第3話③:護衛?

 無重力エレベーターが音もなく、ホテルの高層階へと上がっていく。

 ジェニファーは眼下に広がる景色に目を輝かせていた。

 会談の場所は、打ち合わせをしたホテルの高層階。食事の終わった(ほとんど食べれてないが)彼らは、エレベーターを動かすためのアクセス・キーを受け取り、会談の部屋へと向かう途中だった。

「とうま、とうま。まちが見えるよ! 夕日が当たって、きれー」

「ほら、あの辺りが、俺らの事務所がある雑踏区だね」

 トウマも外を眺めながら指さす。

 まだ緊張感はない。会談までに時間はあるので、まずは護衛対象に会って、現場を確認。カメラやセンサーの設置と調整をする予定だ。すでにホテル内のカメラとは繋いでいる。若干電波状況が悪いのかノイズ交じりだが、コッソリつなげているので文句は言えない。

 少し見た限りだが、警護するにはセキュリティーが甘いようにも感じられるが、このホテルはどこのメガ・コーポからも息がかかっていない独立した組織が運営している。そのため、比較的目立たずに会うことができる。


 その点において、トウマにとってもありがたい。正直、会談自体がうまくいくかどうかは、どうでもいいことだが、誰にも邪魔されずに無事に終わることが最善。何事もなく終わってくれれば、そのまま残りの8000クレジットが手に入る。しかも、データではなくキャッシュで、だ。データは下手をすると企業や組織にハッキングされたり、凍結させられたりする可能性があるが、紙ならそんな心配はない。


 上流クラスの人間ともなれば、立派なセキュリティーのデータバンクに守られているため、電子通貨が一般的だろう。紙幣など触ったことも無いかもしれない。ただ、下流の集まるエリアでは、目に見えない電子通貨ほど信用ならないものはない、との風潮が根強く、紙幣を好んで使われている。と言っても、造幣もメガ・コーポの管轄のため、体よく経済を制御されているわけだ。


 データだろうが、紙だろうが金は金だ。

 1度に3万クレジットも手に入ることなんて滅多にないので、今から浮足立ってしまいそうだ。これで借りていたお金は返せるし、家賃も払える。ツケてた店の支払いを済ませてもまだお釣りがくる。

「報酬が手に入ったら、買い物の続きをしような」

 外の景色に向けているキラキラした目のまま、ジェニファーはトウマへ向き直って大きく頷く。

「何が欲しいんだ?」

「わたしよりもとうまは? ふくを買えば? いいスーツが買えるんじゃない?」

「着慣れた服が一番動きやすいんだよ。それに綺麗なスーツだと、汚せないだろ?」

 エレベーターが目的の階で止まり、扉が空いてもなお呑気に会話を楽しんでいる。

 エレベーターを降りたエントランスのクッションは靴が沈み込むほど柔らかく、心地いい。さらに足音も吸収してくれているため、歩いても一切の音がない。

 一歩踏み出せば分かる。めっちゃ高い絨毯だ。


「おい、ゲイリー。灰を落とすなよ」

 相変わらず葉巻の紫煙を吐き出すゲイリーに注意する。今にも葉巻の先端の灰が自重で零れ落ちそうだった。

 慌てて両手を滑り込ませて、灰を受け取る。

「この絨毯、汚しでもして弁償なんてことになってみろ。今回の報酬が飛んじまうぞ」

 指図するなと、軽く眉を顰める以外に反応のないゲイリーに、トウマは涙目になりながら訴える。効果などないが。

 広い通路を進むも、人の気配はなく、静かだ。階自体が封鎖されているのだろう。

「何はともあれ、何事も起きないでくれよ。たまには、楽をさせてください。神様!」

 特に信じてないが、手を合わせて拝むような仕草。隣のジェニファーも真似する。

「スムーズに事が進めば、夕飯までには終わるだろう。今日は豪華な晩飯だな」

 会談の部屋の前に到着して、アクセス・キーを読み込ませると、扉のロックが解除される。まだ、予定の時間よりも早いため、誰もいないと聞いてる。ノックは不要だ。

 ノブに手をかけると、抵抗も軋みもなく扉が開いた。


「何事もなければ、か」

「ふぁっ?」


 ゲイリーの呟きと、トウマの奇妙な声が被る。

 室内はすでに真っ赤に染まっていた。

 豪華な調度品は無惨に破壊され、完全防音で頑丈な壁には無数の弾痕や抉られたような破壊痕が。そして、床に散らばる人々。

 生きている者が皆無だと分かるほど、人体は破壊され、血や臓腑を撒き散らす。戦闘用のアンドロイド(服装からボディーガード)など、粘土細工のように捻られて転がされている。


 目を覆いたくなる惨劇。


「ジェニファーは目を瞑って、数を数えてなさい!」

 もはや手遅れだそうが、トウマの指示で顔を青くして立ち尽くしている少女は後ろを向いた。

「あぁ、会談の情報が漏れてたんだ」

 死体の中に、事前にもらっていた護衛対象の男の顔がある。

「だが、どうやったら、こんな殺し方できるんだよ」

 部屋を見る限り、襲撃に対して反撃した形跡がある。にも関わらず、この場は少人数で、しかも短時間のうちに制圧された。相手はかなりの実力者だろう。

 引き受けた依頼は中断せざるえない。できることは、犯人を見つけて依頼人、企業に突き出すことぐらいだろう。そうすれば、もしかしたら残りの報酬も……。

 もう少し詳しく調べようとした時、外で待っていたジェニファーが血相を変えて入ってくる。


「と、とうま! だれかが来るよ」


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