第4話②:隠れ家

 ダーティ・ゼロの幽玄区。


 そこは雑踏区よりもさらに治安が悪く、貧しい者が集まる。廃ビルも多く、身を隠したい者、家を持たない者が不法占拠している。

 違法なサイバーウェアやバイオウェアなども出回っており、見た目も人からかけ離れた姿の者なんかも普通に見かける。アングラな人間が集まる溜まり場で、『幽玄』の呼び名には相応しくないが、多くの人で賑わっている。

 目が痛くなるほどのネオンの明かりに、粗悪でいかがわしい飲み屋や店が並ぶ。

 通りには目が合うだけで因縁を付けてくる柄の悪い者、粗悪品を売りつけようとする者、ネオン・タトゥーを体に彫った妖艶な女たち、サイバー、バイオ、ナノウェアなどを施すアウトローが卑下た笑い声をあげながら闊歩する。隅に目を向ければ、人が集まり賭博に興じている。


 そんな所の一角に、ジャンク品の買取や販売をする『ブリキの木こり(通称:ブリキ屋)』はひっそりと存在する。幽玄区でもいくつかの路地に入った所に位置するため、知っている者以外は、迷い込んだ者でない限り来ることはない。そのため、もちろん店内に客なんて滅多にいることはない。だが、この店が成り立っているのは、調達屋としての顔があるからだった。


 雑多に積み上げられたジャンク品のある店内は、相変わらず閑散とした雰囲気。天井からぶら下げられた時代錯誤の電球を模した照明の灯りが、逆に薄暗さを際立たせている。

 そんな店の奥に、店主のバージンはいた。長い黒髪を後ろに束ね、赤縁の安っぽい眼鏡をかける彼女は、小さな作業台の前に座り、拡大鏡を覗き込みながら回路の修理をしている。


「なるほどね。大金に目が眩んでこのザマと」


 バージンは視線を外す事なく、カラカラ笑いながら話す。

 それは彼女のいるさらに奥。居住スペースとして使っている部屋に向けられた言葉だ。

 その部屋の扉は少し開いており、中からトウマが顔を出す。

「笑い事じゃねぇよ! こっちは命狙われてるんだぞ」

「だからって、うちに逃げ込まないでよ。迷惑」

「仕方ないだろ。事務所も俺の部屋も見張られてたんだから。よく言うだろ。持ちつ持たれつって」

「それは助ける側が言うことで、助けられる側が救助を押し付ける言葉じゃない」

「ここを贔屓にしてる客なんだから、大目に見てくれよ」

「客は代金をツケ払いにせず、金払いのいい人のことを言うの。助けて欲しいなら、ツケの分のお金、置いてってね」

「いや、バージンさん。それとこれとは、話が別じゃないですかー」

 トウマは急に媚びへつらい、揉み手をする。お金の話になるといつもこうだ。バージンは慣れた様子で、天を仰ぎ、小さく首を振る。


 ブリキ屋に避難したトウマたち3人だが、ここに来るまで何度も襲撃にあっていた。

 『生死は問わず』という内容の懸賞金は、ここではほとんど殺害依頼と変わらない。獲物は3匹で早い者勝ちのマンハント。

 当然、血の気の多いデスペレーターやバウンティハンター、暗殺者、組織などの人間が動き出して、命を狙ってくる。


 襲撃してきた奴らの中には知ってる者もいた。逆の立場ならトウマも参加するだろうから、文句は言えない。ただ何が悲しいって、


 トウマの負担が半端ないことだ。


 まずもってゲイリーを標的にする者はほぼいない。それは虎の尾を踏みに行く行為だ。そして、美少女のジェニファーは、心情的にできれば殺さずにおきたいと思わせる。さらに、彼女の能力を使えば、人の知覚から外れる事もできるため狙われにくい。必然的に、襲撃者のほとんどは、トウマを殺しにきた。


「1人に首につき1万とは、相当あんたらに消えてもらいたいんだろうね」


 バージンは拡大鏡から目を離すと脇に置いた小型のタブレット端末を手に取り、体の向きをトウマに向ける。

「ほら情報が出てるよ。イージスマイルの役員とライデッカー・カンパニーの職員が死亡。これのことでしょ?」

「イージスマイル……聞いたことあるな。あのハゲ。そこの職員か。あぁー。で、提携相手はライデッカーか。最悪だ。あそこは面子を重んじる」

 バージンからの悪い情報に、トウマは身悶えしていると、店内のジャンクを珍しそうに見て回っていたジェニファーが戻ってくる。


「面白かったかい?」

「うん。いろいろあって」

「まさか、トウマがこんな可愛い子の面倒を見てるとはね。犯罪の臭いがするわ」

「わたしは、めんどうを見てもらってるんじゃないわ。これでも、何でも屋のぱーとなーなんだから!」

 腰に手を当て、胸を張るジェニファーは、まるで人形のように可愛らしい。

 その姿を苦笑しながら見るバージンに対して、ジェニファーも彼女をじっくり眺める。


「なんで、そんなかっこうしてるの?」


 唐突な質問だが、奇抜に見えたのだろう。

 バージンはほぼ下着のような服装で、両手に包帯を巻いているのと、足のゴツイ作用靴以外は、白い肌が露になった刺激的な恰好をしている。そして、スラリとした手足や胸元、背中には、常に肌の滑るように動き回る模様の変わるタトゥーが見える。

「こっちの方が動きやすいだろ?」

「その、たとぅーはなに?」

「これ? ホーニー・タトゥーよ。格好いいでしょ?」

「……うん。とうま、わたしもこれする!」

「ダメ! 絶対ダメ! それは……不良がするものだから」


 ジェニファーがバージンのタトゥーを指さして言うと、慌てた様子でトウマは首を横に振る。

 ホーニー・タトゥーは彫られた対象者の感情、心の動きに合わせて、模様が変化する。そしてそれは、どちらかと言うと性的な側面が強く、感情の昂りに応じて薄っすら発光していく特性を持つ。娼婦などが客を喜ばせるために、体に入れている場合が多い。


「変なもんをジェニファーに見せるんじゃねぇよ!」

「凄い失礼な物言いね。でも、どうしたいかを決めるのは、最後は本人の意思よ」

「お前みたいなのと一緒にするな」

「ホント、失礼」とバージンはカラカラと笑う。そして、トウマには聞こえない声で「5年経って、まだ興味があるんなら、いい彫り師を教えてあげる」と、こっそりジェニファーにウィンクして見せた。


「それで? これからどうすんの? ずっと居られるとホントに迷惑なんだけど」

「襲撃の裏にいる連中の企み、そして犯人を暴いて、白日の下に引きずり出してやる。そして、俺たちの嫌疑を晴らす」

 トウマは鼻息荒く答える。


「まずはイージスマイルのハゲとヒックスの居場所を見つけて締め上げてやる!」

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