第4話⑦:火力
トウマは倉庫の周囲を闇夜に隠れて進む。外に警備がいないとはいえ、どこに目があるかは分からない。襲撃前に発見されるのは避けたい。
『もういいか?』
耳に取り付けた通信機器からゲイリーの抑揚のない声がする。
「いや、ゲイリー。まだ用意できてない」
物陰に隠れながら小声で返すトウマに、ゲイリーはため息交じりに『早くしろ』と急かしてくる。
やれやれと首を振りながら、飾りのないデジタル腕時計を確認。
そろそろだ。
視線を上部へ向ける。
見ることはできないが、カメラが自分を映しているはずだ。防衛システムが微かに動いた気もするが、少し待ってみても本格的に起動することはなさそうだ。
すると、通信機器から別の声が聞こえる。
『とうま? こっちもおーけー!』
映像はないが、サムズアップをして見せるジェニファーが浮かんでくる。
ベルボーイの居場所は事前に調べがついている(もちろん、バージンが)。送り込んだジェニファーがうまく制圧したらしい。
トウマはカメラに向かってサムズアップをして見せると、足音を立てずに闇夜を走る。
待機することに飽きたゲイリーが折りたたんだ車を倉庫に投げ込んだのと、トウマが所定の位置に付いたのはほぼ同時だった。
天井部分に辿り着いたトウマは背負った鞄を下ろして、素早くライフルを組み立てる。発砲による音と光を極力抑えられた物で、バージンにかなりの額を吹っ掛けられた。
ゲイリーの動きに合わせ、照準を合わせて引き金を引く。キリサキの動きを封じるために狙った足への1発は、寸前で大男・グスタフに遮られる。動きからして、やはりかなりの実力者なようだ(外見だけでもヤバそうなのは分かるが)。
続けざまにゲイリーに合わせた発砲は警備兵に当たるが、アーマーに弾かれている。やはり普通の弾丸では貫通しない。関節部分なら効果があるかもしれないが、ゲイリーの動きがあまりに早すぎて追いかけるのでやっとになってくる。
これは、ゲイリー。確実に楽しくなっているパターンの奴だ。
「ちょ、ゲイリー! そんなに連続ではさすがに間に合わんて!」
言ってはみるが、彼が聞く耳を持つとは思えない。
必死に狙いを定めるが追い付かなくなっている。と、その時。
「お、やべっ!」
気付けばウォータンクがトウマの方向に照準を合わせていた。
慌てて鞄を手に飛び降りる。0コンマの差で、今までいた所が砲撃で吹き飛んでいた。
柱、ホイスト、壁枠など掴めそうな所は全て利用して落下速度を軽減、なんとか着地には成功するも、休んでなどはいられなかった。
下には警備兵たちが、トウマを仕留めようと待ち構えている。
単発のライフルを捨てると、背負った鞄の脇に差し込んだアサルトライフルを抜いて構える。これもバージンにツケで譲り受けたものだ。弾丸には特殊なものを用意したらしく、彼女曰く。
『技術はいつだって進歩してるのよ。この新型の弾丸【キラーバイト】なら、どんな防備でも貫通する。今なら安くしておくわよ』
買ったよ! 2ケース分も。
いつも買ってる弾丸の3倍の値段だったけど。
トウマは物陰に隠れながら移動。完全に背後を取りつつ連射モードで発砲。こちらに気が付いた時にはもう遅い。
小気味いいテンポで発砲音が鳴り、高速で撃ち出されるキラーバイトが警備兵のアーマーに食らいつく。
そして、いい音を立てながら弾かれた。
「あの女! 全然ダメじゃねぇか!」
何がキラーバイトだ。投げ捨てたくなる衝動に耐えながら、トウマは発砲しながら兵士たちとの距離を詰める。いくら弾丸をはじき返すといっても衝撃までは抑えられない。
手が届くほどの距離まで接近すると、兵士たちの構える銃を叩き落とし、蹴り付け、絡み取り、銃口を逸らす。同時に、グリップ部分で殴りつけ、至近距離での発砲で怯ませ、膝を踏み砕いて転がせる。決して止まること動き、周囲を翻弄しながら、左手でハンドガンを取り出して撃つ。狙うは首や関節部分。ガードの隙間に銃口を捩じりこんで撃ち込んだ。
その場は制圧できても、まだ兵士はたくさんいる。
効果のないアサルトライフルを仕舞うと、もう片方の鞄の脇に指してあったショットガンを引き抜く。
高火力の攻撃に、さすがのアーマーも砕け散る。
念のために持ってきてよかった。
素早い動きで距離を詰め、銃身で相手の足をすくい、銃口を逸らす。まるで競技用のバトントワリングのように器用に回転させ、相手を殴りつけたと思えば、銃口を向けて発砲。わざと混戦にすることで、遠くからの射撃に対して相手が遮蔽となる様に動いた。そして、その場を制圧したら、次の混戦へと身を投じる。
しかし、舌打ちしたくなるくらいに数が多すぎる。
手持ちの武器だけでは心もとない。もっと火力が必要だ。
瞬時に、周囲の敵の動きを把握していると、思わぬ援軍が来た。
上空からの弾幕で、兵士らが次々と倒れていく。
見上げると、音もなく飛んでいるドローン(防衛システム)が兵士を標的に起動していた。
そうなれば、形勢は一気に傾いてくる。警備兵たちも身を隠したり、逃げだす者すら現れ始め、それに合わせてトウマもチャンスとばかりに攻勢を強めた。
「な、何が起きてるんだ!」
起動し始めたと思った防衛システムが味方のはずの警備兵を襲い始めたことに、物陰で息を殺していたキリサキは取り乱す。逃げだしたくても、これでは無理だ。
「防衛システムが裏切るとは、笑えるぜ」
彼のそばに立っているグスタフが炎上するウォータンクを軽々と投げ飛ばし、上空から彼を狙っているドローンにぶつけながら笑っている。この状況でも、余裕を崩さない。
「キリサキ。お前、運がいいな。俺が派遣されてなけりゃ、ヤバかっただろうぜ」
首を回して骨を鳴らす彼の視線の先にはゲイリーが立っている。
独りで笑うグスタフは腕に取り付けた機械式の腕輪を操作すると、青く発光していたメーターが赤へと変わった。内部に仕込まれた無数の注射針で投薬されたことにより、グスタフの肉体はさらに膨張し、強化されていく。
「ゲイリー・フォノラズ。帝王とは、大層な異名だが……所詮は、猿山のトップに過ぎねぇ。井の中の帝王、大海(世界)を知らず、ってな。笑えよ。なぁ?」
投薬によるパワーアップによってグスタフは尋常ではない力を身につけていた。踏み込んだ地面には亀裂が走り、ゲイリーに向かって距離を詰めた移動は弾丸のよう。見ていたキリサキには彼の動きは見えなかったほどだ。
「楽しもうぜーっ!」
何の感情も籠っていないゲイリーの瞳には、グスタフが一瞬で目前まで来たように映る。大きな拳が彼の眼前に迫っていた。
☆ ★ ☆
倉庫の中は戦場のように酷い有様となっていた。
銃声も止み、動くものはほとんどいない。トウマは瓦礫や警備兵の亡骸を踏み越えながら、所々火の手の上がる内部を歩き、ようやく力なく跪くキリサキの元へと歩み寄る。
「待たせたか?」
ショットガンの銃口をキリサキに向けながら、そばに立つゲイリーに問いかけると、彼は葉巻をふかしながら肩をすくめて見せる。
「あの筋肉ダルマはどうした?」
ホテル襲撃の実行犯、グスタフがいたはずだが、とトウマが聞くと、ゲイリーは答えることなく指だけ向ける。視線を移すと、地面から下半身が生えているような異様なものがある。
「え、あれか?」
「まぁまぁだったな」
紫煙を吐き出しながら言うゲイリーだが、彼の体にはどこにも負傷した痕もなければ、衣類が破れているようなこともない。
キリサキが呆然としているのは、ゲイリーとグスタフの戦いを見たからかもしれない。
もはや彼に抵抗どころか、逃げようとする気力もない。
細い目を見開き怯えた瞳で、ゲイリーとトウマを見ている。
「わ、私をどうするんだ?」
「安心しろ。殺したりはしないさ。然るべき所に突き出すだけ」
トウマは口角だけ上げて笑ってみせた。
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