第4話 逃げるが勝ちだが、腹が立つ

第4話①:概ね順調

 ある都市。

 高層ビルが建ち並ぶ一角。

 広大な敷地を誇るビルのペントハウスを、優男が優雅に歩いている。

 赤を基調とした派手目なジャケットに黒のシャツ。ネクタイにはゴールドのタイピンを付けている。線の細い顔には薄っすら冷笑を貼り付けてある。

 彼はスキップでもしそうなくらいに上機嫌に歩いていると、一歩後ろに付き従う男が話しかけてきた。


「ダーティ・ゼロで進めている件ですが、概ね完了と」


 黒のスーツにシワのない白いシャツ、黒髪はキッチリと撫でつけられており、黒縁メガネをかけたその男は、背筋を伸ばして淡々と報告する。


「あぁ~、概ね?」

 引っかかる言い方に問い返す。

 何気なく聞いて言うようだが、異様な威圧感が言葉に込められていた。が、対するスーツの男は表情一つ変えることなく、頷いて答える。

「はい。提携の会談自体は無事に潰したそうです。両者の生存者は0。目撃者もいません。ただ、スケープゴートとして用意したデスペレーターが逃げたとのこと」

「あぁ~、まぁポリスの包囲程度なら、突破する連中もいるか」

「すでに懸賞金が懸けられているようなので、始末されるのも時間の問題かと」

「で、吸収合併の話は?」

「そちらは、現地にいるグスタフが。と言っても、もはや障害になるものは無いですが」

 スーツの男の言葉に、満足するように頷く。

「あぁ~、素晴らしいな。本社も喜んでくれるだろう。さて、パーティーへ行くとしよう」


 優男たちが歩いてきた豪華な廊下。そこには似つかわしくない戦闘の痕があり、壁や床が真っ赤に染まっていた。その所々に人外のような容姿の死体、人の形をした機械などが無残な姿で転がっている。

 正面の扉を挟むようにして立っているのは全身をサイバーウェアによってフルボーグ化した屈強の黒服が2人。優男らが前まで来ると一礼して、扉を開いた。


「あぁ~、これはこれはご来場の皆さん。今夜のデモンストレーションはいかがでしたか?」


 広く煌びやかなパーティー会場には新鮮な料理、希少な酒類が並べられている。会場の所々に、通路と同じく動かなくなった者たちと屈強な黒服たち。そして奥には、ドレスやタキシードに身を包み、怯えた目をする者たちが身を寄せ合うようにして縮こまっている。


 優男は盆に置かれたグラスを手に取り、飲みながら近づいていく。


「先日に商談では、どうにも私共の商品がお気に召さなかったようでしたので、実際に性能を見ていただこうと思ったのです。どうですか? 社長」

「こ……こんなことをして……タダで済むと」

 奥に集められている者たちの中から、壮年の男性が声を震わせながらも一歩前へ出る。優男はにっこりと笑いながら、社長の言葉を最後まで聞かずに「思ってます」と返す。


「あなた方程度の会社が消え失せようと、取るにならないことです。しかし、私共は御社の技術を高く評価しています。どうでしょう。契約のお話。考え直してはいただけないでしょうか」

 自分の要求は必ず通す。優男の柔らかな口調の裏にはそんな迫力が込められている。しかも、それを隠そうともしない。

「プロメテラスの買収屋め」

「そんな、物騒な言い方はよしてください。私共は本社の意向を伝える交渉係です」

「ふざけるな。交渉する気なんてないだろ!」

「あぁ~……うるせーな。さっさと契約書にサインしろよ」

 声を荒げる社長に、優男の口調が変わり、表情からも笑みが消える。次の瞬間には、すぐに表情は戻ったが、その僅かに見せた態度は、身を寄せ合う者たちをゾッとさせるには十分な冷たさがあった。


「いいですね、社長。興された会社を大きくすることができ、綺麗な奥様に、美人の娘さん。可愛らしいお孫さんまでいる。そんな素晴らしい人生はいくら望んでも叶えられない者がほとんどです」

「おい、家族は関係ないだろ」

「嫁か、娘か、孫か」

「家族には……っ!」


「大事なものは、3つも必要でしょうかね?」

 優男は社長の背後から両肩に手を置いていた。


 いきなり現れた。

 先ほどまでは間違いなく正面に立っていた優男が、瞬きをしない間に社長の背後にいたのだ。周囲は騒然となる中で、悲鳴が上がり、それは次々に伝播する。

 訳の分からぬ者は、悲鳴を上げる者の視線を追って見上げると、高い天井から女性が吊られてぶら下がっている。

 それに気付いた社長も、一層大きな悲鳴を上げていた。


 彼の妻だった。


 先ほどまで一緒にいたはずの彼女。優男と話している間も間違いなく他の者たちと一緒にいたはずの彼女が、気が付けば天井にいる。

 現実とは思えない光景だった。

「昔の会社では年功序列という言葉があったそうです。なので、年齢順でいきましょう」

 その言葉に集団の中から怯えを含んだ悲鳴が。おそらくは社長の娘だ。

「さぁ~、社長。話し合われる気にはなりましたか?」


 優男は顔から色を失っている社長の肩を軽く揉んだ。

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