第3話⑤:濡れ衣

 あの後、ホテル内で逃亡劇を繰り広げたが、何とか追撃を撒くことに成功。人込みに紛れて、ようやく雑踏区へと戻ってこれた。


「これからどうするか、考えねぇとな」

 マーケットの屋台通りで食事を買ったトウマは、料理の包まれる紙を手に粗末な机と椅子の置かれた広場で待つジェニファーとゲイリーの元へ。

 相変わらず人で賑わっているが、抜群の容姿を持つ2人は簡単に見つけれる。

 たくさん並べられた卓の1つ。椅子の上で足をプラプラさせるジェニファーに、呑気にアンティーク雑誌を読んでいるゲイリー。

 何とも緊張感がない。

 まともに事態を考えているのは自分だけと思うと、溜息が漏れてくる。


 トウマが持ってきた包みを開くと、中から湯気が立ち上った。

 人工米で作られた焼き飯と、合成たんぱく質を練って作った麺の焼きそば。具材に何が使われているのか、入っている肉の切れ端のようなものは何なのかは、このマーケットの屋台通りでは気にしてはいけない。知れば食べれなくなる場合もある。

 エレベーターに乗っていた時に思い描いた豪華な夕食とは程遠い。まるで残飯を炒めたような料理が並ぶが、食べてみれば味はそこそこいける。

 ジェニファーはだいぶ上達はしたが、まだぎこちなく箸を持つと焼きそばを頬張り、ゲイリーは雑誌から目を離さずに焼き飯をスプーンで突いている。


「あー、ダメだな。依頼人と繋がらない。ヒックスはどうだ?」


 食事を摂る2人を余所に、トウマは依頼人に連絡を取ろうとするも通じない。ヒックスも同様に連絡がつかない。

 大きな誤解で襲撃犯にされた挙句、ポリスに顔と名前がバレてしまった。最も手っ取り早い解決策は、企業に属する依頼人にトウマたちの素性を明らかにしてもらうことだ。

 しかし、社運を賭けたプロジェクトを最悪の形で潰されてしまった。今頃、依頼人の企業は事後処理に躍起になっているはずだ。連携先のメガ・コーポへの説明だけでも、手がいっぱいになっているだろう。一介のデスペレーターのことなんて、気に留めてる暇などない。

 それは、よく分かっている。

 分かっているが……。

 それは企業側の問題。例え鬱陶しく思われようと、今回の襲撃における説明をポリスにしっかり説明してもらわなければ困る。


 何度目かのコールも無駄に終わり、思わず舌打ちしたくなるのを堪える。

「つながらないの?」

「そうだな。それどころじゃないんだろうな」

「やっぱり、ハゲはしんようできなかったね!」

 ジェニファーは焼きそばに僅かに入っている謎肉を箸で避けながら、口を尖らせる。

「ハゲがうらぎったの?」

「こら、女の子がそんな言い方したらダメ! ゲイリー。お前が乱暴な言葉を使うから、ジェニファーもマネするでしょうが」

「…………知らん」

 トウマを一瞥するゲイリーはすぐに視線を雑誌に戻す。

「小さい頃は大人の影響を受けやすいんだぞ」

「わたし、小さくないよ。もうじゅぶん、おとななんだから!」

「だ、そうだぞ……なら、手遅れだな」

「だいたい、ゲイリーは思ったことを口にしすぎなんだよ。いい? ハゲとか、デブとかは禁止ね! 約束!」

「とうま……ねぇ、とうま」

 反応のないゲイリーと勝手に約束をしているトウマを、ジェニファーが呼んだ。見れば、彼女は目を真ん丸にして見上げている。


「わたしたち、てれびに出てる!」


 少女の視線を追うと、そこには宙に浮かぶ立体ホログラムがあり、硬い表情のAIが今日あった事件などのニュースを読み上げている。

 そしてそれは、先ほどホテルであった襲撃事件についてだとすぐに分かる。

 だが、理解が追い付かなかったのは、その画面には一緒にトウマ、ゲイリー、ジェニファーの顔も映し出されていたからだ。

「わたしたち、ゆうめいじん?」

 事情が分からずはしゃぐジェニファーを余所に、キャスターは原稿を読み続ける。


『襲撃犯と見られる3人は、現在はホテルから逃亡、行方を追っています。企業は彼らに懸賞金を懸けており……』


 まだ、続けていたがそれ以上は聞こえてこない。

 企業が自分たちに懸賞金を懸けた。しかもかなりの額だ。


 俺たちが襲撃犯でないことは分かっているはずだろう……。

 真犯人の追及よりも、事態の収拾を急いだのだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。それよりも、この状況をどうにかする必要がある。自分たちで真犯人を見つけて、などと吞気なことを言っていられなくなった。懸賞金を懸けられたということは、襲撃したかどうかは重要ではなくなったということ。ポリスだけでなく、賞金稼ぎや他のデスペレーターも狙いに来る。おまけに襲撃を受けたメガ・コーポも動く可能性だってある。

 何としてでも依頼人と話をして、交渉しなければ。


「あのえいぞうって、ホテルのれすとらんの時じゃない?」


 不思議そうに眺めるジェニファーの声に、トウマも見れば、確かに背景などを隠してはいるものの3人ともレストランの個室での姿だろう。しかも、かなりの近距離で撮られている。依頼人のサイバーアイで撮影したのだろう。


 どうして、撮影する必要がある? 記録のためだろうか。問題が起きた時のために。いや、それ以前に、なぜ会談の時間が違った? 事前の話では自分たちが向かった時にはまだ部屋は無人のはずだった……。


 そして、トウマは1つの結論へと導き出した。


 初めから、襲撃するための計画。そしてその罪を被せるための捨て駒が必要だった。


「あのハゲっ! 騙しやがった! マジで許せん」


 トウマは思わず叫んでいた。 

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