界は遮られる。
大通りへ出れば多少は視界も開けるが、今度は各企業の立体ホログラム広告が宙に所狭しと映し出されるので空を楽しむこともできない。
ゲイリーは人々の行きかう午前の街中を歩く。
すると、そこには道ができる。
彼を知っている者は畏怖の念を込めて脇にどいて目を逸らし、知らないものは眉目秀麗な容姿に息を飲み、遠巻きに見つめる。
良くも悪くも彼は目立つ存在なのだ。
その開けた道を悠然と、まさに帝王のような立ち居振る舞いで歩く姿はそれだけで絵になった。
神々しさすら感じられるその姿に、誰一人、声をかける者はいない。近づく者もいない。ただ離れた場所から関係ないフリをしながらも、控えめな視線を向けてくる。
彼はいつだって孤独であり、孤立しており、同時に孤高でもある。
慣れた、というよりも、それが彼の日常で、いつもの風景。
多くの手下に囲まれていた時代ですら、弟を除けば彼の隣には誰もいない。皆が彼らを見上げ、崇拝し、恐れた。それが彼らの当たり前だった。
だから、寂しいと思うことも、不快に思うこともない。自分の周りには取るに足らない有象無象がいるだけだから。能力も、知恵も、度胸も足りない馬鹿どもが、憐れにも身を寄せ合い、傷を舐め合い、不平不満を愚痴り合う。
愚か。
まったくもって愚かな者たち。虐げられることに慣れ、搾取されることを受け入れ、それを当然のことと信じ、疑うことすら放棄した連中。それがこの街の多くの人間だ。
自身の置かれる状況を是とせず、死に物狂いでもがくからこそ、未来がある。そのラインにすら立てない連中とは、話したくもないし、同じ空気も吸いたくない。
などと昔、弟に話したことがあったが、腹の底から笑われたのを思い出す。
思わず笑みに歪みそうになるのを、ゲイリーは口元に手を添えて防いだ。
しばらく街中を歩き、足を止めたのはアンティーク品を揃える小さな店。もちろん、前時代から残る希少な本物がこんな下層に流れてくるわけもない。上流階級の者たちがステータスとして買い占めてしまう。そのため、この店にあるのは似せて作られたレプリカだ。
そういった物は、粗悪品も多く出回るが、ここの店主の腕はかなりいい。そのため、同じレプリカでも、かなり高価に取引される。
ここはゲイリーのお気に入りの店で、口うるさいトウマが止めなければ、店ごと買い占めたいぐらいだ。
性格や考え方、いろんな好みはどれも真逆な兄弟だったが、アンティーク集めだけは共通の趣味だった。当時は本物を手当たり次第に集めた。そのコレクションも今ではどこにいったものか。
店内に入ると、扉に取り付けられたベルが揺れ、騒がしすぎないレトロな響きで来客を知らせる。一歩踏み入れると、木の香りが迎えてくれた。雑多な感じで置かれる木目調の家具。全て古そうに見えるが、最近作られた物ばかりだろう。
「いらっしゃいませ。ゲイリー様」
奥から顔を出したのは白髪頭の初老の店主だ。痩せてはいるが不健康な痩せ方ではない。両目は一目でわかるサイバーアイに変えており、手足も頑強そうな骨組みを露にした機械の義体に交換している。
店主はぎこちない動きで近づいてくる。片方の義足がうまく動いてないようだ。
「あー、すみませんね。最近、こいつ(右義足)の調子が悪くて。メンテで金をケチると、ロクなことになりませんね」
雑踏区で出回っているサイバネ技術では、永続的な性能は保障できない。定期的なメンテナンスが不可欠のため、エンジニアも多く存在するがそれもピンキリだ。
足を摩りながら笑う店主にゲイリーは視線を外し、ロッキングチェアを見る。
「座ってみますか?」
促されるままにゲイリーは腰を下ろして背を預ける。
体が沈み、木が軋む音。
いい具合だ。
程よいクッション性、丁度いい揺れ幅。何より座ることで木枠が体に当たり、お世辞にも座り心地が良いとは言えない感じがいい。『なんでわざわざ高い金を払って、ストレスを感じながら座らなきゃいけないんだ』とトウマは言うが、あいつはその辺りが凡人なのだ。
これを買って帰ったら、トウマが奇声を上げて卒倒し、ジェニファーは嬉々として座り、そのまま占領するだろう。
揺られながら、2人の姿が脳裏に浮かび、フッと笑いがこぼれてしまった。
そのことを隠すように立ち上がると、屈んで値札を見る。
さすがに買うには高すぎる。またの機会にするべきだ。
代わりに小物をいくつかチョイスした。
「お支払いはどうされますか? いつも通りで?」
店主は慣れた感じに尋ねてくる。
つまり、トウマに請求書が届く。
ゲイリーは頷いて見せる。
「近頃は、アンティークの良さの分かる人も減りました。そりゃ、安くて寝心地、座り心地がいい品物はたくさんありますからね。わざわざ古臭い物に高い金は払いません。レプリカと言っても、私も一端の職人です。作ろうと思えば、どうとでもできるんですが、やはりねぇ。アンティークにはアンティークの良さってのがある。それを殺してまで物を作ろうとは、思いません」
店主は足を引きずりながらゲイリーを出入口の扉まで見送ってくれる。と言うよりも、話す相手が欲しかったようだ。彼は一言も返すことはなかったが、構わず店主は話し続けていた。
「ゲイリー様。ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」
出口まで来ると、商品の入った袋をゲイリーに手渡し頭を深く下げる。
ゲイリーはそれを受け取り、踵を返そうとするが少し踏み止まった。
「……いつも世話になるな。義足の調子が悪いなら、トウマに話してみる。あいつはあれで、器用な男だから直せるかも」
「では、今回のお代の代わりに直していただきましょうかね」
急にゲイリーに話しかけられ、一瞬、面食らった店主だがすぐにニコやかに表情になって再び頭を下げる。
ゲイリーはそれに小さく頷き、岐路に付いた。
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