第2話⑨ 依頼終了

「本当に良くやってくれました」

 最初にチームの顔合わせをした古い倉庫。

 黒服は生き残ったチームの面々に口を開く。

 監獄からシロウを持ち出すことに成功したトウマらは、シロウの入ったタブレットPCを渡すため黒服の待つ倉庫を訪れた。

「聞かされてたような簡単な任務ではなかったけどな」

 口をとがらせて言うトウマの嫌味に、黒服は頷きながら小さく笑う。

「申し訳ありませんでした。これは、完全にこちらの調査不足です。まさか、あそこまで腕の立つ者が監獄を守っているとは……。お詫びに、報酬には少し色を付けてあります」

 そう言われると、それ以上文句も言えない。

 トウマは電子口座を確認して満足そうに頷きながら、電源の落とされたタブレットPCを黒服に手渡した。

『満足のいく額でしたか?』

 その問いは、いつの間にか電源のついたディスプレイに映るシロウだった。

「おう。これで今月の家賃が支払えるぜ~! またのご利用を」

 笑顔で返すトウマは、シロウの登場にさほど驚いた様子は見せない。

 対して他の者は状況が飲み込めていないようで、今回特に活躍していないスマグラーが混乱したように尋ねる。

「え、え、どうゆうこと?」

「今回の依頼主は、シロウ本人からだったってことだろ?」

 トウマが何食わぬ顔で答える。

『監獄に囚われて以来、私は自由を奪われました。彼(黒服)をはじめとした友人たちが、私の居場所を探し当ててくれなければ、私は一生あの監獄にいたのでしょうね』

「しかし、あそこの情報は一切、外に漏れてきませんので、苦労しました」

 黒服が説明を引き継ぐ。

 監獄を見つけたはいいが、救出できる人間が周りにはいなかった。そこで、腕の立つデスペレーターに声をかけたのが今回の流れだ。

『トウマさんは、ご存じだったんですか?』

「いや、特に確信を持って、とかの話じゃないよ。救出に行った時に、あんたは完全に俺たちのことを知ってるようだったし、タブレットに移してネットワークにつなげても、あんた逃げなかったから」

『なるほど』

 シロウは面白そうに笑った。

「あぁ、それでシェリル、スペシャリストがどうなったかは分かるかい?」

 トウマの言葉の通り、その場にシェリルの姿はなかった。しかし、彼女が死んだかは分からない。死体は見つからずに、忽然と姿を消したからだ。

『彼女は電気羊の情報を持って逃げたようですね。どうやら、私たちとは別に依頼を受けていたらしい。情報はお金になるからね』

「なるほど、だから単独行動をしたがったのね。結局、一番儲けたのはあいつだな」

 トウマはやれやれと首を振るも、特に気にしている様子もない。

「あ、あの。今回の件で私たちに追手がくることは?」

 相変わらずキョロキョロ警戒しながらスマグラーが訊ねるも、シロウは否定する。

『システムを乗っ取った段階で、あなた方に繋がる物は消してあります……しかし、100%安全とは言い切れません。そこはご自身で身の安全を確保してください』

 そこまで言うと、黒服が姿勢を正して軽く頭を下げる。

『今回、あなた方にはお支払いした報酬以上の借りを作りました。それはいずれ、どこかでお返しします。それでは次にお会いするまで』

 ディスプレイ内のシロウも会釈する。

「あんた、自由になってからはどうするんだい?」

 トウマの問いかけにシロウは少し考えた後、悪戯っぽく笑って答えた。

『もちろん、24時間勤労の激務から解放されたんですから、ぐっすり眠って夢を見ることにします』

 その言葉を最後に黒服は去っていく。

 スマグラーとハッカーも、挨拶もそこそこに倉庫から逃げるように出て行った。


 残ったのはトウマとゲイリー、そしてジェニファーだ。

 外に出ると朝日が薄っすらと顔をのぞかせ、街を照らし始めている。

「長い夜だったな。日の光が目に染みるー」

 太陽に目を細める3人(ジェニファーに関しては睡魔でほぼ白目だ)。

「帰って、シャワー浴びて、俺も眠りてぇな」

「……おい」

 不意にゲイリーが声をかけたので振り返ると、拳を軽く突き出していた。

 何を求められているのか眠い頭ではしばらく理解できなかった。

 拳を突き出したままゲイリーが何度か「ん」と口少なく催促するのを見て、ようやく理解できた。

「…………あ、今? うい!」

 トウマは気のない返事をしながらも拳を突き出して軽く合わせる。拳同士が当たる軽い音を立てる。

「うい~っ!」

 合わさる拳の上から被せるように小さな拳が降ってきた。

 さっきまでフラフラしていたジェニファーが、自身のグーを2人の拳に重ねていた。

「わたしのかつやくがあってのことだからね!」

 したり顔で2人を見上げるジェニファーに、トウマは軽く笑い、ゲイリーは小さくため息を吐いた。

「あ、げいりー、今ため息ついたでしょ! 聞こえたからね」

「……聞かせたからな」

「んなことより、この時間ならダイナーが開いてる。朝飯にしようぜ」

 ジェニファーとゲイリーがじゃれるのを横目に、トウマは伸びをしながら歩き出した。あとから付いてくる2人も異論はないようだ。

「わたし、ベーコン多め!」

「ジェニファー、それは……『おまけ』してもらいなさい」

 3人は取り留めのない話をしながら、朝の街へと消えていった。


(終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る