第4話⑤:強襲

 夜も更けた頃、イージスマイルが所持する倉庫の1つに人が集まる。

 場の空気はそれほど険悪ではないが、集まる者たちは物々しい。完全武装であり、大型の無人機動戦車(ウォータンク)まで用意している。

 それらは倉庫の中心にいる2人を警備するように配置されている。


「こいつは賑やかだな。戦争でもしようってのか?」

 周囲を見渡しながらせせら笑うのは見上げるほどの大男。身長もさることながら、膨れ上がり発達した筋肉で横幅も、厚みも常人とは比べ物にならない。サイバネ化した痕跡も所々に見られ、頸部からは幾本かのチューブが出ている。顔には黒いガスマスクのような物を被っており表情は見えない。

 グスタフ・ザ・レイドは悠然と立ち、周囲の警備を鼻で笑った。

「用心に越したことはない」

 グスタフの嘲笑にも、東洋系の顔つきをしたキリサキは表情を変えない。警備兵たちは全員、イージスマイルと言うよりもキリサキ個人の私兵だ。用心深いと思うが、これで今まで生き延びてきた。計画はあと一歩で終わる。そんな時に足元をすくわれたくはなかった。



 倉庫内は多すぎると言ってもいい警備がいるが、外は逆に静かなものだ。

 グスタフとキリサキの密会がバレないように、最小の警備のみを残している。だが、それは目に見える警備で、ありとあらゆる警備、防衛のシステムが倉庫を守っていた。

 そのシステムを手足のように管理するのが、倉庫から少し離れた個室でヘッドギアを付けているベルボーイだった。

 棒付きキャンディーを咥えながら、幾千ものカメラやセンサーの情報を脳内で処理していく。例え小動物であろうと、不審な動きを見せれば、あっという間に蜂の巣にできる。

 そんな彼の視界(映像)の中に、動く影を見つけた。

 影に焦点を当てると、顔が見える。

「……こいつは」


 知ってる顔だ。

 何せ自分が嵌めた男だ。

 確か、名前はトウマ・カガリ。

 見るからにショボい男だ。

 まだ生きていることにも驚きだが、この場所を嗅ぎつけたことにも驚きだ。

 偶然か、それとも優秀な情報屋を抱えているのか。

 まぁ、どちらでもマヌケに変わりはない。こうしてノコノコと自分の前に姿を見せたのだから。暗闇に紛れているつもりだろうが、暗視機能で丸見えだ。

 思わず、声を出して笑ってしまう。

「丸見えだっつぅの、バカが!」

 内部に報告が先かとも思ったが、こんなマヌケはさっさと始末した企業のためになってくれた方が世の中のためだろう。

 防衛システムを起動させ、照準をトウマに合わせた。

 その時、トウマは顔を上げ、目が合ったような錯覚を起こす。

 生意気にも監視カメラの位置に気付いたようだ。

「場所に気付いた所で、何だってんだよ!」

 少しイラついてキャンディーを噛み砕くと、迎撃装置のトリガーに指をかけた瞬間。


背後から肩を叩かれた。


 驚いて振り返ると、肩に置かれた手の人差し指が彼のほっぺにぶつかる。



 倉庫の中では特に異常も起こらず、話し合いが進んでいく。ただここまで事が進めば、あとは予定調和だ。話すことなどあまりない。

「……と、ここまでが今後の流れだ。これで役員の支持が得られる、社長も反対はできない。聞いているのか? 役員会では、ホテルの時のように勝手に動かれては困る!」

 あまり真剣に聞いていないグスタフに、キリサキは苛立ちを隠せない。ただ苛立ちを向けられた側は、いたって気にすることも無く、変わらず不真面目な態度を取る。

 お互いに大切なクライアントではあるが、立場は明らかにグスタフの方が上だ。


「まだお前の部下を勝手にバラしたこと、怒ってんのかよ。根に持つねぇ」

 襲撃後に合流したキリサキの部下、今回の依頼人を彼は勝手に殺していた。

「事実を知る奴は少ない方がいいだろ。それに、あいつはお前の弱みを握ったつもりでいたぜ。いつかは噛みついてくる男さ。バラすのが早いか遅いかの違いだ」

 クククとグスタフは小さく笑う。反省の色などは微塵もない。

「しかし、あの可哀そうな連中はまだ逃げてるんだろ?」

 ホテルの襲撃の罪を擦り付けたデスペレーターのことだ。

「あぁ、だが大丈夫だ。街中に追われてるんだ。仕留めきれないわけがない。それに、仮に逃げおおせたとしても、それならそれで問題はない。必死で街からの脱出を試みている途中だろう」

「相手の中にはゲイリー・フォノラズがいるんだろ? 会ってみたかったぜ」

 マスク越しにも分かる凶悪な笑みに、キリサキの背中に冷たい物が流れる。目の前の人物の凶暴さを改めて認識する。

「いいかげんに……」


 キリサキの言葉は爆音と衝撃で掻き消された。

 視線を向ければ、壁には大きな穴が開いており、巨大な何かが床に叩きつけられて滑る。

 それが、キリサキがここまで乗ってきた車だと気付くには、時間がかかった。あらゆる襲撃を想定された頑強な車が、幾重にも折りたたまれ原型を留めず、炎を上げていたからだ。


「何が起きた……? ベルボーイは何やってる?」


 キリサキの声が震えている。一同も事態の把握が追い付かずに壁の穴を注目すると、そこから男が現れた。

長く美しい髪は風でなびき、白い肌は闇夜によく映える。息を飲むような絶世の美貌に似合わない顔の継ぎ接ぎ傷。左右で白と黒に分かれた髪の毛は、異様でありながらもどこか気品を感じられた。悠然と、世界は自分を中心に回っているかのような、堂々たる出で立ち。


 ゲイリー・フォノラズである。


「ハハハ。こいつは、最高だぜ」

 存在するだけで他者を威圧するゲイリーに、グスタフの歓喜の笑いのみが響いた。

ゲイリーは唐突に、手を親指と人差し指を立てるピストルを模した形をすると、ゆっくりキリサキへと向け、バンと撃つフリをする。


風が切れる音がした。


キリサキが気付いた時には、グスタフが彼の前に現れ、腕をはらっている。すると、甲高い音と共に地面に何かが当たり抉れる。

 高速で飛んできた何かを弾いた。

 ゲイリーは手をピストルの形にしたまま、反撃に飛び掛かろうとする警備兵へ向けると同じように撃つマネをする。と、兵士は体をくの字に曲げて後方に吹き飛ぶ。続いて、違う兵士に向けると、フルフェイスを被った頭部を激しく揺らす。

 何が飛んできているかは分からないが、ゲイリーは次々と狙い撃つ。

 混乱する倉庫で、慌てて身を隠すキリサキは取り出した通信機器に怒鳴りつける。

「ベルボーイ。何してる! おい、防衛システムはどうした?」

 本来であれば、侵入者が現れた時点で防衛システムが作動し、四方から銃撃されるはずだ、しかし、それがうまく機能していない。それどころか、ベルボーイからの報告もない。

「聞いてるのか? 返信しr……」

『何っすか? 大声出さないでくださいよ。聞こえてますよ』

 予想に反して危機感の声に、面食らってしまう。次に怒りが湧いてきた。

「ふざけるな! お前、襲撃を受けてるんだ! さっさとシステムを起動させろ!」

 キリサキの声に、通信先はしばらく沈黙した後、言いにくそうにベルボーイの声がする。


『それなんですけど。親友から【起動するな】って、お願いされちゃったんっすよね』


 ベルボーイの返答に、思わず「は?」と声が漏れた。

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