第3話②:依頼

 あるホテルのレストランの個室。

 上流の一握りしか泊まれないようなハイグレードホテルと言うわけでもないが、トウマなどの雑居区に住む下流市民では逆立ちしても泊まれない、目玉が飛び出るほど高価な場所だ。内装は豪華で煌びやか、掃除も行き届いておりゴミどころか、塵1つない。曇りのない床は明かりを反射しすぎていて、目が潰れそうだ。

 依頼人との打ち合わせで指定されたのは、そんな場所だった。

 料金は相手持ちと言うことなので喜んで来たはいいが、並べられた料理はどれも見たことも聞いたことも無い物ばかり。

 大きすぎる皿の中心に、ほんの少ししかない料理。しかも、やたらと見栄えが派手で、どうやって食べるのが正解なのか分からない。

 タダ飯とばかりにジェニファーも連れてきたのだが、彼女も訝し気に目前の皿に乗った物体を観察しながら「ぬーどるが食べたい」とぼやいている。

 ただ、彼女はまだいい。育ちの悪い子供の戯言と笑って済ませてくれる。

 問題はゲイリーの方だ。

 寝ている所を起こされたせいか、かなり不機嫌で、出された料理が気に入らないと、何度も作り直させている。ホテルマンは精巧に造られたヒューマロイドのため、気のせいだとは思うが、貼り付けたような笑みがぎこちなくなっているように感じる。

 依頼人も眉を顰めており、話し合いの前から、空気が重いのはトウマの気のせいではないだろう。


「そ、それで、依頼内容と言うのは護衛とのことですが?」

 トウマはそんな空気を一新するように努めて、明るくハキハキと相手に好感を持ってもらえる笑み付きで話しかける。

「仲介役の方に説明をしていますが……」

「もちろん、伺っておりますが、依頼内容でお互いに誤解のないようにしておきたいのです。意としないうちに、伝達の途中で内容が変わってしまうこともありますので」

 ヒックスに関しては特にそうだが、そんなことは言うことはない。

 それに対して相手は、数度頷きながら「いかにもいかにも、仰る通りです」とニコやかに返す。依頼人は見るからに上流企業に属する人間だ。一見して普通に見えるが、よく見れば目元や手元などにサイバネ化の跡が見られる。40代で年齢を感じさせる外見ではあるが、少し大きめの風体とスキンヘッドは少し相手に圧を与えている。


「我が社は近々、あるメガ・コーポとの提携を計画しております。そしてそのための会談が予定されており、あなた方にはそこの護衛をお願いしたい」


「対象はあなた?」


「いいえ。私はあくまでも連絡係です。後ほどデータをお送りしますが、護衛してもらいたいのは我が社の役員です」


「我々だけですか?」


「もちろん、私共の護衛もおります。こちらの役員も、先方にも相応の人員が揃っています。なので、どちらかと言えば、会談自体の警備をしてもらいたいのです」

 依頼人の会社にとっては社運を賭けたプロジェクトだ。どうしても成功させたい。水面下で動いていると言っても、どこから情報が漏れるか分からない。今回の提携を面白く思わないライバル企業やメガ・コーポもあり、妨害される心配がある。

 ただ、警備を増やせば、悪目立ちして露呈してしまう恐れがあるため、必要最低限の人員で進めたい。そこで使い勝手のいいデスペレーターに声がかけられた、という流れだった。


「しかし、あのゲイリー・フォノラズさんが受けてくれるとは、驚きました」

 依頼人の視線を受けてもなお、ゲイリーは足を組んで不服そうにしているだけ。

「……それに、こんな可愛らしいお嬢ちゃんが」

 反応のないゲイリーに戸惑いながら、依頼人はジェニファーに笑顔を向ける。

「ほうしゅうは1人当たりってきいたから! あたま数がおおい方がいいって、とうまが」

「あー! あー! あー! この正直者めっ!」

 グッと親指を立てるジェニファーの口を、トウマは慌てて手で覆う。

「ま、まぁ、こちらとしてはしっかりと仕事をこなしてくれるのなら、構いませんよ。フォノラズさんがいるのであれば、安心ですしね」

 依頼人は苦笑いを浮かべている。


 するとゲイリーが無機質に呟く。

「おい、俺は受けるなんて言ってないぞ」

「えー。口を開いたと思ったら、何を言い出すの!」

 慌てるトウマに、ゲイリーの表情は一切変わらない。

「受けるとは、言ってない」

「いや、ゲイリー。話をややこしくしないで」

「ハゲは信用できねぇ」

「マジで何言ってんの。止めて!」

 いきなりの暴言にトウマの声も裏返る。依頼人も戸惑っている。

「ハゲが気に入らねぇ」

「ゲイリー、ちょっと落ち着いて」

「ハゲは……」

「ゲイリーさーん! もうこれ以上は、お願いだから、お口をお閉じください……いつも、しゃべらないのに。どーしたのー? 饒舌になって」

 止まらないゲイリーの口を手で覆って封じるトウマ。大人しく押さえられてはいるが、その中でまだモゴモゴと言い続けている。

「人様の外見を卑下するようなことは言っちゃダメ! ハゲはハゲでも、あれはファッションハゲだからいいの。信用できるハゲなの!」


 トウマたちのやり取りに、依頼人の表情は硬い。巧妙に笑みで隠してはいるだろうが、苛立ちが滲み出ている。

「あ、いや。これは違うんです。我々の間のサインで、依頼内容に納得いってないってことを暗に知らせるものでして」

 依頼人の様子に気付いたトウマが、苦しいが弁解をする。

「ほう。では、どういったことに納得してもらえていないのでしょう?」

 依頼人はトウマではなく、ゲイリーに視線を向けて訊ねると、彼はたっぷりと時間をかけてから口を開く。


「1万はもらわねぇとな」


 まさかの値段交渉だった。

 ゲイリーの口から報酬の話が出るとは驚きだが、彼も曲がりなりにも昔はギャング。お金を搾り取れそうな所には、とことん搾り取る嗅覚があるのだろう。

 何はともあれ、淀みなくゲイリーが答えてくれたおかげで、先ほどの「ハゲ」発言はうやむやになっている。依頼人はしばらく考えると、首肯する。

「いいでしょう。こちらも、せっかくフォノラズさんという実力者を掘り出したのです。ぜひとも引き受けていただきたい。それに、会談までの時間もありません。1万をお約束し、前金で2000をお渡しましょう」

 依頼人のセリフに、ゲイリーは「こんなもんか」とでも言いたげに小さく息を吐くと背もたれに体重を預ける。とても依頼を受ける側の態度ではないが、それが許されるのが彼なのだ。しかし、報酬が増えたことは実に喜ばしい。しかも、前金がもらえるのはありがたい。トウマは心の中でゲイリーに親指を立てる。それを見透かしたように、彼もトウマにどや顔を向けていた。

「それでは、正式に依頼を引き受けていただいた、ということでよろしいでしょうか。今回の高額な報酬金額は、あなた方への期待の高さ、そして、我が社の本気度であると理解してください。くれぐれも、失敗のないように」

 釘を指す依頼人に、頷くのはトウマのみ。その彼も、打ち合わせを無事に乗り切った安堵で、正直あまり話を聞いてなかった。

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