第3話 裏切りはディナーの後に

第3話①:通話

『よお! トウマ。ひと稼ぎする気はねぇか?』


 耳の裏に取り付けた小型の通信モバイルが着信を知らせたため、起動させた途端にそんなテンションが振り切れているような声が聞こえてくる。正確には音ではなく、モバイルの振動による骨伝導のため、外に声が漏れることはない。

「今、取り込み中だから無理」

 張りのないクタクタのスーツに黒縁メガネと、いつもの服装のトウマは、大きな紙袋を抱えながら素っ気なく答える。

『なんだよ。いつも、仕事を探してるじゃねぇか。たまには俺の仕事も受けてくれよ』

 電話の向こうからは不服そうな口調が返ってくるが、声は相変わらずのテンションだ。

「今は手が塞がってんだよ!」

 周囲の人の目もあるため、声を潜めながらも少し強めに言う。


「とうま……電話?」


 露店に並べられたカラフルなレアストーンの紛い物を見ていたジェニファーが、こそこそと話しているトウマに気付いた。

「えー。しごとー?」

 腰に手を当て、少し不服そうに頬を膨らませる少女は、実に可愛らしく絵になる。今はジェニファーに付き合って、事務所近くのマーケットに来ていた。

 さまざまな店が軒と連ね、所狭しと露店が並ぶ一帯で、大概の欲しい物はここで手に入るため、多くの人で賑わっている。通称『ダーティ・ゼロ』と呼ばれるこの街の台所であり、百貨店だ。もちろん、下流民以下の、話ではある(中流以上はほとんど来ない)。

「この間のおしごとのごほうびで、きょうはずっとお買い物のひって、きめたでしょ!」

「分かってるよ。今、断るから」

 

『なんだ、今の声? 女か? 女か? お前も女ができたか?』


「うちのお嬢の買い物に付き合ってんの」

「ねぇー。とうま。ねぇー!」

『なんだ、お嬢って? 女……子供? どういうことだよ!』

 あっちこっちから止めどなく詰められてトウマが返答する暇も与えてもらえない。目が回りそうだ。

「うるさーい! 俺は聖徳太子じゃないんだよ!」

 トウマが耐え切れずに声を上げると、2人はしばらく押し黙る。そして同時に言った。


「しょうとくたいしってだれよ?」

『聖徳太子って誰だよ!』


「誰でもいいよ! 今は、仕事は受けられないってことだから」

 トウマは早口に言いながら通話を切ろうとする、買い物続行だとジェニファーの目がキラキラと輝いている。

『ちょちょちょっと。そう言うなよ。頼む。受けてくれる奴が見つからねぇんだよ。お宅は【何でも受ける】がモットーじゃねぇか。報酬はかなりいいんだ』


 通話相手の「報酬はいい」の言葉に、切ろうとする手が止まる。命知らずの何でも屋(デスぺレーター)は安定しない職業だ。仕事がある時に稼ぎたい。

 それは『トウマ&ゲイリーの何でも屋』も例外ではない。常に家計は火の車。事務所の家賃が払えず、大家に電気や水を止められることなんてしょっちゅうだ。特に相棒のゲイリーの浪費は酷く、高価な物を次々と購入するので、高報酬の仕事をしてもすぐに底が尽きる。そこに最近ではジェニファーも加わったことで、出費がさらにかさんでいる。

 とは言え、ジェニファーとの買い物の途中ということ差し引いても、安易に引き受けられない理由があるのだ。


 この通話相手の仕事は、怪しいものばかりなのだ。


 彼はヒックスと名乗る情報屋兼仲介屋で、トウマも何度か仕事を斡旋してもらったことがある。ただ、どれも厄介事に巻き込まれた。

 悪い男ではないが、どうにも情報収集に難があり、高額の報酬と見ると飛びつく傾向がある。仲介屋を通す仕事は、彼らが依頼人とデスペレーターの両者の身元を保証するということだ。だから安心して仕事ができる。それなのに、彼からの仕事を受けたら、依頼内容が微妙に違ったり、依頼人が最終的にバックレたり、他のデスペレーターと仕事がバッティングするなどした。

 通常なら「ふざけんな、お前の仕事なんて受けるわけねぇだろ!」と突き返すが、お金は欲しい! 貴重な仕事を無下にはできないと、断り切れないのは底辺デスペレーターとしてのサガだろう。


「いくらだ?」


 欲には勝てず、話に食いついてしまった。ジェニファーの目の輝きが消え、ジト目で頬を膨らませている。

「話だけ、話だけだから」

 言い訳がましく言うトウマに、少女は鼻を鳴らす。と言っても、本気で怒っているわけでもない。もしも彼女が本当に自分の思い通りにしたいのであれば、無理矢理に押し通すこともできる。特殊能力(ノック)を使えば。だがそうしないのは、ジェニファーもお金が無いことを悟っているからだろう……。

 でも、そうは言っても納得いかないと、態度だけでも表している。

 そのことを確認してトウマは通話に意識を戻す。

「で、いくらなんだ?」

 その言葉にヒックスのテンションはさらに上がる。

 

『数時間の護衛で、7000だ。それも1人当たりの金額でだ』


 それは、いい額だ。だが、その分、仕事の内容の危険度も上がる。トウマはしばらく考え、ジェニファーを横目でチラリと見ながら。

「分かった。だが、受ける前に先方と話をさせてくれ。細かいことを決めたい」

 ヒックスだけの話では、どうにも食い違いが起きるかもしれない。それに、どんな人が依頼人なのかや、依頼内容を確かめる必要もある。正式に受けるかを決めるのは、それからだ。

 打ち合わせもあるため、事務所に戻ることになったジェニファーは「はぁ~」と大きなため息を吐きながらも、「しかたないな~。で、どんな仕事のなの?」とすでに依頼について興味を示している。切り替えが早くて助かる。

 通話を切る時にヒックスは、もはやお決まりとなっている言葉を口にする。


『大丈夫だ。今回は簡単な仕事だから!』

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