第4話⑧:事後処理
ホテルでの事件から2日も経っていないのに、事務所がやけに懐かしく思える。
ゲイリーはお気に入りのアンティーク・ソファーでくつろぎ、ジェニファーは来客用のソファーに寝転がって寝息を立てていた。
トウマはと言えば、自分のデスクでコンピューターを起動させ、骨董品のようなボロボロのリアルなキーボードを叩きながら、先ほど淹れたコーヒーを啜る。
静かな日常が戻った。
騒動の後、倉庫には事前に連絡を入れていたライデッカー・カンパニーの使いを名乗る男女2人組が現れた。バイオウェアを施された外見は、一目で人間のそれと異なっていた。男は額に角を生やしており、女は獣のような耳を持つ。その他は服などで隠れており分からないが、おそらくは全身をイジっているだろう。
その2人は倉庫内の惨劇にも眉一つ動かすことなく、ただ立っている。
「話では、我らの邪魔をした真犯人とその証拠を渡す、と聞いていたが?」
「派手に暴れてくれちゃって! いいなー。滾るなー」
気だるそうな男と好戦的な色を見せる女に、トウマはホテル襲撃の首謀者であるキリサキ、そしてホテルのデータを改ざんしたベルボーイを彼らに引き渡す。ジェニファーの能力下にあるベルボーイは、最後まで彼女を親友だと信じており「親友が言うなら」と大人しく連行された。一方のキリサキは少し暴れかけるも、女が肩に手を置くと急に静かになった。
「おい、細目。これから私らとデートするのが嫌だってのか? 私らに舐めたことしてくれたってことは、殺されても文句は言えねぇよな?」
「おい、まだその男とは、ビズ(ビジネス)の話が残っている」
殺気立つ女に男が静かに窘める。
女は嗜虐的な目でキリサキを見てから鼻を鳴らすと、キリサキとベルボーイを連れて外へと出て行った。
「予定通り、仕事が終われそうで良かった」
残った男はトウマへと顔を向けて、相変わらず気だるそうに言う。
「あ、あの……それで、お話していた件は?」
媚びるように頭を下げながら、トウマはおずおずと切り出す。
「お前たちに懸けられた懸賞金についてはすでに手を回した。もう狙われることはなくなるだろう。それから、ポリスとのイザコザについても、こちらで対処しておく」
「ありがとうございます」
トウマはペコペコと頭を下げる。それにつられてジェニファーもお礼を言った(ゲイリーは相変わらず何もしない)。
「今回の件が失敗に終わっていたら、こちらにもかなりの損害があった。それを阻止できたと思えば安いものだ」
そう言うと踵を返して去ろうとする。が、再度、振り返る
「我らライデッカーは面子を重んじる。そして、良くも悪くも借りは必ず返す。いずれ君らにも、何らかのお礼をすると約束する」
フッと小さく笑った男はそのまま去っていった。
これが今回の幕引きだ。
事務所で事後処理を続けるトウマは、ディスプレイから視線をずらすと眼鏡を外して目頭を押さえる。彼も少し眠い。
結局今回の依頼は、情報料や武器、物資などの出費でマイナスの方が遥かに大きかった。労力に対して、報酬がまったくない。涙が出そうだ。
やはりヒックスからの仕事は、ロクなモノがないと確信する。
彼からの依頼は、金輪際受けないと誓うトウマであった。
☆ ★ ☆
どこかの街のレストラン。
絢爛豪華な店内は貸し切られており、テーブルには赤を基調としたジャケットの優男が、何人かの上流階級の男女数名と談笑しながら食事を摂っていた。
そこへ黒縁メガネに黒スーツの男が足早に近づき、耳打ちする。
「ダーティ・ゼロで進めていた件、失敗しました」
しばらくの沈黙の後、優男はスーツの男の頬を軽く叩きながら頷くと、笑顔のまま「では、軌道修正しろ」と小声で指示する。しかし、返ってきた答えは「イージスマイルはライデッカーとの提携締結を発表しました。手遅れです」だ。
優男は深く息を吸い込むと「失礼」と席から立ち上がり、踵を返す。
「客を全員帰らせろ。拒否したのなら叩きだしても構わない」
呼び寄せた手下に小声で指示を出すと、優男はスーツの男とその場を離れる。
「シュウイチ。何が起きた? なぜ、失敗した?」
「スケープゴートとして用意した者たちに手を噛まれたようで」
スーツの男、シュウイチは淡々と答える。
「グスタフがいただろ?」
「敗北した、と」
「グスタフがか? 相手は誰だ?」
「ゲイリー・フォノラズと、聞いています」
「あぁー。噂に名高い亡霊か。グスタフよりも強いとは驚きだな。殺されたのか?」
「不明ですが、連絡は取れない状態です」
大きくため息を吐く優男に、シュウイチはこう続けた。
「しかし、キャシアン。いいニュースもあります」
「いいニュース?」
「これを」
シュウイチは、怪訝な顔をするキャシアンに立体映像を見せる。
それはダーティ・シティーで流された指名手配されるトウマたち3人の顔だった。
キャシアンはその中の1点を見つめて唸る。
「あぁー、本物か?」
「確認しております」
「死んだ、と言っていなかったか?」
「偽装だったか、と」
「確かに、これはいいニュースだ」
「今回は、私が直接出向きます」
「もう2度と、失敗するなよ」
「言われるまでもないことか、と」
キャシアンの鋭い言葉に、シュウイチは自信に満ちた笑みで返す。
2人の視線は未だに映し出される映像の1点を見つめる。
「生きててくれたか!」
愉快に笑みを浮かべるキャシアンの視線の先、そこには無垢な顔をして笑う少女がいた。
名前はジェニファー・パック。
輸送中の列車事故で、死んだとされていたはずの少女だった。
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