第4話③:情報①
ヒックスはできるだけ目立たない様に、フードを深く被りながら足早に歩く。
ホテルでの一件があってから一夜経つが、その後の目新しい情報はあまりない。
キョロキョロと周囲を見渡して警戒するが、逆に悪目立ちしてしまっている。通りを歩く人からは訝し気な視線を向けられ、彼は情けなく「ヒュッ」と悲鳴と空気が漏れる音が混ざった声を出して、さらに歩くスピードを上げる。
何かに怯えているのは明らかだった。
人目に付きにくい場所の破れた金網を潜り、廃墟の中に侵入。
内部へ進むと、明らかに外観と合っていない頑丈そうな扉が現れ、手早くナンバーを入力して解錠した。
そこはヒックスのセーフハウスの1つで、彼の中では最もセキュリティーの高い施設だ。どちらかと言えば、災害などに対応したシェルターに近い。
扉が閉まり、ようやくヒックスは安堵のため息を吐いた。
薄暗い室内はそこそこ広いが、テーブルや床の上には小物や玩具、雑誌などいろんな物が乱雑に置かれている。ハッキリ言えば、散らかっている。外からの衝撃耐性だけでなく、防音、防振にも優れており、情報を収集するための設備も整っているため、たまにここで過ごすこともあるからだ。
「ったく。勘弁してくれよなー。なんだって、こんなことになっちまうんだか」
ブツブツと呟きながら、照明のレバーを引くと、室内から駆動音が聞こえて、全体を明るく照らした。
「マジで、まいった、わーっ!」
振り返ったヒックスの視界には、自分がいつも座っている少し豪華な椅子に座る人の姿が目に入る。誰もいないはずの場所に人がいることにも飛び上がるほど驚かされるが、その人物の正体に気付いてさらに度肝を抜かれる。
「ゲイリー・フォノラズ?」
こんな間近で会ったことはなかったが、もちろん顔は知っている。
帝王、ゲイリー・フォノラズ。
最下層から兄弟でのし上がった元・ギャングスターである。
現在はトウマの相棒なのは知っているが、ここにいる理由はさっぱり。
考えるより先に体が勝手に踵を返して逃げようと動いていた。本能的な恐怖がそうさせたのだろう。足は空回りし、過呼吸になって苦しい。
そんな逃げる背中を、ゲイリーは特に感情も籠ってない目を向けながら、咥えた葉巻を手に取って紫煙を吐き出す。
「『さん』を付けろ。クズ」
そう言って軽く弾くように指を動かすと、床に転がっていたボールが動き出し、勢いよくヒックスの腰に命中。情けない悲鳴を上げながらたたらを踏むヒックスに、ゲイリーは面倒そうな表情のまま、さらに指を動かす。
すると箱に丸めて入っているケーブルが蛇のように這いずり、ヒックスを拘束。動けない彼はそのまま床に倒れ込む。
「あ、あ、ちょ。待って」
一瞬のこと目を白黒させるヒックスは、身を悶えながら、懇願する間にケーブルは宙に浮かび、彼の体は逆さまになって高く吊られる形となった。
「『ちょっと待って、じゃねぇよ』。俺からの連絡を無視しやがったな!」
聞き慣れた声と共に、トウマがヒックスを見上げていた。
「あー。と、トウマ。良かった。生きてたか。いや、俺も心配はしてたんだ。でも、こっちもバタバタしてたし、落ち着いたら連絡するつもりだったさ。そうだとも!」
話の通じる相手の登場にヒックスは救世主でも見るような表情になって、滂沱のごとく話し始める。止まることのないマシンガントークは、ほとんどが自分は無実であり、今回のことは関係ない。むしろ自分は被害者であり、可哀そうな僕ちゃん。などの自分を擁護する言い訳が9割ほど。
息継ぎをいつしているのかとすら思えるほど、矢継ぎ早に言葉を吐き出し続けるヒックスの姿に、呆れを通り越して舌の回転に感服してしまう。
「だから、俺は悪くない。あんたらを騙そうとなんて、ンー……」
放っておけばいつまでも話していそうな勢いのヒックスに、ゲイリーが眉をしかめながら指を閉ざすジェスチャーをした途端、チャックでも閉じられるようにヒックスの口が自動で閉じた。
「ありがとう、ゲイリー。これで、ようやくまともに話せるよ」
トウマはゲイリーに礼を言うと、ヒックスに視線を戻す。
「さて、今回の依頼人の素性について、教えてもらおうか?」
トウマはケーブルをグイグイ揺らすと、ヒックスは相変わらず閉ざされた口で「んー、んー」と何かを言っている。
ゲイリーに視線で合図すると、彼の口を閉ざしていた見えない力が消える。
「お、俺はホントに無関係なんだ。会談の護衛の仕事を依頼されただけだ」
「無関係で通るかよ! こっちは死にかけたんだぞ。こういうことが無いための、仲介人だろうが! 1人で逃げやがって」
「それは、悪いと思ってるよ。でも、あの依頼人がイージスマイルの社員なのは確かなんだ。それは調べがついてる」
「自分の会社の大事なプロジェクトを、潰そうとしたってのか? なんでだ?」
「さすがに、そこまでは……」
「しらばっくれるんじゃねぇよ!」
視線を外してくるヒックスに、トウマは先ほどよりも激しく揺する。
「ちょ、ちょっと。止めてくれ。トウマ。ホントに知らねぇよ」
「依頼人との連絡手段は? こっちから直に話を付けてやる」
「はぁ? お前、知らないのかよ。あの依頼人は、今朝、ホテルのそばのゴミ捨て場に転がってるのが見つかった。殺されてたんだよ。だから、ここに急いで逃げてきたんだ。俺も口を封じられる可能性が高いだろ?」
そう言うことに関しては鼻の利く奴だ。もっと早い段階で危険な臭いを感じ取り、情報を集めてくれれば、こんな事にはならなかったのに。
「誰の仕業だ?」
「表向きには、あんたらが犯人じゃないかって言われてるが……」
ここでいきなり口ごもる。
言いにくいことでもあるようだ。
「何だよ?」
「ホテルの襲撃犯やイージスマイルについて調べてみたけど、全てアクセスを弾かれちまった」
ヒックスの情報屋としての腕は、そんなに高くない。ただ、ある程度情報が統制され、見えなくなっているということは……
つまりは、それだけ大きい企業や組織が噛んでいることになる。
一介の会社員ができることではない。
「イージスマイルについて、調べる必要があるな」
襲撃犯は外部の人間で、企んだ人間は他の企業かもしれないが、それでもまずはイージスマイルを探ることで、その辺りの動機も見えてくるだろう。
トウマは踵を返すと、ゲイリーもイスから立ち上がる。
「おい、トウマ。ちなみに、なんで俺がここにいるってわかったんだ?」
話しが一段落したことで、少し冷静になったヒックスが、素朴な疑問を口にする。
「そりゃ、お前。セーフハウスなのに頻繁に使ってるんだから、バレるだろ」
トウマの返答に、ハッと気付かされたような顔になる。
「じゃ、じゃあ。襲撃犯たちにもバレてるかもしれないってことか?」
「かもな」
「ここも、あぶねーじゃねぇか!」
ケーブルから逃れようと激しく体を揺らすが、しっかりと天井の縁に固定さてており、体に絡みついている。
「あ、あのー。これを、そろそろ外してもらえねぇか?」
「俺らを嵌めた罰だ。しばらく、そうしてろ」
そう言うと、トウマとゲイリーは歩いていってしまう。
「トウマ? ゲイリーさん? ホント、悪かったって。以後気を付けるから! お願いします。これ、外してください」
2人が部屋を出た扉の音が聞こえた途端、先ほどまでビクともしなかったケーブルの力が抜けたように緩んで、彼は無様な悲鳴を上げながら地面に落ちた。
地面にへたり込んだまま、呆けた顔でヒックスは静まり返った周囲を見渡した。
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