第4話④:情報②

「ムカつくー!」


 ブリキ屋でジェニファーは声を上げる。

「動かなくてもいいなんて、楽でいいじゃない」

 プリプリ怒るジェニファーに、コンピューターを起動させ、いくつも宙に浮かび上がるキーを手早く入力しながらバージンが笑う。

「わたしだって、なんでも屋! やくに立つのに……」

 トウマとゲイリーに置いていかれたことに、腹を立てていた。

「そんなに付いて行きたかったら、ノックの能力を使えばいいじゃない。できるんでしょ?」

 バージンは煙草に火を点け一息吸い込むと、紫煙を吐き出しながらジェニファーへと視線を向ける。

「できるけど。使いたくない! それに、むりやり付いて行ってもいみないじゃん!」

 ムキーと擬音が聞こえきそうだ。

 少女の中には仲間に能力を使いたくない、という感情があった。それに、ゲイリーには彼女の能力が通じないのは何度も試して証明されている。


「それで、さっきからばーじんは何をしてるの?」

 用意された蛍光色のジュースを飲んで少し落ち着いたジェニファーは、キーボードを高速で叩き画面と睨めっこしているバージンに問いかける。

「トウマに頼まれてホテル襲撃について調べてるのよ」

「とうまに? わたしには何にも言ってこないのに!」

「そりゃ、私は情報を集めるのが仕事だもん。頼まれるさ」

 バージンは思わず吹き出した。

「調達に関しては、物だろうと情報だろうと仕入れてみせる。それが私の役割。あなたには、あなたが活躍する場所があるわよ」

「だと、いいけど……」

 あまり納得のいっていないジェニファーは、どこか困ったような、不安を抱いているような表情をしていた。

「……それで、何かわかりそう?」

「私はプロよ。ヒックスみたいな半端モンとはワケが違うの」

「じゃ! ホテルをおそったわるい人については?」

「んー。さっぱり分からない。綺麗にデータが改ざんされてるから、尻尾を掴むのに苦労してるのよ。掘れば掘るほど、あなた達の犯行の証拠が出てくるから」

「わたしたち、ホントに何もしてないよ!」

「分かってる、分かってる。微かにだけど、ノイズを見つけた。ノイズには、データをいじった奴の癖が出るから、まずはそいつを特定して芋づる式よ!」

 ニヤリと笑って見せると、「シシシシ」と狂人じみた笑い声を発しながら、作業に集中してしまう。もはやジェニファーの声も届かない。


 しばらくバージンの作業風景を眺めていると、店の裏口から声が聞こえてきた。トウマとゲイリーだろう(トウマの声しか聞こえてこないが)。

「おかえりー! 何かわかった?」

 椅子から飛び上がる様に立ち上がり、トウマたちに駆け寄りながら、早々に質問する。

「おお、バッチリだ! 俺らのヤバい立場をいいことに、だいぶ足元見られたけどな」

 いろいろと汚れたスーツを払いながらも、トウマは親指を立てる。

「それって、血? だいじょうぶ?」

「大丈夫だ。俺のじゃないから」

 そばに置いてあるタオルを手に取り、顔を拭う。どうやら懸賞金目当ての連中に襲われたようだった。疲労が見られるトウマに対して、一緒に帰ってきたゲイリーには異常はない。綺麗なままだ。彼はいつものように何も言うことも無く、ソファーへ寝転がると目を瞑ってしまっている。

「尾行されたりしてないでしょうね!」

 その様子にバージンが口を尖らすが、トウマは「大丈夫」と返した。

「それで? 何か掴めたか?」

「もちろん。あなたはどうなの?」

 トウマは簡易な椅子に腰を下ろして、一息つくと調査の結果を話し出す。

 ヒックスの隠れ家を後にした2人は、イージスマイルについて情報屋などを使って調べた。状況が状況なだけにかなり慎重に動かなければいけないが、こういう時は結局金が物を言う。足元を見られたおかげで、今回の前金としてもらったトウマのお金は消えてしまった。

「まず、依頼をしてきたハゲは、イージスマイルの社員で間違いない。で、その上司って奴が今回の会談を計画した役員だった。つまり、ホテルで死んでた奴」

「ふーん。じゃぁ、今回は部下の裏切り? 下剋上的な」

 トウマの方向へ体を向けて足を組みながらタバコをふかす。

「いや、そんな単純じゃない。イージスマイルは現在、2つの派閥に分かれてた。その片方のトップが死んだ役員。ライデッカーとの提携を強引に進めていたらしい」

 もちろん、それに対してもう片方の派閥が黙っているはずもない。だからこそ、内密に提携を済ませてしまおうと考えたわけだ。だが、その情報は内通者によって露見する。


 依頼人だ。


 敵対派閥のトップの役員キリサキと、依頼人が何度か接触していることは分かっている。

 そこまで聞いて、バージンが「ああ、なるほどね」と口を挟んだ。

「内部のいざこざなら納得だわ」

「何がだ?」

 トウマの質問に、バージンは意地悪な笑みを浮かべる。


「教えてもいいけど、4000はもらわないとね」


 バージンは指を4本立てて見せる。

「お前も足元見んのか!」

「超特急で調べたのよ。第一、あなた達は今、一人頭1万なのよ。4000なんて安いわよ」

「金は……ない」

「前金が2000あるんでしょ。それも3人分」

「鬼め! 血も涙もないのか」

「これでも良心的なくらいよ。私の情報、かなり重要になるわよ」

 ニヤニヤ卑しく笑うバージンに、トウマはぐぬぬと歯噛みする。しばらく交渉するも、結局は支払う羽目になった。本来はゲイリーとジェニファーの前金だ。支払われたお金にバージンは満足そうに頷くと、調査内容を大型のディスプレイに映し出す。

「通称『ベルボーイ』。まだ若いけど、腕のいいシステム屋。ホテルのシステムに手を加えたのは、この子よ」

 バージンが説明すると、年端もいかない少年が映し出される。

「で、表向きはイージスマイルに属してた。主に、セキュリティー面を担当してる所を見ると、かなり重宝されてるんでしょうね。ちなみに、この子の上司がキリサキみたい」

 続いて切れ長の目の男が現れる。これがキリサキだろう。

「やっぱり、キリサキが黒幕か」

「と、思うじゃん! 確かに動いてるのは彼でしょうけど、もう少し深く掘るとベルボーイって他の組織から派遣された人間なのよね」

 得意げな顔をしながら、ゆっくりと溜める。

「どこだよ?」

「うーん、プロメテラス」

「マジか。ライデッカーとバチバチの会社じゃねぇか!」


 つまりキリサキは別のメガ・コーポのプロメテラスとつながっていた。今回の一件で敵対派閥のトップを消したことにより、社内のライデッカー・カンパニー寄りの勢力を排除しようとしたのだ。要するに、イージスマイルがライデッカーに付くか、プロメテラスに付くかの対立に巻き込まれた事故だ。


「少し前に、プロメテラスの人間がこの街に入ってきてる。グスタフ・ザ・レイド。下部組織に属してるとは言え、さすがにメガ・コーポの人間の詳細までは分からないかった。けど、荒事を専門にしてるらしいわね」

 つまり襲撃の主犯格は彼で決まりだろう。

 この状況を打破するには、襲撃の証拠を押さえつつ、イージスマイルとライデッカーを当初の予定通り提携させることで、ライデッカーの顔を立てることだろうか……。ちょっかいをかけた側のプロメテラスは、事実をうやむやにするために表立って抗議はしてこないはずだ。

「ただなー。キリサキがプロメテラスに身売りする前でなくちゃ、意味がない。間に合うのか?」

「ちなみに2人が次に落ち合う予定の時間と場所も分かってるわよ」

「お前、スゲーな!」

「これで4000の情報なら、かなり良心的でしょ?」


「ああ。ただ……俺たちが集めてきた情報、正直いらなかったよな」

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